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仲間が集ってくるたびに、世の中が照らされていく。
希望は、いつも、誰かの志から生まれるんだ。
創造と変革のMBA
さぁ、未来の話をしよう。
グロービス経営大学院
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可能性を信じる。それがグロービスの始まりです。

グロービス経営大学院の始まりは1992年。「グロービス・マネジメント・スクール」としての開校でした。なぜグロービスを創業したのか。どんな未来を描いていたのか。自分がなすべきことを考えた20代の堀学長の、葛藤と決意がありました。
  • グロービス経営大学院 学長
    堀 義人

社内留学制度でHBSへ留学。
起業などまったく
考えていなかった。

  • 堀 僕はもともと起業に興味はなく、ビジネススクールを開校しようなど考えていませんでした。
    大学を卒業後は商社に就職し、東南アジア向けの重化学プラントを担当していました。
    仕事はとても面白く充実していましたが、学生時代から漠然と「MBAを取得したい。できればハーバードで学びたい」という想いがあり、就職してからも社内留学の機会を狙っていました。
    あるとき担当した商談で、2件の大型受注に成功し、社内表彰を受けるタイミングがあったんです。
    その機会を見逃さず、上司に社内留学制度への推薦を直訴して認めていただきました。その後、試験準備を進め、念願のハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に合格。1989年春、ついに留学することができました。

可能性をとことん信じる。
僕にはまだ、
それができていない。

  • 堀 HBSでは自らを経営者の立場に置き分析し、戦略を立案した上で議論するケースメソッドという学び方を初めて体験。本当に驚きました。世界各国から集まってきた学生たちの価値観にも刺激を受けました。
    僕が「大企業に勤めている」と言うと、クラスメートたちは「なぜ?」と質問してくるんです。
    みな自分で会社をゼロから起こして大きくすることや、プロフェッショナルとしての生きていくことが当然だと考えていました。
    仲間たちに感化され私も起業に興味を持つようになって、HBSのクラブ活動のひとつの起業クラブに所属。
    起業に関する研究をしたり、ビル・ゲイツ氏をはじめとする起業家が行うキャンパスでの講演を一言も逃すまいと聴き入ったりしました。
    起業家と僕は何が違うのだろう。
    それを冷静に分析したとき、気付いたことがありました。
    彼ら、彼女らは可能性をとことんまで信じて起業しているけれど、僕は可能性を信じることがいまだにできていないということでした。
    それから「最初から不可能だと決め付けられるようなものは一切存在しない。全てが可能である」と考える訓練をするようにしたんです。

そうだ、
日本に経営大学院を創ろう。
芝生の上で
ノートに書いたイメージ。

  • 堀 「可能性を信じる」というキーワードのもと、自分は何ができるかを考えるようになりました。
    大量のケース(企業事例)を分析しながら、日本で成功する事業アイデアを数多く考えていた、卒業間近のある日。
    HBSの図書館の芝生の上で寝転がりながら、ふとHBSのすごさを考え始めました。
    優秀な卒業生を輩出しているし、経営に関する知を多く収集し、創造し、広めている。
    アメリカだけではなく世界経済への貢献はとても大きい。
    こういうビジネススクールが日本にあるべきではないか。
    ケースメソッドを用いてビジネスパーソンが夜間や土日に学ぶ場ができたら、どれだけ多くの優秀な経営人材を輩出できるだろうか。
    そうだ、日本に経営大学院を創ろう。
    HBSに匹敵する、それよりも優れた大学院を創れないかと。
    そう考え始めたら本当にワクワクしてきて、すぐにノートを取り出し、「ヒト」「カネ」「チエ」という3つの円を描きました。
    その周りに数多くの起業家が生まれ、さまざまな事業が創造され、日本の社会が変革されていくイメージが膨らんでいったのです。
    グロービスのビジョンが生まれた瞬間でした。

帰国後、
自分の任務を考え抜き、
起業家として
生きることを決めた。

  • 堀 日本に帰国してからすぐにグロービスを立ち上げたわけではありません。
    商社に戻ってからも「何をすべきか」を自身に問いかけ、葛藤を続けていました。
    そうした中、祖父の追悼集にあった「吾人の任務」という短文を読み直す機会がありました。
    改めて科学者だった祖父が自らのミッションを明確に定義していたことを知り、私も自らの任務を書いてみることにしました。
    詳細は拙著『吾人の任務』に著していますが、「僕は起業家の立場で社会に貢献することとする」「僕は、単体のビジネスを創造するばかりでなく、新たな価値を継続的に創造できる仕組みを創ることに専念したい」「経営教育」を通して、ビジネスリーダー・企業を育成し、社会の創造と変革を行う」。
    自分のミッションを書き記しながら、僕は起業の意志を固めたのでした。
    1992年7月31日に勤めていた商社を退職し、翌日から起業家としての人生が始まりました。

受講生は、わずか20名。
渋谷の貸し会議室から
歴史は始まった。

  • 堀 創業時の資本金はわずか80万円。友人と拠出しあって、グロービスを設立しました。
    最初の事務所は僕の三軒茶屋のアパートの一室です。
    手作りのパンフレットで、受講生を募集し始めました。
    最初の授業は、渋谷・道玄坂の貸し会議室を3時間2万円で借りて、約20人の受講生でスタート。
    貸し会議室の外には、「グロービス・マネジメント・スクール(GMS)」と書いたホワイトボードを置きました。
    これがグロービス経営大学院の前身であるGMSの始まりです。
    グロービス経営大学院は現在、全国に7ヶ所のキャンパスを有し、オンラインでもクラスを提供しています。
    また、在校生・卒業生を合わせて8,800名を超える国内最大のビジネススクールとなりましたが、最初はわずか20名の受講生からのスタートだったのです。

テクノべ―ト時代の
世界No1ビジネススクールへ。

  • 堀 2021年、グロービス経営大学院は開学15周年を迎えました。
    開学当初は、「アジアNo1ビジネススクール」をビジョンに掲げていましたが、これからは「テクノべ―ト時代の世界No1ビジネススクール」を目指したいと考えています。
    スマートフォンやタブレットを通じた独自コンテンツの配信やAIと融合させた学習システムの提供、マルチタイムゾーンでのオンライン教育の推進、学生や教員、事務局スタッフ間のネットワーク構築を加速させるデジタルプラットフォームの展開など、グロービス経営大学院自らが創造と変革、そしてテクノベートを体現していきます。
    こうしたことを日本語と英語、リアルとオンラインをシームレスで展開しているのは世界中でグロービスしかないと思っています。
    2022年に私は還暦を迎えます。
    グロービスを創業した時がちょうど30歳。
    そのとき30年後のグロービスの姿をイメージしながら、実現に向けて邁進してきました。
    還暦を迎え、この30年を振り返ってみて思うことは、30年でこれだけのことをできたのだから、次の30年はもっと多くのことを成し遂げられるはずという、ワクワク感です。
    世界で勝負するなら、普通のやり方ではダメだと思っています。
    クレイジーだと思われるようなことをやらないと(笑)。
    これまでも私の志やビジョンに、「そんなの無理だよ」「やめておいたほうがいい」と言う人はいました。
    でもそのたびに「最初から不可能だと決め付けられるようなものは一切存在しない。全てが可能である」と考え、行動してきました。
    これからも「自分の可能性を信じる」という信念に沿って、「テクノべ―ト時代の世界No1ビジネススクール」の実現に突き進んでいきたいと思います。

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