【前半】右脳型経営 ~新たな時代のデザイン経営~
デザイン思考で重要なのは「共感」と「拡散思考」!新たな時代の右脳型経営とは?
小笠原 治氏 | 株式会社ABBALab 代表取締役/京都造形芸術大学 教授 |
楠本 修二郎氏 | カフェ・カンパニー株式会社 代表取締役社長 |
遠山 正道氏 | 株式会社スマイルズ 代表取締役社長 |
モデレーター
松林 博文 | グロービス経営大学院 教員 |
本記事は、あすか会議2019「右脳型経営 ~新たな時代のデザイン経営~」の内容を書き起こしたものです(前編)
松林博文氏(以下、敬称略):まずはそれぞれ5~6分のショートプレゼンを行ったのち、全体で議論していく形にしたいと思います。
まずは私から。私は15年前に『クリエイティブ・シンキング』(ダイヤモンド社)という本を出しました。グロービスで学んでいる皆さまはクリティカル・シンキングが大好きですよね。ただ、それが行き過ぎると“クリハラ”をしてしまう。「クリティカル・シンキングハラスメント」といって(会場笑)、相手を詰め過ぎて傷つけてしまうかもしれない。ですから、僕はそれに対抗したというわけではないんですが、「ほかの考え方もあるよ」ということで『クリエイティブ・シンキング』を出しました。ロジカル・シンキングというのは、さまざまなファクトを経てメッセージを出すという、いわば収束的な思考。左脳が大好きな思考です。一方、クリエイティブ・シンキングは拡散的な思考です。1つのきっかけからアイディアを膨らませていくというもので、これは右脳が大好きな思考です。
また、ロジカル・シンキングは「Rightness(正しさ)」を求めます。そのうえでメッセージは何かを問うわけですねSo WhatとWhyもあります。「なんでそうなのか?」ということもしっかり考えるのがロジカル・シンキングです。一方、クリエイティブ・シンキングで大事なのは「Richness(豊かさ)」。変なことを言う人って、いるじゃないですか。「お前、おかしいんじゃないか」と。僕はそれが豊かさを持つ人だと考えています。「ちょっとおかしいな。でも、おもしろいな」、それがRichnessです。つまりRightnessとRichnessのバランスが大切ということですね。教育では「合っているのか、間違っているのか」というRightnessがすごく強調されますが、それだけでなくRichnessも大事になります。加えて、左脳系またはMBAというのはフレームワークが大好き。なんでもフレームワークに入れます。でも、一方で「フレームワークなんかいらない」と、それを無視してしまう考え方もあるわけですね。
大事なのは思考を広げたり狭めたりすること。拡散思考と収束思考の2会議法ということです。ポイントは、はじめに狭めてしまうとなかなか広がりにくくなる点ですね。萎縮した精神のままでは思考を広げることがすごく難しい。ですから、皆さんはリーダーやマネージャーとして最初に緩めて広げてあげること。精神の豊かさ、あるいは心理的な安全性が担保されていないと、思考を広げるのは難しいので、思考をいきなり狭めないことがポイントですね。この2つの思考法を言葉にしてみると、左脳系は「それって論理的?」「なぜそうなの?」「イシューは何?」「結論は何?」ということを詰めていきます。
一方、僕が重要視しているのは「それっておもしろい?」「どんなことをイメージしているの?」といったこと。バーンと広がっていくイメージであり、その両方が大事になるという話です。いずれにしても、イノベーションを起こすプロセスでは、いきなり収束させてしまうとだいたい同じような帰結になってしまうから、まずは思考を広げて混ぜるということを私は推奨しています。
デザイン思考で重要なのは「共感」と「拡散思考」
で、今日はデザインという言葉もテーマに入っているので、少しデザイン思考の話もします。デザイン思考で重要視されているのは共感ですね。あとはブレストに代表されるような拡散思考。人を中心にして拡散していくことが大切です。このデザイン思考を「1.0」「2.0」「3.0」という段階に分けると、初期の「1.0」ではコーポレートアイデンティティーやブランドアイデンティティ等々、どちらかというとデザイナーが行う狭義のイメージでした。ただ、その後IDEOが出てきたりして「人間中心」や「デザインファーム」といった話になります。そして最近は、「経営そのものにデザインが必要では?」ということで、それが「デザイン思考3.0」と呼ばれています。
結局、デザイン思考とは何かというと、フラットかつオープンで、人をきちんと観察して共感すること。キーワードは一次情報をきちんと感じ取るということです。皆さんが注意しないといけないのは、ケースとパソコンばかりに向き合っていると、ほとんどの情報処理が二次で終わってしまう点です。でも、人間って立体的じゃないですか。感覚があり、五感があるわけだから、勉強し過ぎてその感覚を鈍らせて欲しくないんです。二次情報だけでなく、一次情報、さらには“0次情報”と呼べるようなものとバランスをとって欲しいと考えています。
また、デザイナーは世にまだ存在しないものを考えるのが大好きで、発想でもユーザーを巻き込んでいきます。独りよがりで考えない。ものづくりでも、完璧なものをつくってから世に出すのではなく、つくりながら、走りながらプロトタイピングしていくという考え方です。また、仕事には管理(Control)、創造(Create)、協調(Collaborate)、競争(Compete)という4つのCがありますが、このなかで多くのビジネスマンは管理と競争を重要視しますよね。コストダウン、あるいは高い生産性や効率を求めるわけです。しかし、デザイナーはもう少し協調と創造を大切にします。ですから、今日はその辺が1つのテーマになるのかなと思います。どちらが良いかといった話ではなく、バランスを取る必要があるというお話です。
最後にもう1つ、僕がやっている「ビジョン・ペインティング」というものを紹介させてください。企業のビジョンって、だいたいは文字じゃないですか。「顧客第一主義」とか。でも、文字を読んでいても少し面白みがないということで、最近は企業の戦略やビジョンを絵にするということをしています。そうすると対話が触発されるんですね。それで、たとえばアーティストの方を呼んで、私の夢や会社のイメージを絵にしてもらうということをやっています。そうするとすごく盛りあがる。「絵に描いてエンゲージしながら、会社のビジョンを共有して一緒にやりたいことを見ていきましょう」ということですね。以上になります。ご清聴ありがとうございました(会場拍手)。
楠本修二郎氏(以下、敬称略):私は経産省や内閣府のクールジャパン会議で民間委員をしていましたが、そこでもデザイン経営ということが言われていました。「これまではビジネスとテクノロジーが日本経済における発展の軸だった。でも、今後はそこにデザインやアートが加わり、3つの基軸でやっていかないといけないよね」といった議論が10年ほど前からなされています。今はそういう考え方がレコードのA面になってきたのかなと感じます。
僕は今までずっとコミュニティづくりということを仕事にしていて、そのなかで「どんな風にコミュニティデザインを行うか」ということを考えてきました。この会場にはIT経営者の方が多いと思いますが、最近はユーザーエクスペリエンスということがよく言われていますよね。これはエクスペリエンスをどうデザインするかということ。同じように、これから大事になるのは、お客さん側のコンテクスト、あるいは「繋がり」みたいなもののデザインになる、と。また、先ほど「共感」というキーワードも出てきました。共感が生まれるということは、そこに共感のコミュニティができるということ。そうしたコミュニティのデザインを今までずっとやってきたというのが、我々『カフェ・カンパニー』なんですね。
私が会社でやっていることは、ほぼ3つだけ。1つは「会話をすること」。会議は止めました。会話しかしません。会議になると、生産性はどうとか、KPIはどうとか、費用対効果はどうとか、そんな話になるんですね。もちろん会社経営ですからそれも大事ですが、会話の方はもっと大事ということです。会話と会議で何が違うのかというと、松林さんも言ったようにすべてのことをポジティブにつなげるということ。それが僕の仕事になります。「あ、それいいね」と、いろいろなことを拾って、アイディアをすべてつなげていくことが仕事の1つです。
ただ、それでも違う人たちはたくさん出てきます。そこで、私がやっているもう一つはその「違う人たちをリスペクトすること」。うちは飲食経営です。飲食店経営ではホスピタリティという言葉が出てくるじゃないですか。そこでデザインとは何か。たとえば空間デザインは、お店をつくる前に「たぶんこういう方々が来るであろう」と予測します。そして、その方々のためにディテールまで考え抜いたホスピタリティを、デザインによって発揮・提供するということなんですね。だからデザイン思考というのはデザイナーだけの話ではないんです。人の心に対して繊細になって、優しくポジティブになって、「違う人たち」をリスペクトしたうえで、すべてのことをつないでいく。そういうことを僕は自分の生業にしています。
いくつか事例をご紹介します。アートはあまり分からないんですが、僕の場合、いつも旅をしたりランニングをしたりする場所が自分をインスパイアしてくれます。たとえば旅をしていたとき、とある絵画に出会いました。
ニューメキシコのジョージア・オキーフさんという、ものすごく格好良くて僕が憧れるアーティストが描いた、花の絵ですね。それで、「あ、花って素晴らしいな」って。そうしてオキーフさんの絵画に触れているうち、ネイティブアメリカンの言葉にも触れるようになりました。彼らは今で言うところのSDGsみたいなことを言っているんですね。ですから、「今はSDGsの時代なんだ」と言ってそれに従うのではなくて、自分自身がどういう風に感じるかが1つの起点になるという話です。それで、僕はカフェをLove, Peace, Diversityなものにしようと考えました。それで「地球に花がいっぱい咲いている」という、動画もつくったりしたんですが、とにかく、そういうことを会社としてやっていかなければいけないと、ジョージア・オキーフに教わりました。
それともう1つ。私の仕事は「コミュニティをつくること」。カフェというのは半径500m以内でコミュニケーションをつくりますが、「これからはグローバルコミュニティも大事だね」と。それで、浅草でWIRED HOTELというデザインホテルをつくりました。大事なのは(見た目の)デザインをすることではなく、コミュニティをデザインすること。そんな風に考えて、いろいろな活動をしています。私は、それがコストでなくアセットなんじゃないかなと思っているんですね。たとえば、これもちょっとしたヒントになると思いますが、イタリアには「アルベルゴ・ディフーゾ」というものがあります。
「分散した家」という意味ですが、過疎地の住宅をそのまま分散型のホテルにしているんですね。これが今、イタリアで大きく広がっています。アドリア海側の、あまりホテルはないけれども風光明媚なところをそんな風にしている。WIRED HOTELもそんなことをやっていきたいなと思っています。
あと、最後にお見せしたいのがパリのマレ地区にある「メゾンプリッソン」というお店。フランスでもスペインでも、缶詰、可愛いですよね。よくお土産で買ってきます。でも、日本はどうかというと、「鯖!」っていう感じ。どの地域のものも「ウチの鯖が美味いんだ」っていうことで「鯖!」って書いてあるんです。それならばということで、僕らは「Ça va(サヴァ)」という鯖缶を、「東の食の会」から発売しました。
こちらは、これまでに250万缶ぐらい販売して、缶詰業界で空前のヒットになりました。なにかこう、ちょっと視点を変えるだけでそんなことが起きるんだなということです。以上になります(会場拍手)。
小笠原治氏(以下、敬称略):デザインというテーマなので造形的な話もあっていいかなと思っていますが、たとえば家電メーカーは今すごく苦しんでいますよね。お客さんとのリレーションシップが売るだけの関係になってしまっています。しかも、そのあいだに量販店が入ったりして自分たちは直販していないから、お客さんの姿が掴めない。なので、今まであるものをリファインして商売を続けています。たとえば掃除機だけでも、たしか年間400万台売れたりするんですよね。買い替え需要もあるということで。それなら、そこの100万台を狙う方がいいですよね。分かりやすい。だからリファインばかりになっている。
でも、たとえばシャープさんは今、鴻海のテリー・ゴウさんから「モノを売るな。サービスをつくれ」と言われているんですよね。そう言われても思考をすぐ前に進めることのできる人はなかなかいないので、急激な変化はまだないのですが、家電がまるっとサービス化されていくとどうなるか。サービス化して、ずっとお付き合いを続けていくという話になると、今までのデザインは当然必要なくなるかもしれないですよね。では、どんなデザインが本当にいいのか。そこで今までのデザインを捨てようと思っても、経営層にそれをしっかり「こうだ」と言えるような、デザイン思考ができる方がいないと決められません。それで経営判断できないというようなことが、今はかなり起きているんじゃないかなと思っています。
一方、僕も小さな飲食店をやっています。六本木にある『awabar』という立ち飲みバーです。当初ここでは軽い食べ物を出したりしていました。軽くつまむものがあれば、もっとお酒も売れるんじゃないかな、と。それをアルバイトの人たちのトークスクリプトにしていたわけですね。ただ、このお店はカウンターだけの10坪。なかにいる人間はすべてのお客さんと向き合っています。たとえば2杯目が1/3ぐらいになったとき、「もう一杯いかがですか?」と語りかけても、だいたい50%台の方は「もう結構です」と言うんです。立ち飲みだから、そこで「もういいや」と思ったら帰りやすいんですね。入りやすいけど帰りやすい。ところが、そこでお客さん同士を紹介すると次の3杯目4杯目まで進んでくれる可能性が40%台になるんです。売上はそれで軽く1.5倍になります。
ただし、それをやるためにはお店で働く人たちの働き方をきちんとデザインしないといけませんでした。そこで、まず奥にあったカセットコンロとレンジを撤去しました。食べ物を出さないと決めて、そのオペレーションもなくしました。そうすることで、お客さんと話す時間が増えます。お客さんと話をしてお客さんのことを知ると、お客さん同士を紹介できます。だから、そういう働き方自体を考えることもデザインなんだと思っています。デザインって幅広いですよね。モノの形のデザインから働き方というプロセスのデザインまであって。
いずれにしても、デザインでは定性的で抽象的な会話が多かったりするので、その結果が定量的に見えないとなかなか認められない。ですから僕は抽象的な話と具体的な話、あるいは定量的な話と定性的な話のあいだでぐるぐる回らないといけないのかなと考えています。それを可能にするのがデザイン思考やデザイン経営なんじゃないかなと思うんですね。基本的に、経営というのは成長が当たり前の時代はマネジメント。マネジメントは定量的なものですよね。だから今はそこから振り子を振るため、定性的な感覚の持ち主を経営者に迎えようという状態なのかなと思って取り組んでいます。以上になります(会場拍手)。
遠山正道氏(以下、敬称略):スマイルズという会社をやっています。『Soup Stock Tokyo』や『刷毛じょうゆ 海苔弁山登り』といったお店を展開していますが、せっかくなので今日は最近つくった新しいブランドの話をします。『iwaigami』というブランドです。皆さんメモを取っておいてください(会場笑)。「最もシンプルな結婚のあり方を提案する」というブランドです。経緯をご説明すると、もともとミキモトで活躍していた私の同級生が独立して、ECで結婚指輪を売っていたんですね。これは売上もなかなか良かった。でも、なんというか、私から見ると結婚や結婚指輪というのは、すごくグラマラスな、ラグジュアリーな、感じの世界観なんですよね。一方、私の周りはどちらかというと「カルチャー女子」みたいな人が多いから、結婚指輪1つとっても、まさにデザイン的な解決ができるんじゃないかな、と。違う領域にデザインで打ち出せると考えて、その指輪のEC会社と、キギというデザインユニットの会社、それともう1つのEC会社とスマイルズの4社で、小さな会社を2年前につくりました。
それで、デザイン的にそのものを創ろうと思ってやりだしたら、「あ、これ、どうやらデザインだけの問題じゃないね」という話になりました。結婚のあり方が変わったというか、詳しくは割愛しますが、今は結婚する年間60万人のうち半分以上の人が式や披露宴をやらないんですね。だいたいのケースは、まず同棲からはじまります。それで1年もったら「籍入れる?」「じゃあ指輪ぐらい買っとく?」なんて話になったり、子どもができたり。それで籍は入れたけど、「式? 披露宴?やるの?」なんて言っているうちに、お金もかかるし面倒だし、なし崩し的にそのままになる、と。「でも、せっかくの結婚なんだし、なし崩し的っていうのもなあ。そこはちょっと折り目をつけようよ」と考えたわけですね。ただ、お金をかけるのも大変ということで、最もシンプルな形にしました。小さな桐の箱に入っている冊子を2人で読みあげて、署名して指輪を交換するというものにしたんです。それだけ。最低2人でできます。価格は18万円。そういうものをつくって4月にローンチしました。
すごくいいものができたんですよ。それで「やったー」なんていう感じでローンチしたんですが、「そういえば売り方が分からない」って(会場笑)。いまだに売っているんだか売っていないんだか、よく分からない(笑)。というのも、当初はウエディングプランナーみたいな人が用意するメニューの1つにあればいいかなと思っていたんです。でも、やってみて分かったんですが、ウエディングプランナーに辿り着く人はすでにその段階でほとんど指輪を持っているそうなんです。だから、その接点がいまだに分からない(会場笑)。キギという会社がやっているデザインショップのようなお店が白金にあるから、「じゃあ、そこに置こう」ということで今は置いていますが、外から見えないので言わないと出てこない(会場笑)。それで先日は会議で問題が報告されました。お店に来てくれた方には説明もできるんですが、やたらと興味・関心を持ってもらえて接客に2時間ぐらいかかっちゃうそうなんです。その挙げ句、「買うのはネットでいいのかな」みたいな感じになって、お店からご意見いただいて。だから、いまだに売り方はよく分からず、2個しか売れていません(会場笑)。
あと、「これはコトを売るということだから」ということで一律18万円に決めたんですが、指輪にはいろいろなボリュームや素材があるわけです。ホワイトゴールドとかプラチナとか、素材によって当然グラム単価も違うから値段も違う、と。「そういう指輪からすると、すべて同じ18万円なんてありえない」と、指輪を売っている友人には言われます。だから、いまだに「これは画期的なんだ」って毎回言っているんですね。まあ、売れなきゃしょうがないんですけれども。
あと、ECをやっている人たちは広告を出したりするじゃないですか。それで「何々率が云々」とか、いろいろと指標を見たりするでしょ。でも、スマイルズは広告を出したことがないからその辺が分からないんですが、そういう部分にお金かけるとたくさん売らなきゃいけなくなるじゃないですか。だから、「いやいや。そうじゃなくて、もっと浅い息でゆっくり長く生きていくようにしよう」と言っています。これはオーダーが入ってからつくればいいということで、とりあえずモノは出来ましたから、あとは口コミ。こういう場で「iwaigami」とメモしていただいて、結婚するときは「あすか会議で聞いたアレか」という風になるよう、それだけ覚えて帰っていただければと思います(会場笑)。以上です(会場拍手)。
松林:遠山さんは以前からマーケティングやリサーチというものがあまり好きではないということを公言していらっしゃいました。その背景を少し伺ってよろしいですか?
遠山:悪いものだと思っているわけではないんです。ただ、私は商社に勤めていたんですが、その10年目になぜか絵画の個展を開催したんですね。それがきっかけで、現在の私にもつながっている。今思うと、その個展の体験を通していろいろなことが説明できるんですよ。たとえば、アーティストってマーケティングをしないしアンケートも取らないじゃないですか。「私、来年個展を開くんですが、何の絵を描いたらいいですか?」なんて言って、それで「100人にアンケートをとって回答の多かった上位3つを描きました」なんて、ありえないじゃないですか。そこで何を描いて提示するかが価値なんだし、本人としても面白いところなわけだから。そこを譲っちゃったらね。私はSoup Stock Tokyoのロゴも最初に自分で描いちゃったから、手弁当でやる癖がついているんです。数十店舗も展開するという話なら、ある種の統一的な考え方もあります。ただ、たとえば5000万円をかけてお店をつくるというのはなかなか大変なことだし、そこを人に任せてしまうのはもったいなさ過ぎる、と。「というか、それがやりたくてやっているんだから」みたいな。
とにかく、自分たちがつくって世の中に提案することを喜びにしているんですね。ビジネスというのは大変です。うまくいくことばかりじゃないというか、むしろ苦労のほうが多い。そのとき、「何でこれをやってるんだっけ?」なんていう風に戻って考えざるを得ない場面がいつもあるわけです。そういうとき外に理由があると、もうそこで終わっちゃうんですよね。「またアンケート取るんだっけ?」「また松林さんに何か聞くんだっけ?」って。外の理由がダメなんじゃないですよ。それを鵜呑みにしている自分がダメなんです。その理由を咀嚼して自分なりに考えないといけないし、そもそも本来は自分たちの体験や思いに基づいて、それを世に提案するという順序がいい。それでマーケティングがあまり好きでないという言い方になっています。
松林:それは遠山さんの特殊な能力があるからできることなのではという見方もあると思うんですが、楠本さんはそのあたり、どうお考えですか?
企画やデザインの起点は自分の「経験」と「妄想」から
楠本:うん、そうなんですよ。本当におっしゃる通りで。僕は遠山さんみたいにアーティストでもないし、デザインは大好きだけど自分では絵も描けないし、建築もやらないし。鍋は振るけど焦がすし、まあ、ろくなことないわけですね。でも、自分の記憶のなかの風景ははっきりしているんです。「小さい頃に海辺で食べたあのハンバーガー、うまかったよな」なんていうことばかり、貧乏だったからすごく大事にしているんです。だから、そういう風景がある場所を見ると、「これって、このままでいいんだっけ?店に変えたほうがいいんじゃない」と妄想するんですね。それでいろいろなものが編集されていくと、1つのアイディアになっていく。
マーケティングとか、そういうものが大事な場面はあるかもしれませんが、それは他の人たちが皆経験していること。少なくとも未来に向かうような新しいことではないですよね。妄想して指し示して、それが行けるかどうかというのは、一応は数字でも考えます。僕は数字を考えるのが下手ですけれども「数字で考えろ」と、一応は言います。なぜなら数字でディテールを詰めれば詰めるほど、お客さんについて予測するホスピタリティになるから。数字が甘いというのはどういうことか。ある意味、「これを出したらお客さんは喜んでくれるよね」という実感が弱くて、数字に落とせていないという面があるなと、経営では考えているので。だから、その辺を行ったり来たりはしますが、最初の起点は必ず自分のエクスペリエンスと、そこからの妄想を企画やデザインに落としていくということだと考えてます。
小笠原:妄想とか、すごく大事だと思います。よくデザイン思考では「共感が大事」ということでインサイトの話になりますけれども、そのインサイトが他者のものなのか、あるいは自分のものなのかという視点が結構あると思うんですよね。遠山さんのお話にもありましたが、他の人にお任せしてばかりだったり、他の人に聞いたことばかりやっていたりすると、本当に何のための仕事かよく分からなくなるな、というのは自分の体験としてもよくあります。
awabarもそうなんです。僕はこういうところに来るのが実はすごく苦手で、交流会等も本当に嫌なんですよ。それで投資ファンドをはじめるときも考えたんです。たとえばインキュベーターさんとか皆さん、イベントを開催していらっしゃいますよね。「あれ、やるのは面倒くさいなあ。俺はやりたくないなあ」って。で、「それなら自分が日々、人に会える場所をつくったほうがいい」と考えて、自分がしゃべるための場所をつくったんです。それで1年目は220日ぐらいお客さんとして行っていましたね。そこに自分がお話ししたい人をお呼びして、来てくれたら「一杯おごるからチェックインしてね」なんて言っているうち、なんとなくネット系の人が集まる場所になったというだけなんです。
ですから、今のような「あそこへ行けば投資家に会える」という風に言われる場所にしたいなんて、最初はまったく思っていませんでした。年間何百人かの人と、そこで10分20分しゃべりたかっただけ。その意味ではデザイン思考をしていたというわけでもなく、自分のための、「そういう場所に人を呼べば来てくれる筈」という妄想と思い込みですね(笑)。普通に考えたら六本木で立ち飲みバーなんてやらないです。立地的にも絶対おかしいし、ハイヒールの女性がそこで1時間も1時間半も立っているかというと、しんどいだけだから。でも、そこに人が集まればまずは自分が楽しい。自分が楽しいなら自分に近しい人も楽しいんじゃないかという妄想がなんとなくありました。僕はそこを一番大事にしています。(後編に続く)
小笠原 治氏株式会社ABBALab 代表取締役/京都造形芸術大学 教授
1990年 京都市の建築設計事務所に入社の後、さくらインターネット株式会社にて共同ファウンダー、株式会社ネプロアイティにて代表取締役、2006年株式会社クラスト代表を歴任。2011年に株式会社nomadを設立、2013年より投資プログラムを法人化し株式会社ABBALabとしてプロトタイピングへの投資を開始。 他、経済産業省 新ものづくり研究会 委員、福岡市スタートアップ・サポーターズ等。1971年京都府京都市生まれ。
楠本 修二郎氏カフェ・カンパニー株式会社 代表取締役社長
1964年福岡県生まれ。1988年早稲田大学政治経済学部卒業。
同年リクルートコスモス入社。93年大前研一事務所入社後、94年平成維新の会事務局長就任。98年スタイル・ディベロップ設立、代表取締役社長に就任し、キャットストリートの開発活動を開始。2001年現カフェ・カンパニーを設立し、代表取締役社長に就任。
同年、渋谷の東急東横線高架下に「SUS」をオープン。その後、代表ブランドである「WIRED CAFE」を始めとした地域に応じたカフェブランドや地域活性化事業としてサービスエリアの運営など多様な事業を展開する。直営店事業以外にも“コミュニティの創造”をテーマにした商業施設やコミュニティ型集合住宅・オフィスの設計・プロデュースにも従事している。
2010年〜2012年に、クール・ジャパン官民有識者会議に民間委員として参加。
2011年にクール・ジャパンクリエイティブディレクター事業にてクリエイティブプロデューサーを務めた。2015年、クール・ジャパン戦略推進会議に民間委員として参加している。一般社団法人東の食の会代表理事/一般財団法人Next Wisdom Foundation 代表理事/東京発の収穫祭「東京ハーヴェスト」代表理事を務める。
遠山 正道氏株式会社スマイルズ 代表取締役社長
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、1985年三菱商事株式会社入社。97年日本ケンタッキーフライドチキン株式会社出向を経て、1999年に「SoupStock Tokyo」第1号店をお台場ヴィーナスフォートにオープン。2000年三菱商事初の社内ベンチャー企業、株式会社スマイルズを設立、代表取締役社長に就任。2008年MBOによりスマイルズの株式100%を取得。現在、食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo(スープ ストック トーキョー)」、ネクタイの専門ブランド「giraffe(ジラフ)」、新しいリサイクルショップ「PASS THE BATON(パスザ バトン)」、ファッションブランド「my panda(マイ パンダ)」を展開。近著に『成功することを決めた』(新潮社)、『やりたいことをやるというビジネスモデル—PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。
モデレーター
松林 博文グロービス経営大学院 教員