第6部 分科会
シリコンバレー最前線~今世界では何が起ころうとしているのか~
モデレーター
朝倉 祐介氏 | シニフィアン株式会社 共同代表 |
パネリスト
小林 清剛氏 | Chomp Inc. Co-founder and CEO |
アレン・マイナー氏 | 株式会社サンブリッジ 代表取締役会長 兼 グループCEO |
宮田 拓弥氏 | スクラムベンチャーズ ジェネラルパートナー |
※あすか会議とは
「あすか会議」(ASKA=Assembly for Synergy, Knowledge and Ambition)は、グロービス経営大学院の教育理念である「能力開発」「志」「人的ネットワーク」を育てる場を継続的に提供するために、グロービス経営大学院の在校生・卒業生および教員、各界のトップランナーが一同に会する合宿型のカンファレンスです。第1回あすか会議は2005年、奈良県飛鳥荘にて80人の参加者を迎えて開催。第15回目となる2019年のあすか会議には、東京、大阪、名古屋、仙台、福岡、オンライン、英語MBAの学生1,500名が浜松に集い開催しました。
シリコンバレーで起きはじめている異変
シリコンバレーで今、何が起きているのか――世界に名だたるIT企業が集積するシリコンバレー。これまでに数えきれないほどの企業がこの地から生まれ、イノベーションの聖地として全世界から多くの人を惹きつけてきた。
しかし、今日のシリコンバレーでは異変が起きはじめているという。2018年の米国におけるベンチャーキャピタル投資額は約1300億ドル(約14兆円)と過去最高を更新したが、世界全体のVC投資額に占める米国の割合は急速に低下しているといった指摘もある。世界全域でイノベーションが勃興する今、シリコンバレーでは何が起こっているのか。
本セッションでは、シリコンバレーでの変化を生身に経験してきている起業家及び投資家をパネリストとして招き、シリコンバレーが現在に至るまでの経緯やこれからの未来について語られた。
(朝倉祐介氏)
モデレーターである朝倉祐介氏は元ミクシィ代表取締役社長で、2017年に未上場スタートアップや新興上場企業に対する経営支援・産業金融事業を行うシニフィアン株式会社を共同代表として創業。そんな朝倉氏が、「シリコンバレーにおいて変わらないこと・変わったこと」をパネリストに問いかけた。
1986年にシリコンバレーの米国オラクル社へ入社し、その後、日本オラクルの初代代表としても活躍。現在サンブリッジ代表取締役として日本を中心に活躍するベンチャーキャピタリストであるアレン・マイナー氏はシリコンバレーの発展を振り返った。
(アレン・マイナー氏)
「私がオラクルに入社した当時、シリコンバレーのIT産業を支えていた企業は4社ほど。パラノイア(超心配性)なインテル、アグレッシブなオラクル、チームワークのヒュレットパッカード、そしてクリエイティブなアップル、この4社のカルチャーを基盤にシリコンバレーは発展してきた。そして、これらの企業から独立していったキャピタリストや起業家が現在のシリコンバレーを牽引し、これまでに数えきれないほどの企業が生まれた」
だが、現在まで変わらないサンフランシスコのすさんだ状況を見て、将来をネガティブに捉えていると懸念した。
「シリコンバレーは、30年間ずっと交通や教育等の社会インフラがまったく進んでいない。行政が果たすべきことをやっておらず、一部の心優しい成功者のフィランソロピー(利他的・奉仕活動)でなんとか社会がまわっている。シリコンバレーの20年後は、自動車産業が衰退しホームレスや麻薬中毒者が増えたデトロイトのように、社会がすさんでいくのではないか」
2013年から投資ファンドを始めたスクラムベンチャーズのジェネラルパートナーである宮田拓弥氏。サンフランシスコで活躍する数少ない日本人ベンチャーキャピタリストの一人として、投資にまつわる変化を語った。
(宮田拓弥氏)
「2013年頃は、50億以下のベンチャーキャピタル(以下、VC)は30~50程度しかなく、みんなの顔と名前がわかった。今はおそらく1,000以上で、無数にある。お金を調達することが簡単になった。自分の仕事に関わる中で一番の大きな変化だ」
「もう一つの変化は、シリコンバレーだけを見ていればよいという時代は終わり、世界に目を向けなくてはいけなくなった。アメリカ全体のVC投資額に対し、シリコンバレーへの比率は大きく下がっている。世界中でイノベーションが起き、シリコンバレーのプレゼンスが弱まっている」
加えて、VCビジネスの在り方にも言及した。
「昔のVCはローカルで完結していた。起業当初から知っていて、車で5分で行けるところにしか投資しない、といった時代があった。投資家と投資先とのヒューマンタッチな人間関係で成り立っていたが、現在ではデータ分析やプラットフォームを活用して投資するというシステマティックなビジネスへと変化している」
シリコンバレーで勝負する者、敢えて日本で勝負する者
そんな変わりゆく中で、「なぜシリコンバレーで勝負しつづけるのか」を朝倉氏がパネリストに投げかけた。
2013年からシリコンバレーに拠点を移し、現在は外食の体験を共有するモバイルアプリを運営するシリアルアントレプレナーかつ投資家経験もあるChomp Inc. Co-founder and CEOの小林清剛氏は、シリコンバレーの魅力をこう語った。
(小林清剛氏)
「世界中にプロダクトを届けたい起業家にとってシリコンバレーは世界一よい環境だと思っている。FacebookやGoogleといった世界中で使われるプロダクトを作ってきた企業が集積し、そこで働いていた経験のある人や、そこに投資をしていた投資家もいて、スタートアップに関する膨大なノウハウが蓄積されている。また、常に新しいプロダクトやトレンドが生まれていて、それらを取材する記者も多くおり、世界中のメディアから注目されている。そこに住んでいて、日々新しいものに触れ続けている中で、それでも自分が欲しいものや何か足りないと思うものは『世界でまったく新しいものの可能性がある』。これがシリコンバレーで起業家としてプロダクトを考える最大のメリットだと思う」
続けて、グロービス経営大学院でGECというグロービス・アントレプレナー・クラブを立ち上げた小林氏は、日本人起業家としての熱い想いを伝えた。
「今後、日本の起業家が世界中にプロダクトを届けようとすると、中国かインドかアメリカが主戦場になる。その中では、アメリカの西海岸、特にシリコンバレーが最も日本人にとってフェアな場所。だから、『シリコンバレーで日本人の起業家が世界中にプロダクトを届ける』ことの再現性を高めたい。そのためにも、これからもシリコンバレーでずっと日本人起業家としての人生を生き続けたい」
一方で、2000年にシリコンバレーが台頭していく中で、アレン氏は日本への進出を選んだ。当時、友人であるセールスフォース・ドットコムの創業者マーク・ベニオフなどSaaSの先駆者たちは、みんなシリコンバレーにいたという。ベンチャー企業が乱立しはじめ、VCの友人もたくさんいるITバブルのときに、なぜ日本にきたのか。敢えて日本で勝負することを決めた見解をこう述べた。
「日本で勝負する方がライバルが少ない。日本のベンチャーキャピタリストは金融系出身ばかりで私のようにビジネス経験を積んだ人間がいなかった。ライバルが少なくて特徴がある方が戦略を伝えやすいし、成功する確率が上がると思った。シリコンバレーでの経験を東京で活かせばもっとアトラクティブなチャンスがあり、より良いエコシステムを築けると思った」
この見解に対して、朝倉氏は「緩い競争環境を選ぶのは一つの定石。シリコンバレーに比べると日本の競争環境は圧倒的に緩いので、勝ち上がりやすく物凄くチャンスがある」と補足した。
シリコンバレーのモノマネではいけない
小林氏と宮田氏は、シリコンバレーでの経験から起業や新規事業を考える上でのヒントに触れた。
「まず大切なのは日本語ではなく、英語で情報収集すること。シリコンバレーには起業家のロールモデルもたくさんいるし、例えば1~2年前に英語で書かれたアイデアやビジネスモデルは未だに日本にはない、みたいなタイムマシンに乗って収集したような目新しい情報が大量にある」
それを踏まえて朝倉氏は「シリコンバレーモデルが日本でも再現できるのか」「そもそも、そんなこと狙う必要があるのか」を問いかけた。
宮田氏は、「シリコンバレーみたいな一極集中型はなくなり、小さな地域単位でも投資先と投資家のセットみたいな動きはこれからのトレンドになると思う」と予測した。
アレン氏は、「100年200年続く老舗スタートアップができるのではないか」と日本への希望を語った。
「アメリカの現象が20年遅れで東京にやってくる。イノベーション・エコシステムは東京でも再現可能である。現在の東京には経験豊富で優秀な起業家と投資家がかなりの数存在しており、世の中を一変させる企業を生み出した90年代中頃のシリコンバレーのピークと同じ状況。且つ、政府・行政が日本の社会インフラを機能させている。だからこそ、継続的なスタートアップが生まれやすい」
小林氏は、アメリカのスタートアップから学ぶべきところはたくさんあるが、日本の特徴を捉えて戦略を考えるべきだと述べた。
「タイムマシン経営のように、アメリカで流行ったものを日本で展開するやり方は、今でも通用する。例えば、アメリカで投資ラウンドがシリーズA(調達額は約200万ドルから1000万ドル)のものや、ユーザー数100万人くらいに到達したプロダクトが、数年遅れて日本にやってくることが多い。ただ、違うところもあって、日本では日本のエコシステムにあったプロダクトを作ったほうがいいし、資金調達など、スタートアップの方法も違うことが多い」
加えて、事業をスケールさせていく上での違いについても指摘した。
「人種や所得など多様な人々が混在するアメリカでは、マーケティングよりもプロダクトが重要であるのに対して、国民の画一性が高くテレビ広告などでマスを取りにいきやすい日本は、ネットワーク外部性が効きやすいため、プロダクトよりもマーケティングが成功の鍵になりやすい」
日本から世界の産業にインパクトを与えるために
2年間スタンフォード大学の客員研究員として、スタートアップエコシステムの研究をしていた朝倉氏は、日本とシリコンバレーの違いとともに、日本の未来への展望をまとめた。
「なぜアメリカでこれだけユニコーンが誕生するかというと、単純な話で1,000億のバリエーションの会社に投資するVCがあるからです。日本の場合、レイターステージに投資するVCはほとんどなく、マザーズがそれを代替していた。例えば2018年にマザーズに上場した会社の公募価格は平均50億円です。これはシリコンバレーの水準ではシリーズB、下手したらシリーズAかもしれない。それくらい、未熟な企業でも上場できるのが日本のマーケット」
しかし、上場後も支え続ける基盤ができていないことが課題だと続けた。
「本当に産業にインパクトを与えるようなスタートアップを生み出そうと思うのであれば、上場後も資金が続くような供給の仕方をしなければならない。VCの投資家は上場後どうしても制約上、早いタイミングで抜けざるをえない。そうなったときに誰がその会社を支え続けるのかが課題。社会の要請に応えるためにも、その課題を解決すべく日本でVCを創業した。そういったことから、シリコンバレーは非常に参考にしている」
小林氏は、朝倉氏の話を真摯に受け止めた上で、最後に日本の企業の心構えについて触れた。
「今、世界では『ユニコーン』という非上場だけど株価が数千億円もの値がつく企業が大量に生まれてきている。日本の企業が世界中に打って出ようとすると、そんな企業と競争しなくてはならない」
日本とシリコンバレー。それぞれの地で挑み続けるトップランナーたちの目には、社会や産業構造そのものを変革していくほどの壮大なビジョンが当たり前かのように映っていた。
「あすか会議」は、グロービス経営大学院の教育理念である、能力開発、ネットワーク、志を培う場を、在校生・卒業生に継続的に提供することを目的として、各界で活躍する経営者や政治家、学者および教員などを招待して開催するビジネスカンファレンスです。
モデレーター
朝倉 祐介氏シニフィアン株式会社 共同代表
パネリスト
小林 清剛氏Chomp Inc. Co-founder and CEO
アレン・マイナー氏株式会社サンブリッジ 代表取締役会長 兼 グループCEO
宮田 拓弥氏スクラムベンチャーズ ジェネラルパートナー