組織内イノベーションを起こし、事業承継を成功させる
業界に新しい風を吹かせる
400年の伝統から、
未来の革新へ。
和菓子を通じて、
瀬戸内の文化を育む。
縮小していく地方経済、
老舗和菓子店の
価値とは何か
まずは改めて「虎屋本舗」についてのご説明と、高田さんご自身がどういう想いで伝統ある家業を受け継がれたのかお聞かせください。
「虎屋本舗」は、瀬戸内海に面する広島県福山市で、江戸初期から続く和菓子店です。福山藩御用菓子司として営みを始め、明治維新、福山空襲という2度の戦火を乗り越え、私で十七代目になります。
一般的に和菓子屋の倅(せがれ)というのは、製菓学校に通い、どこかの店で修行を積んだ後に家業を継ぐというのがセオリーですが、私の場合は「好きなように生きたらいい」という父の方針もあって、大学進学の道を選びました。高校卒業後に上京して、そのまま東京の不動産会社に就職。それから国会議員の秘書を経験した後、2013年に虎屋本舗へ入社しました。最初は和菓子の基本となる「餡づくり」から修行を積み、9年かけて徐々に父から業務を引き継いで、2021年に当主に就任しました。
周りからは、よく伝統を継ぐことのプレッシャーについて気に掛けていただくのですが、正直な話、私自身はあまりそれを感じていないんです。400年の歴史は、当主の力量というよりも、そのときどきの職人さんとお客さまが作り上げたものだと思っているので、私が重圧を感じるのはおこがましいというか。私が目を向けないといけないのは、歴史よりも未来だと思っています。地方経済が縮小していく中、受け継いだこの事業をもって自分はどういう価値を生みだすのか。グロービス経営大学院へ通ったのも、その答えを求めてのことでした。
和菓子を
商うのではなく、
文化を商いとする
歴史・伝統に縛られた発想で事業を継ぐのではなく、新しい視点を持って事業を発展させることは、難しいテーマだと思います。高田さんが和菓子を通じて成し遂げたいことは何ですか?
一言でいえば、「文化を商いにする」ということですね。コンビニやインターネットで、美味しいお菓子が簡単に手に入る時代に、和菓子屋が当たり前に和菓子を作っても生き残ることは難しいでしょう。これからの和菓子屋に求められることは、いかに新しい文化を造り出していくかだと考えました。
もともと和菓子は文化と関わりが深いんです。分かりやすい例をあげると、端午の節句やひな祭りなどがそうです。こうした伝統を大切にしながらも、今の時代に合った文化を創っていくことが、新しいマーケットを生みだしていくことが事業を発展させる上で大切です。
ただ、文化というのは私たちだけで創れるものでもありません。いかに地域の方々を巻き込むか。地域の方々と一緒に、瀬戸内ならではの新しい文化を創っていくことができれば、それは地方創生にもつながります。今の日本では、東京が流行の発信地になっていますが、地方には地方でしか作れないものが絶対あると信じています。
人が集まり文化を育む、
公民館のような場所になる
「文化を商いにする」という着眼点には、和菓子事業の新規マーケット開拓と地方創生という2つの目的を同時に果たす可能性を感じます。具体的には、どのようなことをされているのでしょうか。
例えば、私とベテランの職人さんとで瀬戸内の島々をまわって和菓子教室を行う「瀬戸内和菓子キャラバン」。和菓子づくりを通じて子どもたちに文化を伝えようと、入社当初から始めたこの取り組みは口コミで広がり、年間2,000人以上の方が受講されるまでに成長しました。今は、その島の特産品を用いて商品開発を行うなど、地方ブランドの創生にも取り組んでいます。
また、ここ神辺店も、私がやりたいことを全て詰め込んで、2022年6月にリニューアルしました。とくにこだわったのは、売り場の横に新設した「とらきっちん」と「とらまるしぇ」です。「とらきっちん」とは、地域の方々が集まってお菓子づくりなどを体験していただくコミュニティースペースで、私たちが主催する和菓子教室だけでなく、地元のデニム職人さんがワークショップを開いたり、地域の方がパン教室を開いたりするなど、誰でも自由に活用できます。
また、「とらまるしぇ」という、虎屋本舗の商品以外に、虎屋がセレクトした瀬戸内の雑貨や食品を販売するスペースも設けました。季節ごとに商品を入れ替えて、地元の皆さんに向けても、瀬戸内のさまざまな魅力を発信していこうと考えています。
新店舗でイメージとしたのは、現代版の公民館ですね。小さなお子さんからご高齢の方まで、さまざまな世代の人たちが集まって交流が生まれ、郷土文化の継承が自然に行われることが理想ですね。これまでは、お彼岸とお盆にだけ和菓子を買いに行く場所だったけど、虎屋本舗に行けば、いつも新しい商品があるし、面白い体験ができるからまた行きたいなと思ってもらえる。その延長線上で、和菓子の価値が高まればいいと考えています。
コロナ禍を乗り切った、伝統と革新の両利き経営
かなりのスピード感を持って新しいことにチャレンジされているように思います。ただ革新に壁はつきものだと思いますが、これまでの経営で最も困難だったことは何ですか?
一番苦労したのは資金繰りですね。私が当主に就任した2021年は、まさにコロナ禍の真っただ中で、売上を大きく落としてしまいました。そうした状況下でも、文化を商いにするために神辺店のリニューアルはやるべきだと考えていましたので、どうやって資金を調達するか頭を悩ませました。初めは融資制度を活用して何とか凌ごうとしましたが、売上が立たずにキャッシュがなくなるばかり。そこで、従来の直営店主体の経営を変えて、カタログギフトなどの通販や大手スーパーなどにも商品を流通させるなど新たな販路を作り、少しずつ売上を戻していきました。
このときに学んだのは、伝統と革新という両利き経営の大切さ。文化を切り口にいろいろなチャレンジを始めてはいますが、マネタイズできるまでにはもう少し時間がかかります。新たな価値を生みだすためには、単に新しいことを推進するばかりではなく、事業の基盤である和菓子づくりにおいても、しっかりと美味しさを追求し、時代にあった売り方を考えていかなければならないことを、肝に銘じました。
離島にある小学校での
出張和菓子教室が、原体験
困難がありながらも文化を商いにすることへの挑戦をあきらめない、その情熱はどこから来るのでしょうか?
「瀬戸内和菓子キャラバン」での島の方々との交流が、私の原体験になっています。もともと「瀬戸内和菓子キャラバン」を始めたのも、岡山県の白石島にある小学校の先生から、1本の電話をいただいたのがきっかけでした。それまでにも、公民館や高齢者施設などで出張和菓子教室を開いていたのですが「白石島の子どもたちにも、和菓子教室を開いてもらえないか」とご相談をいただきました。
白石島に渡ると、島の方々が50名くらいで盛大に出迎えてくれました。そして、全校生徒6名の小学校で和菓子教室が始まると、奮闘する子どもたちを大人が全員でサポートするんです。途中で島の方々から「特産品である桑の実を使って欲しい」というリクエストが飛び出したり、会話の中で島の文化や歴史の話が自然に飛び交う。これまでの出張和菓子教室とは一味違う、文化継承とも言えるプログラムができたことに、手応えを感じました。さらに決定的だったのは、その次に招かれた真鍋島での体験です。
真鍋島の小学校も、築70年以上の木造校舎に3名の児童が通っていましたが、ここでも多くの方が集まってくれて、和菓子づくりを通じて郷土文化の話に花が咲きました。
真鍋島は映画のロケ地になるほど、どこか懐かしさが漂っていて、白石島とはまた違った魅力がありました。それぞれの島の文化や魅力を、たくさんの人に伝えたい。そう考えていたときに、校長から「来年には、この小学校はなくなってしまうので、この子たちは別のところへ通うんです。その前に、島の文化を伝えられて良かった」と話していただきました。その言葉を聞いた瞬間、瀬戸内の文化をつないで育てていくことこそ、瀬戸内に400年店舗を構えてきた私たちがやるべきことだ、と強く思いました。
文化を通じて、
世界中に笑顔を
増やしたい
強烈な原体験が、高田さんを突き動かしているんですね。最後にこれからのビジョンについて教えてください。
過疎化の進行、外国人労働者の受け入れなど、地方企業を取り巻く環境は今後も変化し続けていきます。そうした変化に適応することも大切ですが、自分から変化を起こしていくことが重要じゃないかと最近感じています。もちろん闇雲に事業を広げるということではなく、自分のアイデンティティーを持って。そう考えると、ビジネスという共通のテーマで多様な仲間と議論したグロービスでの時間は、自分がやりたいことを明確にするための時間だったのかもしれません。今も交流が続く仲間の存在はいい刺激になっています。
私としては、「文化を商いにする」という「志」のもと、これからもスピード感を持って新しいことにチャレンジしていきたいですね。うれしいことに、神辺店のリニューアル後は、通りすがりの子どもが店内を覗き込んでくれたり、地元のお客さまからワークショップへの問い合わせがあったりと、少しずつ地域の方々に新しい試みを受け入れてもらっていると実感しています。従業員も、目の前で子どもたちが和菓子を作ってうれしそうにしている姿を間近で見られることがモチベーションになっているようです。また、商いを和菓子から文化に広げたことで、これまで接点のなかった市民グループやデザイングループの方とのつながりができたので、新たにデニムや陶器など、お菓子以外の商品を創ってみようと考えています。
また、キャラバンは今後、海外に進出する計画です。今でもJICAの依頼で、外国人留学生に和菓子教室を開催していて、すごく評判が良いんですよね。ある途上国の学生が「途上国では国が変化する要因は、内戦や紛争など軍事力の影響が強いけど、日本は文化をはじめとした独自の魅力を磨くことで成長した国。僕はもっと自国の文化の力を強くして、それを経済成長につなげていきたい」と話してくれたことが、すごく印象的でした。文化には、人や国、地域を豊かにする力がある。文化を商いに、たくさんの人を笑顔にしていきたいです。
株式会社虎屋本舗
十七代目当主
高田 海道さん
広島県出身。早稲田大学政治経済学部を2009年に卒業後、不動産会社勤務や議員秘書を経て、2013年に株式会社虎屋本舗へ入社。2021年5月18日、東京オリンピックの聖火ランナーを務めたこの日に十七代目当主に就任し、聖火とともに事業をリレーした。経営ではSDGsにも力を入れており、2018年には第2回ジャパンSDGsアワード「SDGsパートナーシップ賞」受賞。グロービス経営大学院2018年卒業。