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MRからNPO法人設立へ

日本古来の「置き薬」をアフリカへ。
斬新な発想で途上国の医療変革に挑む

今から約300年前に富山で発祥した「置き薬」。各家庭に薬箱を無料で預け、利用した分の代金を後から回収するという先用後利(せんようこうり)の販売手法を取り入れたシステムである。この江戸時代からの伝統に着目し、医療の行き届いていないアフリカの現状を変えるべく奮闘しているのが、NPO法人AfriMedico代表理事の町井恵理さん。製薬会社でMRとして勤務している傍ら、NPO法人設立にまで至った背景には、アフリカの実状を目の当たりにしたからこその課題意識と情熱があった。

マザーテレサ施設でボランティアに目覚める

外資系製薬会社のMRとして働きながら、NPO法人の代表も務める町井さん。現在は一児の母としての顔も持ち、多忙な毎日を送っている。彼女をここまで突き動かしているものは何か。その原点は、大学時代のある体験にあった。

町井氏:友人とインドに旅行したとき、マザーテレサの施設でボランティアを体験しました。孤児たちの身のまわりのお世話をするボランティアだったのですが、遠い国で起きていたはずのことを実際に自分の目で見て、テレビで見るのとは全然違う衝撃を受けたのです。「特別な技術や免許がなくてもできることがある」という発見もあり、そこからボランティアに夢中になりました。

私の父は医薬品の研究者で、母は薬剤師。その背中を見ていたので私も自然と薬学部に進み、薬剤師の資格を取って外資系製薬会社に入社しました。MRとして働きながら単発のボランティアに参加していましたが、単発だと自分の活動が本当に役立っているのか振り返ることができません。そのためボランティアに専念したいという思いが強くなり、6年の勤務後、青年海外協力隊に応募しました。

赴任先は西アフリカのニジェール。保健省に配属され、マラリアやエイズなどの感染症対策について正しく理解してもらうための啓発活動を行うことになった。現地の当時の識字率は17%。日本ではなかなか経験し得ない「伝える難しさ」に直面したという。

町井氏:感染症に関する講習会を開くにしても、文字が読めないので資料が役に立ちません。絵や記号を使って紙芝居をつくったり、ラジオ番組とコラボしたり、さまざまな工夫をしました。

ボランティアをしていると、人に何かをしてあげたいという気持ちが先行して、ひとりよがりになってしまうことがあります。そうならないように成果を定量化することを常に意識していました。その一環で、赴任当初に現地の人々にアンケートを取ったのです。「マラリアの原因は何か?」というアンケートでしたが、「蚊」だと正しく答えられた人はわずか20%。そのほかの回答は「泳いだら感染する」「神がもたらす」といったものでした。

2年の赴任期間を終え、あらためて同じアンケートを取ったところ、20%だった正答率は80%にまで増えていました。数字だけ見れば成果は出ているように思えます。でも「感染しないように草刈りはしたか?」「蚊帳の中で寝ているか?」という質問にYESと答える人はほとんどいなかった。つまり人々の行動には、変化が現れなかったのです。

行動に移さなかった理由は、「そもそも蚊帳を買うお金がない」「どこで買えるのかわからない」「そこまで危機感を抱かなかった」などさまざまでしたが、私はそのときに自分の能力の限界を感じました。現地の人々の行動を変えて浸透させる、持続可能な活動でなければ、ボランティアをしている意味がない。そう強く思い、帰国後は別の外資系製薬会社に勤務しながら、グロービス経営大学院でビジネスを学び始めました。

その頃はまだ、自身がNPO法人を設立することになろうとは夢にも思っていなかったという。設立のきっかけはグロービス経営大学院でのある授業。学びをビジネスプランにアウトプットする、「研究プロジェクト」というカリキュラムだった。

町井氏:アフリカの医療支援をテーマにビジネスプランを考えていたときに、ふと降りてきたのが「置き薬」のアイデアでした。配置薬の知識は薬剤師の資格を取るときに学んでいましたが、薬の大事な条件である「安定供給」をアフリカでいかに実現するかを考えていたら、突然思い浮かんだのです。置き薬の市場規模は、今の日本でも約200億円にのぼるといわれています。このビジネスモデルなら途上国の遠隔支援でも十分に機能するのではないかと思いました。

授業の中で「考えたビジネスプランを一旦ゼロにしてください」と言われ、ほかのプランも100案ほど検討。でも単に支援をするのではなく、現地の人々にセルフメディケーションを浸透させていくことを考えると、やはり置き薬がベストだという結論に達しました。当時は毎日3時間睡眠で、ゴールのない戦いを延々と続けていたような感覚でしたが、あのときの努力のおかげで、今はビジネスモデルへの不安は一切ありません。

2015年3月、NPO法人AfriMedico
スタート

2014年、グロービス経営大学院の学生を中心とした20人ほどのチームで任意団体AfriMedicoを立ち上げた町井さん。東京都主催のビジネスコンテストで最優秀賞を受賞するなどして資金を調達し、2015年にNPO法人としての活動をスタートした。最初の活動エリアとして選んだのは、東アフリカのタンザニアだ。

町井氏:私がいたニジェールは情勢が悪化してボランティアも撤退してしまったのですが、タンザニアはアフリカの中でも情勢が比較的安定しています。また住友化学が開発した、殺虫剤が練り込まれている蚊帳の研究をお手伝いさせてもらったことがあり、その工場がタンザニアにあったことも、エリア選定のきっかけになりました。

日本の薬を現地で輸入するには規制が厳しいため、当面は現地で仕入れた薬を置き薬として提供することに。使った分の薬の代金は、現金か携帯電話で決済できる仕組みです。アフリカの携帯電話の普及率は高く、どんなに貧しくても一家に一台は携帯電話があるような状況です。

置き薬そのものの提供は無料ということもあり、各家庭への普及は比較的スムーズに行きました。現地のガソリン代は実は日本と同じくらいなので、病院へ行くにもかなりお金がかかります。薬局も24時間営業しているわけではありませんから、それなら置き薬を使おうという人が徐々に増えていきました。薬局の目の前に住んでいるのに頻繁に置き薬を使ってくれる方もいて、私たちの活動が役に立っているのだなと嬉しく思っています。

タンザニアの各家庭に設置している「置き薬」

遠い異国からやってきた置き薬というシステムを、タンザニアの人々は好意的に受け入れてくれた。村社会のためクチコミの影響力も大きかったという。一方で課題もいくつか見えてきた。

町井氏:まずは資金の問題。先ほどもお伝えしたように現地のガソリン代は高いので、薬の調達費に加えて輸送費がかさみます。置き薬として提供する薬は、現地の薬局と同等の手に入れやすい価格にしているので、その分の資金は寄付で賄っています。日本ではもちろん、現地でもいかにファンドレイジングするかが大きな課題です。

直近では、寄付者100人以上で認定される認定NPO法人を目指しています。認定NPO法人になると、我々だけでなく寄付者にも税制優遇が適用されるので、寄付をより集めやすくなるのです。置き薬の会社やアフリカに進出したい会社など、法人からいただく寄付も大切な資金源です。

あとは現地スタッフの教育。現地の薬剤師が管理役になり、村々のコミュニティヘルスワーカー(保健師のような存在)が各家庭を巡回しているのですが、自ら積極的に提案してくれる人もいれば仕事にルーズな人もいます。一律のクオリティを保てるように教育していくことが必要ですね。在庫ミスをなくすために、薬を使う前と後の状態をAIで画像認識して自動で管理できるシステムも導入しました。精度も高まってきたので、現在さらなる活用に向けて進めています。

現在、置き薬を提供できているのは約180家庭。多い村だと普及率は8割ほどにものぼるという。今後は新たな村、そして新たな国へと普及を進める一方で、置き薬が本当に機能しているかどうかの検証も進めていきたいと語る。

町井氏:活動を始めた当初はとにかく普及させようと焦っていましたが、医療の分野ではエビデンスにもとづいて一歩ずつ着実に浸透させることも重要。来年〜再来年にかけては、「置き薬を置いて教育もする村」「置き薬のみで教育はしない村」「置き薬は置かないで教育のみをする村」「何もしない村」の4軸で置き薬の効果を研究として検証していく予定です。

病院に行かなくても、自分で自分の健康を管理することでコスト削減ができるのであれば、セルフメディケーションの観点からも置き薬の効果はあるといえるでしょう。国として置き薬の制度を導入してもらえると広がりやすいので、検証結果次第では、タンザニア政府に政策提言として持っていくことも考えています。

タンザニア以外の国への展開も考えています。タンザニア周辺の国はイギリスの文化を受け継いでいて、英語が通じる国が多いのですがアフリカ西部はフランス語。フランス語を話せるスタッフは数名なので、活動のしやすさという観点からもまずは英語圏の国に進出したいと思っています。たとえばルワンダはIT立国といわれていて起業がしやすく、さらに内陸で医療アクセスも容易でない地域も多いため、置き薬のニーズが見込めるかもしれません。ケニアも日系企業がどんどん進出しており活動のしやすさはあるのですが、ヘルスケアテック企業がすでに多く参入しているため、私たちが活動する必要性は吟味すべきだと思っています。国として置き薬を認めてくれる可能性を探る意味でも、他国への横展開は積極的に進めていきたいです。

近年アフリカのGDPは伸びており、日本でようやく普及し始めたタクシーアプリも、タンザニアではすでに2〜3分でタクシーを呼べるくらいに浸透しています。その経済成長スピードを考えると、今後置き薬の市場が拡大する可能性は十分ありますし、アフリカで育てたビジネスモデルを日本に逆輸入することもできるかもしれません。

経営者として、母として、
大切にしていること

現在、AfriMedicoは約40人のメンバーで運営されている。設立当初に比べて組織が拡大し、以前より「まわりに頼る」ことができるようになったと町井さんはいう。そのきっかけとなった出来事が2016年にあった。

町井氏:ある日突然血尿が出てさらにベッドから起き上がれなくなり、調べると原因は白血球の急増でした。このときにはじめて自分の限界を自覚し、私がやらなくてもいいことは一人で抱え込まず、メンバーを信頼して任せるべきだと痛感したのです。結果は一人で進めるよりも思いもしないような広がりのある活動ができるようになりました。

またこの年の暮れに、長女を出産し一児の母になりました。娘は今2歳で、私が製薬会社で働いている平日の日中は保育園に預けていますが、AfriMedicoの仕事をするときは事務所に一緒に連れていっています。先日講演したパパママ向けの起業セミナーでは親子一緒に登壇したことで、子どもがいるからと諦めず、子供がいるからこそ出来る事や分かる事があり、それが事業にもつながると自分の考えを変えるきっかけになりました。まわりが快く助けてくれることで、全部自分で背負う必要はなく、自分らしく自然体で進めていくことが重要なのだと気づくことができました。

自らNPO法人を立ち上げ、代表として活動をリードする町井さんだが、自身の性格について尋ねると「リーダー気質はまったくない」と笑った。

町井氏:私は本来、みんなの前に出て何かをするタイプではありません。でもとりあえず、やってみようというチャレンジ精神や、やると決めたらやり通す根性は、経営者としての強みだと思っています。前に出てグイグイ引っ張ることだけがリーダーシップじゃない。いろいろなリーダーシップがあっていい。AfriMedicoを立ち上げ、無我夢中で目の前のやるべきことに取り組んでいたら、自然とそう思えるようになりました。

NPO法人AfriMedico
代表理事 / 薬剤師

町井 恵理

青年海外協力隊として、アフリカのニジェール共和国で感染症対策のボランティア活動に2年間従事。ニジェールでの経験から、どうすればアフリカの医療をさらに改善できるか考え続け、グロービス経営大学院へ進学。「違いがあるからこそ、ともに学ぶものがある。アフリカと日本の両方を良くしたい」という想いから、AfriMedico設立にいたる。グロービス経営大学院2015年卒業。

肩書はインタビュー当時のものです