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デジタル化やAIの進化による「第4次産業革命」と呼ばれる社会の変化が、世界各地で進んでいます。
今後、私たちの職場でも仕事の進め方が変わり、新たな知識や能力が求められる場面が増えていくかもしれません。
変化への対応が問われる中、注目されているキーワードが「リスキリング」です。
本記事では、リスキリングの概要やメリット、導入事例をご紹介します。
リスキリングとは
リスキリングの語源は、英語のre-skilling。
直訳すると「スキル向上を繰り返す」、和訳すると「学び直し」です。
2021年頃からビジネスでも注目されているキーワードで、「リスキル」や「アップスキリング」と同じ意味で使われます。
リスキリングは、スキルの中でも、DX(デジタル・トランスフォ-メーション)や第4次産業革命といった社会の変化に対応するための知識や技術を学び直すことを指します。
プログラミングやビッグデータの分析から、マネジメントやマーケティングに関するものなど、内容は多岐にわたります。
リスキリングとリカレント教育・アンラーニングの違い
リスキリングとよく似た取り組みとして挙げられるのが、「リカレント教育」です。
日本語で「学び直し」を意味する点は同じですが、その目的や手段は異なります。
リカレント教育は「生涯にわたって学び続け、スキルアップや自己研鑽を行う」という個人の目的、リスキリングは「DXに対応するために、必要な知識とスキルの獲得を促す」という企業の目的が中心となっているのです。
また、一度職場を離れて大学などの教育機関で学び直すリカレント教育に対して、リスキリングは職場での研修や業務などを通して行われます。
このように、目的と手段でそれぞれ重なる部分はあるものの、ニュアンスには違いがあります。
リスキリングやリカレント教育と同じような概念として、「アンラーニング」があります。
日本語で「学習棄却」「学びほぐし」を意味し、これまでの仕事や経験を一度忘れて、新たな知識やスキルを取り入れることです。
テクノロジーの進化に伴い産業構造が大きく変わる中で、これまでと同じやり方では通用しません。
保有している知識・スキルのうち、陳腐化したものは捨てて、代わりに新たな学びを得ることが重要だと言われています。
この「捨てる」という考えが中心にある点が、アンラーニングとリスキリングの大きな違いです。
☑リカレント教育の概要について、詳しくはこちら
リスキリングが注目される理由
DXの推進
リスキリングが注目されるのは、AIやIoTが広まる時代が訪れていることがあります。
これまでの知識や技術が通用しなくなることが想定されるからです。
車でいうと、電気自動車が普及すれば、ガソリン車が減り、日本が高い技術を誇るエンジンの需要減が想定されます。
さらに自動運転が広まれば、運転手が不要になり、タクシーやトラックのドライバーという職種自体が姿を消すかもしれません。
このような変化の中で、経営層はどのように会社の舵を取り、顧客と向き合っていくのか。
管理職は、現場にどのような指示を出し、人材を育てていくのか。
一般社員は、自分が必要とされる職場をいかに確保するか、などの問題が表面化しそうです。
置き去りになる危機感を背景に、新たな価値を生み出すスキルを獲得して道を切り拓くのが、リスキリングの本質です。
デジタル人材の不足
一方国内では、今後必要となるデジタル人材の不足が指摘されています。
AIやDXは、どのように社会に浸透していくかは不透明な部分も多く、企業が自社にフィットする知識や経験を持つIT人材を確保するのは容易ではありません。
システムエンジニアやプログラマーなど、IT関連部署や担当者だけでなく、営業や総務を含めたあらゆる部署で対応が求められるケースも多く、必要な人員は相当数に上ります。
政府によるリスキリング支援
2022年10月に岸田首相は、総合政策の中にリスキリング支援を盛り込む考えを表明しました。
さらに、2023年6月の閣議決定で発表された「新しい資本主義のグランドデザインおよび実行計画2023改訂版」では、働く人のスキルアップを通じて、日本の企業や経済を活性化する方向性が打ち出されました。
また、個人のリスキリング支援に5年間で1兆円を投入することで、国内におけるリスキリングの動きがさらに活発になると予想されています。
さらに、各企業においても社員のリスキリングを推進することが求められるようになるでしょう。
新型コロナウイルス流行による働き方の変化
新型コロナウイルスの流行により、私たちの働き方は大きく変化しました。
これまでオフィスでの業務が中心だったものがテレワークへとシフトし、対面での顧客応対がオンラインに移行するなど、就業環境が一変。
これまでの働き方では対応できない状況が増えたことにより、新しいスキルの習得が急務となっています。
リスキリングを行うメリットとは?
リスキリング、つまり新たなスキルの習得は、個々の能力向上に直結します。
しかしながらそのメリットはそれだけではありません。
ここではリスキリングを行う6つのメリットを紹介します。
市場価値が高まる
テクノロジーに関する知識やスキルなどを身に付けることで、市場価値向上につながります。
近年、chatGPTをはじめとする生成AIなどの進歩に伴い、人間が行っていた作業の一部がAIに代替されるようになりました。
一方で、創造性や思考力、対話能力など、AIではまだまだ難しい領域も存在します。
そうした領域でスキルアップを図ることも、市場価値を高める糸口となるでしょう。
生産性が向上する
リスキリングにより新たなスキルや知識を習得することで、仕事の効率や質が向上します。
例えば、最新のツールやテクノロジーを駆使できるようになると、これまで手作業で行っていた業務が自動化され、生産性が大幅にアップすることもあります。
社員個人だけでなく、チームや組織全体の生産性向上にも寄与できるでしょう。
新しいアイデアが生まれる
リスキリングを通じて、社員のスキルセットが多様化し、チームや組織全体の知識や視点の幅が広がります。
これはイノベーションを生みだす組織文化を醸成する上で、重要な要素です。
多様な視点をもたらすことで、社内で新しいアイデアが生まれやすくなり、結果的に企業の競争力向上に貢献します。
変化に適応することができる
社会情勢や経済、技術の進歩などの変化が早く、予測が難しい今の時代。
現在の職業や専門分野に固執するのではなく、幅広い知識とスキルを身に付けておくことで、さまざまな変化に柔軟かつ早く対応することができます。
エンゲージメントが向上する
企業のリスキリング推進によって、社員に成長の機会を提供することで、社員満足度とロイヤリティ向上に寄与します。
離職率を抑制し、長期的に優れた人材を雇用するためには、個々のキャリア形成への支援が不可欠となるでしょう。
学んだ知識やスキルをすぐに活かせる
既存事業について深く理解している社員がリスキリングを行うことで、新しい知識やスキルをすぐに実務で活かしてもらうことができます。
必要となる技術やスキルを有する外部の人材を採用することも手段のひとつですが、組織や業務に馴染んだり、仕事の進め方を理解したりするまでに時間が掛かるでしょう。
また、思考力はビジネスのさまざまな場面に活用できる普遍的なスキルです。グロービスの体験クラスでは「クリティカル・シンキング」をテーマにビジネススクールのディスカッションを通じて思考力を高める体験ができます。アウトプットを中心とした学び方を知りたい方は、ぜひご参加ください。
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リスキリングのデメリットはある?
企業にとって、リスキリングによるデメリットは主に3つあります。
1つ目は、導入の負担がかかることです。
研修や教育方法を新たに導入・改善し、適切に運用していくには、企業側に一定のリソースが必要になります。
各部門との調整なども生じるため、導入時の負担は大きいでしょう。
2つ目は、社員のモチベーション維持が難しいことです。
業務と並行して新しいことを学び続けるのは、時間とエネルギーが必要になります。
とくに日々の業務に追われている状況では、新しいスキルを学ぶための意欲や時間を見つけるのが難しいこともあるでしょう。
3つ目は、費用が掛かることです。
内製で研修や教育プログラムを用意できない場合は、外部の企業や専門家に依頼する必要があります。
必要とする人材要件やスキルに到達するまでにどのくらいの費用が必要なのか、投資金額は妥当なのか、などを押さえた上で検討することが重要です。
リスキリング導入のためのステップ
これらの企業の取り組みをみていくと、デジタル技術の進歩への危機感を背景に、以下の5つのステップを踏んでいることが伺えます。
事業戦略と現状の課題を分析する
始めに、組織全体の事業戦略とそれに伴うスキルギャップを明確化します。
これから起こる変化を予想し、どのような業務に取り組むかのイメージが必要です。
業務の難易度や必要な従業員の規模を見積もり、どうやって人材を調達するかを考えます。
これから起きる変化は不透明な部分も多いので、明確な戦略や方針を立てるのは困難を伴いますが、抽象度が高いと狙いがあやふやになるので、一定の方向性を示すことが不可欠です。
リスキリングの目的を明確にする
デジタルに苦手意識を抱いている人も少なくないため、リスキリングを前向きに受け止めない人が一定数いることが予想されます。
このため、経営層の狙いや会社の方針が理解できていないと、成果は出にくいでしょう。
リスキリングを行うには、対象者に「なぜリスキリングが必要なのか」を説明し、その目的や意図を理解してもらう必要があります。
教育プログラムを決める
現状の組織課題をもとに、効果的な教育プログラムを考えましょう。
リスキリングの手段として、研修やオンライン学習、ビジネススクールなど、さまざまな種類があります。
また、自社で行うのが難しい場合は、外部に委託することも選択肢のひとつです。
最近では、従業員の大半をリスキリングの支援対象とする会社が増えているため、一度限りの研修ではなく、オンラインを活用したり、複数のプログラムを用意したりするケースが増えています。
研修の実施
教育プログラムが用意できたら、社員に取り組んでもらいましょう。
個人面談や1on1を通して、社員が希望するキャリアや学びたい領域などをヒアリングしたり、定期的にフィードバックしたりしながら進めることが重要です。
また、このときに気を付けるべきポイントが、リスキリングは社員にとって負荷がかかっている状態であるということです。
本業とリスキリングで過剰な負荷がかかっていないか、健康面に影響を及ぼしていないかなど、注意深く見守りましょう。
習得した知識やスキルを実務で活用する
最後に、社員が習得したスキルを活用できるよう支援します。
実務で活用できる機会を用意したり、その成果に対してフィードバックをしたりして、「学び⇒実践⇒フィードバック⇒改善」のサイクルを回せるようにしましょう
リスキリングを実践する上でのポイント・注意点
リスキリングの形はさまざまで、唯一絶対の正解はありません。
しかし、リスキリングを進める上で躓くポイント、どの会社も共通しています。
ここでは、リスキリングを実践する上での4つの注意点について解説していきます。
社員の主体性を尊重する
これまでの業務領域とは異なる新しい知識やスキルを学ぶ場合は、社員にとって大きな負荷がかかります。
本人の学ぶ意欲がなければ継続することは難しく、明確なゴールや目的がなければ途中で離脱してしまいます。
本人の希望や意思を尊重するとともに、「なぜリスキリングに取り組みたいのか?」と目的を明確にしましょう。
また、リスキリングの支援対象者を選定する際は立候補制にするなど、社員の主体性を育む制度運用を心掛けましょう。
社内の協力体制を整備する
リスキリングを成功させるための大きなポイントは「社内の協力体制」の確立です。
チームや部署内でリスキリングの目的や必要性をしっかりと伝えることで、周囲からの理解を得て、助け合う風土を醸成することができます。
また、新たな知識やスキルをチームに共有したり、ほかの人と一緒に実務で実践したりすることで、学びの質が向上するでしょう。
実務や課題に合ったプログラムを用意する
リスキリングそのものは目的ではなく手段であるため、「現場に即したプログラム」を用意することが重要です。
せっかく新しいことを学んでいても、目の前の仕事には役立たないと感じてしまうと、学習意欲は下がってしまいます。
一方で、学びたいことが日々の業務に直結していると、その学びがすぐに役立つことを感じられ、モチベーションを維持しやすくなります。
また、具体的な課題を題材にしたプログラムは、実際の問題解決につながり、成果や成長を実感しやすくなるでしょう。
モチベーションを維持する仕組みをつくる
知識やスキルは一朝一夕で身に付くものではなく、長い時間をかけて習得していきます。
だからこそ、モチベーションを維持するための仕組みが必要です。
例えば、定期的なフィードバックタイムを設けたり、完成したプロジェクトをチームで祝ったり、新しいスキルを使って解決できた課題を共有したりするなどです。
社員の声を聞きながら、運用を適宜改善していくことが重要です。
リスキリングの導入事例
米国の先進事例
リスキリングの先進事例と言われるのが、米国のAmazonです。
2019年にAmazonは、「2025年までに7億ドルをかけて従業員10万人にリスキリングを行う」と発表しました。
技術職以外の従業員を技術職に移すことや、デジタルスキルの習得を目指す研修の実施を行うとしています。
AT&Tの事例では、2008年の時点で「社員の4割に当たる10万人が今後の技術の進歩に対応するスキルを持っていない」と分析。
オンラインでのプログラミングやWEB開発の研修、キャリア開発支援を進め、不要になる部署の統合やデジタル関連部署への異動を実施しました。
マイクロソフトは、2020年6月に社外の人材2500万人に向けてリスキリングの機会を提供すると発表しました。
新しい雇用機会を生みだし、リスキリングを促進することで、新型コロナウイルスによる経済的な打撃を緩和する試みです。
さらに、ほかの企業や団体との共同活動も進めており、リスキリングの取り組みは世界規模で展開されています。
日本の事例
出遅れを指摘されていた日本企業も、ここに来て動きが活発になっています。
大日本住友製薬は2021年から、全社員約3000人を対象にデジタル研修を実施。
コロナを機に、対面が中心だった病院への営業がオンラインに切り替わり、あらゆる業種や階層でデジタル技術が不可欠になってきたことが、全社員を対象にした背景にあるそうです。
三井住友フィナンシャルグループも、2021年に約5万人の全従業員を対象にした「デジタル変革プログラム」をスタートしています。
マインド、リテラシー、スキルの3段階に分かれた30本以上の動画を、自主的にオンラインで視聴する仕組みです。
「なぜデジタルを学ぶのか?」「デジタルとは何か?」「どうやって活用するのか?」という3つの問いに対する答えを、自ら考えてもらうように工夫されています。
オンラインのワークショップや応用コンテンツも用意し、学び続けることを促しています。
富士通では、社員全員が活躍できる社内DXを推進しています。
「データドリブン経営」「DX人材の育成」「生産性向上」「全員参加型・エコシステム型のDX」などをキーワードに、リスキリングに取り組んでいます。
デザイン思考やDX構想策定力などの新たなスキルや知識を学べるプログラムに加えて、実際のDXプロジェクトに参加する実践的な内容も組み込まれています。
まとめ
先日、アニメ「タッチ」の曲で知られる歌手・岩崎良美さんが、還暦を前に大学院に入学し、経営学の学び直しに励んでいることを日経新聞(2022年1月5日)に寄稿されていました。
コロナで公演のキャンセルが相次ぎ、「これからどうやって生きてこうかと思う悩んだ」ことが、高校卒業以来、約40年ぶりに勉強に励む決心のきっかけになったそうです。
睡眠時間が削られ大変なこともあるが、企業の事例や理論を学ぶうちに世の中の見方が変わり、歌手としても、「コンサートの準備も段取りよくこなせるようになった」と書かれていました。
岩崎さんのように、危機感をバネに新たな自分の可能性を探るのは、変化が激しい時代に対応する素敵な生き方だと思います。
記事を読み、私も見習おうと思いました。
皆さんも、ぜひ参考にしてみてください。
著者情報
川崎 弘
横浜国立大学経済学部卒。西日本新聞社(福岡市)入社。事件、経済、街ダネを中心に13年の記者生活を経て、妻の実家の醤油屋「合名会社まるはら」(大分県日田市)入社。2020年、グロービス経営大学院修士課程修了(MBA)。「批判より行動を」「報道より行動を」を合言葉に、人口が減る中で地方の雇用の場をどうやって守るかを日々考えています。佐賀市出身。カレーとラグビーが好き。
※本記事の肩書きはすべて取材時のものです。