社会に新しいプラットフォームを作る

社会課題をビジネスで解決する

最後は、自分を
信じられるかどうか。
スマートお守りに
賭けた、覚悟と挑戦。

株式会社grigry

代表取締役社長

石川 加奈子さん

グロービス経営大学院2019年卒業

日本では年間、推計5万2,000件の性犯罪被害が発生しています。一方で、「面倒くさい」「デザインがかわいくない」などの心理から、防犯グッズを常備している人が少ないのが実情です。そうした中、かわいいデザインとテクノロジーを持ち合わせたお守り型の防犯グッズ「omamolink」が注目を集めています。開発者は石川加奈子さん。アイデアはどういう想いから生まれ、どのような苦悩を経て事業化に漕ぎ着けたのか、お話を伺いました。

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お守り×テクノロジーの
「omamolink」で、
安心安全な生活を

まずは石川さんが立ち上げられた株式会社grigryについて教えてください。

株式会社grigryは、私が考案したスマートお守り「omamolink」のアイデアをカタチにするため、2019年に立ち上げた会社です。「omamolink」は、「お守り」と「テクノロジー」を掛け合わせた高機能護身アイテム。普段はお守りとしてカバンに入れて持ち歩き、突然襲われたり、体調が悪くなったり、身の危険を感じたときは、カバンを強く振るだけで防犯ブザーや自動録音、SOS発信などの護身機能が作動して、ユーザーを守ります。

似たような製品に、お子さま向けの見守りGPSなどがありますが、常にお⼦さまの居場所が親御さまに伝わる仕組みになっています。そのため、成長して自我が芽生えると居心地が悪くなり、中学⽣以上になると持たなくなる傾向があります。また、催涙スプレーやスタンガンなど、世の中にはさまざまな防犯グッズ・護身グッズがあります。でも、防犯だけに特化したグッズは無機質なものが多く、女性が積極的に持ち歩こうとは思いづらい。そこで、日本人になじみ深い「お守り」に着目しました。

単なる護身目的だけでなく、かわいいからポジティブに持ち歩きたくなる。そんな防犯グッズとして「omamolink」を普及させることで、防犯を身近にし、性暴力などの被害で辛い思いをする人を一人でも減らしたいと考えています。

若いころに受けた
性暴力被害、
家族との突然の
別れが原体験

とても社会的意義の大きな事業だと思います。石川さんは、どうして「omamolink」を開発しようと思われたのですか。

実は私自身、学生のころや20代のころに何度か性暴力被害に遭った経験があります。当時の私は、自分がそんな目に遭うなんてこれっぽっちも思っていなくて、そういうときにどうすればいいのかも分からず、怖くて、助けを呼ぶことも、逃げることもできませんでした。20年経った今でも、時折フラッシュバックすることがあり、そのたびに「あのとき私はどうすればよかったんだろう。もしまた同じような出来事があったら、今度はどうすればいいんだろう」とずっと考えながら生きてきました。私と同じ悲しみを、ほかの人には味わって欲しくないという思いが、「omamolink」を開発しようとした出発点です。

また、「omamolink」のプロジェクトを進めている最中に、祖母と母を立て続けに亡くしました。祖母はひとり暮らしをしていた自宅で倒れて、母は妹家族と一緒に住んでいましたが、たまたまみんなが出掛けているときに、くも膜下出血で倒れてこの世を去りました。「もしも、発見が早ければ救えたかもしれない」。そう思うと、今もやるせない気持ちになります。

もとは、性暴力からどうやって身を守るかに焦点を当てたプロジェクトでしたが、自分の身に危険がせまったときに簡単な操作でSOSを知らせる機能は、人から襲われたときだけでなく、体調が急に悪くなったときにも使えるものだと気付きました。性暴力被害から守るだけでなく、大切な人の「もしも」に気付き、寄り添えるように。私の原体験から生まれたこうした思いが、「omamolink」には込められています。

世界の課題と真摯に
向き合う人たちに憧れて、
経営学へ

ご自身の辛い経験が原体験になっていたんですね。次に、起業に至るまでのキャリアについてお聞かせください。

大学を卒業後、内閣官房内閣情報調査室(内調)に9年勤め、情報収集や分析業務に携わりました。2011年秋からはワシントンD.C.にある戦略国際問題研究所というシンクタンクで、1年間、客員研究員として勤務。このときに出会った皆さんの自由にキャリアを歩む姿に感化され、日本に帰国してすぐ内調を退職し、半年後に再びアメリカへ渡りました。その後は、IIGR社という危機管理の教育と研究を行っているスタートアップのシンクタンクで、総務開発部長として働きました。

このIIGR社での大きな出来事は、久能祐子先生に出会えたことです。久能先生は、2つの新薬の開発に成功し、日本とアメリカでIPOを経験した連続起業家でもあります。生き方も、佇まいもすてきで、私は人生のロールモデルにしています。

IIGR社で2年間勤めた後の2015年、日本に戻りコンサルタントとして独立しました。奇しくも同じ年に、久能先生も日本で新たな事業を立ち上げることになり、エグゼクティブアシスタントとしてお声がけいただきました。そして、久能先生のそばで働きながら、いろいろな会社や団体のトップの方とお会いする日々が始まったのです。この経験が、私にとってひとつのターニングポイントになったのです。

私がお会いしたトップの方々はすごく視座が高くて、目先のビジネスのことだけでなく、どうすれば日本が良くなるか、世界が良くなるかということを常に考えているんです。会議中はもちろん、少しくだけたお酒の席であっても。いつの間にか「10年後、50年後のために、今できることは何か」という会話になり、「こうすれば、課題を解決できる」というアイデアが次々に出てくる。「私もこういう人になりたい」と憧れました。でも、皆さんの会話で飛び交う共通言語は経営なんです。当時の私には、全てを理解することが難しくて、少しでも近づくためにはもっと経営について知識を深める必要があると思いました。それで、グロービス経営大学院の門を叩いたんです。

利己と利他の
重なるところに
見つけた「志」

グロービスに通われた中で、印象に残っている出来事があれば教えてください。

一番心に残っているのは、「パワーと影響力」という授業ですね。教員の方から「『志』とは、利己と利他が重なったところにある」と教わったとき、私の中でビビっと来たんです。それまでにも、グロービスではたびたび「志」というワードが出てきました。でも、「志」とは何なのか、どうすれば自分の「志」が見つかるのか、今ひとつ分からずにいました。でも、この説明を聞いてすごく納得できたんです。それで、自分にとっての利己と利他って何だろうと考えたことが、後の「omamolink」の開発につながりました。

「性暴⼒という悲しい⽬に遭う⼈を、ひとりでも減らすこと」それが私にとっての利他です。そして、利己は「過去の自分を救うこと」。私にとって過去に経験した出来事は、思いだしたくもないし、本当はなかったことにしたいくらいです。でも、その経験をした私だからこそたどり着けたアイデアがある。もし私のアイデアで、この先、誰かを助けられたのなら、あの憎い経験さえも無駄ではなくなる。過去は変えられなくても、出来事の意味づけは変えられるんじゃないかって思ったんです。

そして、私の頭の中には「こういうプロダクトがあれば、性暴力の被害に遭う人を減らし、過去の自分を救えるかもしれない」というアイデアがありました。どうすれば事業化できるのか明確に見えていたわけではありません。でも志とアイデアが揃っているのなら「これはもう、やるしかない!」と、思い切って起業に踏み出したのです。

アイデアしかない。
それでも前へ

アイデアはあっても、それをカタチにして事業化するまでには、長い道のりがあったと思います。具体的にどのような壁があり、どのように乗り越えていかれたのでしょうか。

事業化までの道のりは、本当に紆余曲折がありました。そもそも、起業した当初に私が思い描いていたものは、実は「omamolink」ではなく、「ココロン」という携帯型のお守りペットロボットでした。「ココロン」は毎日持ち歩きたくなるようなかわいい見た目で、ユーザーの歩いた距離や触れ合い度合い、ストレスレベルを反映して成長していきます。そして、いざというときは「omamolink」のようにSOS発信などの護身機能でユーザーを守ってくれる。さらに、アロマオイルの香りでストレスを緩和する機能も備えていて、「犯罪やストレスから女性の心身を守り、笑顔をサポートする」というコンセプトでした。

具体的なアイデアはあるものの、私にはモノづくりに関する知識やバックグラウンドがありません。「ココロン」をカタチにするためには、技術力を持った仲間が必要です。そこで私は、アイデアをひとりでも多くの人に知ってもらうために、ビジネスコンテストに出続けることにしました。初めは予選で敗退することもありましたが、できることをやるしかない。プレゼンテーションの内容を何度も練り直し、精度を上げていくうちに大きなコンテストで本選に出場できるようになりました。そして、「女性起業チャレンジ」というコンテストでは、グランプリをいただくことができたのです。

コンテストの結果は、私のビジネスプランが第三者に認められたことの証明になります。そのおかげで、少しずつ興味を持ってくれる人が現れて、今のCTOである福嶋さんと出会うことができました。その後も、細い人脈を必死で辿って、開発に協力してくれるメーカーとつながり、少しずつ体制が整っていきました。

でも、一歩前に進むと、新たな課題が出てきます。それはロボット開発が、私の予想以上にコストも期間もかかること。加えて、世の中にペットロボットが普及していないのに、「ココロン」を持ち歩いてもらうことはかなりハードルが高いことでした。どうすれば解決できるのか。考えても、考えても、突破口が見いだせません。そんな苦しい日が続いたある朝、シャワーを浴びていたら急に「お守りだ!」と閃いたのです。お守りなら多くの人が自然に持ち歩くし、ロボット機能を開発する必要はありません。これまで悩んでいた課題が一気に解決できます。それで、ロボットからお守りに軌道修正して生まれたのが「omamolink」です。

進まない資金調達。
背水の陣で臨んだ
「令和の虎」

それが2020年ごろのお話ですね。その後は、どうされたのでしょうか。

「omamolink」に軌道修正してからはプロダクトを見直したり、「振動検知機能」を独自開発して特許の出願をしたりしました。開発計画が徐々に具体的になり、初期開発に最低3,000万円が必要だと分かりました。そして、2021年2月から本格的に資金調達に動きだしたんです。

アイデアを持って、真っ先に向かった先は久能先生のもとでした。自分が本当にやりたいビジネスを見つけたときには、久能先生に一番にお話を聞いていただきたいと決めていたからです。すると久能先生から「すごく面白いじゃない」と、ご自身が設定している上限額いっぱいまで出資を前向きに検討してくださいました。

そして、残りの資金を得るために、ベンチャーキャピタルを回りました。ところが、ここからが大変でしたね。というのも、私自身にエンジニアの実績がなく、プロトタイプがないことには、興味を持ってもらうことはできても、なかなか首を縦には振ってもらえないんです。エンジェル投資家の方にも何名かお話を持って行きましたが、同じような反応でした。

思うように資金が集まらず、気持ちに焦りが出始めたとき、メンバーのひとりから思いもよらぬアドバイスをもらいました。それが「令和の虎」への出演です。「令和の虎」というのはYouTubeで配信しているビジネス系リアリティー番組で、起業家が事業計画をプレゼンテーションして、「虎」と呼ばれる投資家たちに認められたら投資を獲得できるという内容です。正直な話、うまくいかなかったときのリスクを考えると怖くて、初めは気乗りしませんでした。でも、このままだと、資金が底をついて「omamolink」を世に出せないまま会社が終わってしまう。「やるしかない」と覚悟を決めて出演することにしたんです。

出演を決めたタイミングで、「omamolink」の開発を依頼している会社からプロトタイプの見積もりが上がってきました。その金額が当時grigryに残っていた全財産とほぼ同額でした。つまり、すぐに調達できなければ倒産してしまうということ。でも、ここが勝負所だと腹をくくって、全財産をプロトタイプの開発に投じました。そして2021年4月10日、背水の陣で「令和の虎」に出演し、ありがたいことに目標の資金を獲得できました。

「令和の虎」の反響は大きくて、動画が公開された後から、エンジェル投資家の方から出資の話をいただいたり、デザイナーの方が「ぜひ手伝いたい」とプロボノで参加してくれたり、「一緒に働きたいです」と履歴書を送ってくれる方がいたり、一気に事業が前進しました。

そして、前進すればまた新しい壁が出現します。開発後は量産に向けて新たに資金が必要になるのです。引き続きエンジェル投資家の方にお願いし、株式投資型のクラウドファンディングにもチャレンジしました。そして何とか総額1億円を調達し、2022年5月30日に無事リリースできました。

信じて突き進めば
「チャンスの扉」は拓く

お話を聞くだけでも、リリースまでの大変さがよく伝わってきます。幾度となく壁を乗り越えられてきましたが、もし秘訣があれば教えてください。

3年間やってみて、壁というのは結局、自分なんだと感じました。もちろんヒト・モノ・カネがその時々で壁になりますが、全てが満たされることはなく、会社の成長のタイミングで壁は常に現れ続けます。それを打開できるか否かは、自分のなかに芽生える「できないかも」という感情をどう打ち消すかにかかっています。それは、事業の計画性よりも、どれだけ自分を信じて行動し続けられるか。どれだけ「覚悟」を持てるかだと思います。

以前にグロービスの同期から「チャンスの扉」という話を聞きました。「チャンスの扉」は、こちら側に取っ⼿がなく、向こうから開けてもらうしかないのですが、ただ扉の前で待っていても開かず、こちらの準備が整ったときに開くそうです。私の場合は、まさに「覚悟」がカギになっていたと思います。CTOを探したときも、資金調達のときも、「令和の虎」に出演したときも。「覚悟」を決めて、できることを全力でやったときに、「チャンスの扉」は開きました。

扉が開く条件は、人によって違うと思います。だから自分なりの条件が見つかるまで、迷いながらでも、あれこれ試してみると良いかもしれません。私も「志」が定まるまでは、生き方の方向性が定まらず、ずいぶん回り道をしました。でも、迷ったからこそ得られた経験もあったし、出会いもあった。そのときは無意味に思えたことも、振り返ってみると、案外今につながっていることも多いです。どんな出来事も、捉え方ひとつで、意味のあるものにできる。だから、もしも今「やってみたい」と思うことがあれば、自分の気持ちを信じて、今できる限りのことを全力でチャレンジしてみてください。そして、チャンスの扉が開いたときは、勇気を持って飛び込んで欲しいと思います。

美容や健康のように、
前向きに防犯に
取り組める社会へ

ありがとうございます。最後に、これからのビジョンについて教えてください。

ありがたいことに、メディアにもたくさん取り上げていただき、徐々に認知されていると感じています。ユーザーさんからも、「彼女に誕生日プレゼントであげたら、泣いて喜んでくれた」「お母さんからもらったけど、デザイン最高です」「持っているだけで安心できます」など、うれしいメッセージもたくさん届いています。

また、海外の方も興味を持ってくれて「うちの国でも販売して欲しい」という声もいただいています。もともと、いずれは海外に展開することを考えていたのですが、ピッチを上げて取り組んでいこうと思います。

一方で、課題も見えてきました。それは、日本の防犯意識です。日本は世界的にも安全な国なので、自分で犯罪に備えるという意識が高くありません。まして、年頃の女の子からすると同じお金をつかうのなら、防犯グッズよりも化粧品や洋服を買いたいと思うのは当然の心理です。いくら「omamolink」のデザインをかわいくしたところで、防犯意識が高まらないことには持ってもらえません。そこで、「守活(まもかつ)」という言葉を作って、ホームページやハンドブック、イベントなどで啓蒙したり、「おまもり女子」チャンネルというYouTubeチャンネルを開設して、「守活」に関連するコンテンツを制作し配信したりしています。

性犯罪は加害者が絶対に悪い。社会や法律などの環境が変わるべきであることは間違いありません。ただ、環境が整うまでに時間がかかるのも事実です。だから自分の身を守るためにできることがあるのなら、同時並行でやったほうがいいと思うんです。

健康や美容を守るのと同じように、楽しく前向きに防犯に取り組める社会にしたい。もちろん、そのためにはまたいろんな壁にぶつかると思います。でも、これが私の「志」。これまでと変わらず、自分を信じて挑戦し続けます。

株式会社grigry

代表取締役社長

石川 加奈子さん

大学卒業後、内閣官房内閣情報調査室にて情報収集・分析業務に従事。2013年に渡米し、International Institute of Global Resilience(IIGR)にて総務開発部長を務める。その後帰国しコンサルタントとして独立。性暴力スライバーである自身の原体験から考案したスマートお守り「omamolink」を事業化すべく、2019年7月、株式会社grigryを設立。グロービス経営大学院2019年卒業。

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