仕組みや商品に変⾰を起こし、組織を成⻑させる
社会課題をビジネスで解決する
アジアのがん治療を
変えていくシリアル
イントレプレナー
としての挑戦。
国立がん研究センター中央病院
国際開発部門 部門長
臨床研究支援部門 臨床研究支援責任者
中村 健一さん
グロービス経営大学院2022年卒業
今や国民の2人に1人が一生に一度はがんに罹るとされる時代、がんその他の悪性新生物において国内最大規模の診療実績を持ち、がん征圧の中核拠点となっているのが国立がん研究センターです。治験の実績においても日本トップクラスを誇るがん研究センターで、医師主導治験を積極的に進めているのが、中村さん。アジア一体となってがんの臨床試験ネットワークを作る一大プロジェクトを率いるほか、ICT技術を活用した新たな治験の普及を推進するなど、シリアルイントレプレナーとして次々に事業を創出しています。
アジアのがん患者のために、治験で国境を超えていく
臨床研究支援部門と国際開発部門、そのどちらも率いる立場として、どのような役割を担っていらっしゃるのでしょうか。
国立がん研究センターで研究者が主導する臨床試験の企画・運営に長らく携わってきました。一般の方に知られている治験のほとんどは製薬企業が主導のもので、必然的に肺がんや乳がん、大腸がんなどの患者数が多いがんが対象になっています。患者さんからのニーズが高い一方で、製薬企業がカバーできない希少疾患の臨床試験を積極的に推進していくことが、我々国立がん研究センターの役割です。
私が今取り組んでいる重要なミッションのひとつは、日本の臨床試験ネットワークをアジア全域に広げること。これまでがんの治療開発は欧米が中心でしたが、今後は高齢化などの影響からアジア地域においても患者増が想定されています。
以前より、韓国、台湾、シンガポールとは国際共同研究をしていましたが、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピンなどのASEAN諸国にもネットワークを拡大し、アジア全体で治療開発に取り組む狙いです。肝臓がん、胆管がん、子宮がん、胃がんといった、欧米のビッグファーマは関心を示さないアジア特有のがんについても、一体となって治験を進めていく体制を作っています。
また、もうひとつ新たにスタートさせたのがオンライン治験の取り組みです。これまで国立がん研究センターで実施している治験に参加するためには、当院まで通っていただかなければなりませんでした。地方の患者さんは、治験に参加するには圧倒的に不利だったのです。
そういった課題も、オンライン治験では一気に解決できます。例えば検査は近隣の医療機関で受けていただいて、クラウド上で結果を共有してもらう。国立がん研究センターの医師がオンライン診療で患者を診察し、治療が可能となれば治験薬をご自宅まで配送する。この仕組みが整えば、患者さんは一度も当院まで足を運ばずに、治験に参加できるようになります。こういった先進的な取り組みによって、医療における地域格差などの社会課題を解決していきたいと考えています。
外科医が選ばない
臨床研究の道を
あえて選んだ
医学部をご卒業後、外科医として7年間臨床を経験した後に、臨床研究の道に進まれたきっかけは何だったのでしょうか?
初めて受け持った患者さんで、いきなり外科手術の限界を突きつけられました。
膵臓がんの患者さんだったのですが、当時も今も、膵臓がんは最も完治が難しいとされているがん。手術を終えて2週間ぐらいで退院できるはずが、術後の状態が一向に良くならず、腹部エコーの検査をしたときに、手術時にはなかった肝転移が何十個もあることが分かったんです。
外科医に憧れて研修医生活を始めた矢先に、手術では膵臓がんは治らないと言われたようなもの。治ると信じて手術を受けたこの患者さんは、結局退院されることなく息を引き取られました。今でも、その患者さんの絶望の眼差しは脳裏に焼き付いています。
それ以来、手術の腕を極めるだけではなく、よりよい治療法を見つけていかなければいけないと考えるようになりました。
3年目で赴任した島根の病院では、在籍期間中、誰よりも多く外科手術をやらせてもらいました。忙しく充実していたものの、標準化された治療法、標準化された手技に基づいた診療に、次第にもどかしさを感じるようにもなりました。患者さんのために、自分ならではの価値を発揮できる方法はないか。
ここで転機になったのが、私の書いた400例近くの胃がん症例をまとめた論文が、外科のトップジャーナルのひとつに掲載されたことです。
論文を書く際に、臨床研究や統計解析に自学自習で取り組んだのですが、その内容を世界の一流誌に取り上げられたことで、一気に目の前に世界が広がったような高揚感がありました。このときの体験から、自分なりの価値発揮の手がかりをつかんだように思います。外科医としてある程度キャリアを積んだあとは、基礎研究に進む人がほとんどで、外科医で臨床研究を専門にやっているという人はめったにいません。臨床研究には多くの人が関わるので、自分の実績になりにくいんですね。
その一方で、成果が診療に直結していて、結果次第では治療ガイドラインを変えることで、より多くの人を救うことにも貢献できる。そこに面白さを感じて、臨床研究に従事するようになったのです。人が行かない道を選んだことが、結果的には自分の希少価値にもつながっていると思いますね。
「それではやる意味がない」
一石を投じた瞬間、
視界が変わった
その後、日本で最も臨床研究が行われている国立がん研究センターに入所されます。職場環境や仕事内容ががらりと変わったわけですが、その点はいかがでしたか。
赴任してしばらくは周りの優秀な職員に圧倒され、この世界でやっていけるか不安を感じたこともありました。手術に追われていた日々から一転、一日中パソコンの前で研究計画書や論文のレビューを行うという地味な生活に変わり、いずれは外科医に戻るという選択肢が頭に浮かんだことも一度や二度ではありません。
外科医ではなく、臨床研究の道でいくという覚悟が生まれたのは、入所4年目。ちょうどその頃、日本国内における食道がんの今後の臨床試験の方向性を決める重要な会議がありました。そこで決まりかけていたのは、抗がん剤をこれまで通りの2種類から3種類に変更するという無難な方針でした。欧米の標準治療は抗がん剤2種類と放射線治療を組み合わせる方法ですから、もし仮に抗がん剤の種類を増やして結果が出たとしても、世界の潮流とは離れた、日本でしか通用しないガラパゴス化した標準治療が生まれてしまう。その危機感を感じた私は、著名な教授らを始め100人以上の出席者が集まるなか、意を決して声を上げたのです。
「それではやる意味がない。せっかく10年かけて臨床試験をするのに、世界になんらインパクトのないデザインでいいのですか」。
すると私の意見に同調してくれる先生が続々と現れて、結果的に、欧米の標準治療である放射線治療も組み入れる形に臨床試験の方針が変わりました。自分が一石を投じたことで、世界をほんの少しでもいい方向に動かせたような、そんな手応えを感じた瞬間でした。
時を同じくして、現地の臨床試験の方法を学ぶべく、アメリカに3ヶ月短期留学していたことも影響していたように思います。全米各所の有名な研究機関を回って、トップ研究者にインタビューをしていたことで、おのずと世界に目が向いて、自分しか知らない情報を得たことが、自信につながりました。これらの経験を通じて、臨床試験を主導していく立場で医療に携わるという意思が明確になったように思います。
戦略だけで人は動かない。ワクワク感をいかに醸成するか
グロービス経営大学院を2022年に卒業されていますが、グロービスで学んだことで、今ご自身が実務において活用されていることはありますか。
「戦略と組織と財務という3つの柱を整合させて、その真ん中に必ずワクワク感を入れる」というフレームワークを日頃から活用しているのですが、これはグロービスで学んだことでもあります。
もともとグロービスの門を叩いたのは、研究企画推進部の部長に昇格したタイミング。約90名の部下を束ねることとなり、どうすれば組織を成長させられるのか、そのヒントを求めていました。在学中たくさんの学びがありましたが、私自身が最も腹落ちできたのが「ソーシャル・ベンチャー・マネジメント」での学びでした。どんなに綺麗に戦略が描けたとしても、それだけでは人は動かない。戦略と組織と資金、その全てがそろっていたとしても、それだけでは事業は成長していかない。その中心に据えるワクワク感が最も重要であるというセオリーだったのですが、今まさに自分が意識しているのもその部分です。例えばアジアがん臨床試験ネットワーク事業も、アジア全体で臨床試験をやることで、アジア全域の患者さんの治療開発に貢献していこう、とメンバーに呼びかけることで、ワクワク感を醸成しています。
ほかにも、「パワーと影響力」という授業で学んだのが「志」を実現する上で欠かせないパーソナルパワー、リレーショナルパワー、ポジションパワーという3つのパワーです。
グロービスに入る前は、部長というポジションこそありましたが、私個人のパワーと影響力は、まだまだ弱かったように思います。グロービスでの学びや仲間との出会いを経て今では3つのパワーが高次元で作用し合っている感覚があります。例えば、オンライン治験のアイデアを実現に移す際も、プロジェクトチームを組織して必要な予算を確保するにはポジションパワーが必要です。製薬企業を巻き込んだり、厚労省とルールを整備したり、リレーショナルパワーがないと動きません。もちろんしっかり計画を立てて財務面とも整合させるパーソナルパワーも必要です。こうしたパワーを上手く使えるようになってから、新たな事業が円滑に進むようになりました。
グロービスの卒業生にはスタートアップの立ち上げを手掛けている方も多いですが、一方で、国立がん研究センターのような大きな組織にいるからこそできることもたくさんあります。国立がん研究センターという組織力を活かして、自身のパワーと影響力を発揮することで、事業を次々に仕掛けていくシリアルイントレプレナーとして医療の進歩に貢献するのが私のミッションです。
アジアNo.1の研究機関として好循環を生み出していく
さまざまな構想を実現させている最中だと思いますが、今後の展望について教えてください。
国立がん研究センターは世界トップ10、アジアNo.1の研究機関を目指しています。事実、Newsweek誌が発表している世界のがん専門病院ランキングではTOP10に選ばれるなど、世界的に認められた研究機関であるという自負もあります。そういったプレゼンスをしっかり発揮しながら、アジア特有のがんに対して、当センターが中心となって治療開発を進め、日本だけでなくアジア地域のがん患者さんに最先端の治療を提供していきたいですね。
そうすることで、日本やアジアの医療に注目が集まり、投資を呼び込み、さらなる医療の発展につながっていく。そんな成長の好循環のサイクルを国立がん研究センターが中心となってつくっていきたいと思っています。
アジアがん臨床試験ネットワークを推進するきっかけのひとつにもなっているのが、アジアの若手研究者の熱意。臨床試験のインフラが全然整っていないエリアから、我々のところに留学に来る。臨床試験をやりたいという熱い気持ちを持った彼ら、彼女らに応えていきたいという個人的な思いもあります。
臨床試験の道を極めようと心に決めた日から、私自身の「志」は変わっていません。
“Change the world better through clinical trials, together! - 臨床試験を通して、みんなでよりよい世界に変えていこう。-”この「志」とともに、今後も臨床研究の世界にイノベーションを起こしていきたいと思っています。
余談ではありますが、若手時代、私が意を決して一石を投じた食道がんの臨床試験の成果が、先日明らかになりました。結果は欧米の標準治療よりも日本から提案した新たな治療のほうに、効果が認められたというもの。欧米に対してもかなりのインパクトがある結果を得ることができました。10年前、勇気を出して声を上げたあのころの自分に「よくやった」と伝えてやりたいですね。
国立がん研究センター中央病院
国際開発部門 部門長
臨床研究支援部門 臨床研究支援責任者
中村 健一さん
京都大学医学部を卒業後、京都大学医学部附属病院および関連病院で外科医として手術、診療業務に従事。2006年より国立がん研究センターに勤務。全国約200の医療機関ネットワーク(JCOG)で実施する多施設共同試験の研究支援に長年携わり、多くの臨床試験結果が各種がんの診療ガイドラインに採択されるなど、よりよい標準治療の確立に貢献している。2017年より現職。現在は、臨床研究支援部門の責任者に加えて、臨床試験ネットワークの国際展開を担う国際開発部門の部門長を務める。グロービス経営大学院2022年卒業(成績優秀修了者)。