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投稿日:2024年01月31日

投稿日:2024年01月31日

【スタートアップ王国への進路⑤】成長に収益・規模も重視、金利上昇で投資に変化

仮屋薗 聡一
グロービス・キャピタル・パートナーズ 共同創業パートナー/一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会 最高顧問

事業会社は技術系に投資継続

スタートアップでは「IPOゴール」という言葉があります。新規株式公開(IPO)時は公開価格を上回る初値を付けたものの、その後は株価が低迷し、初値を超えられない企業を皮肉る用語です。今回はIPOゴールとならずに、成長を続け、今の時代の投資家の期待に応えられる企業像を考察します。

2022年初頭から米国では「スタートアップ冬の時代」と言われ、テックバブルが崩壊しました。原因は米連邦準備理事会(FRB)の利上げの影響が大きいです。長く続いた低金利下で、海外投資家はキャピタルゲイン(値上がり益)を狙いテクノロジーを中心としたグロース株を保有しました。金利の上昇に伴い、上場株や未上場株といったリスク資産から比較的安全な債券にポートフォリオが大きく動きました。

資金が引いた米国の株式市場はある変化が起きていました。2021年まではスタートアップ投資で成長性が特に重視されていました。赤字でも売上高を伸ばす勢いに高い評価額が付いていたのがクラウド経由でソフトを提供する「SaaS」などのテック銘柄です。

2022年から成長性に収益性も求めるトレンドに完全に切り替わりました。成長性一辺倒の企業から投資家が離れ、黒字化できる「収益性」とグローバルに展開できる「規模」を兼ね備えたビジネスモデルに支持が集まります。黒字でなくても、いつでも黒字化できる経営力を示せれば、成長に向けた大規模投資で短期では赤字になっても、株価は崩れません。

2023年の国内スタートアップ投資は50億円超の大型調達の件数が若干減少しましたが、評価の高い企業には継続して資金が集まっています。ただし、高評価に至らない企業の調達環境は厳しく、必要な金額を集めきれずに調達が長期化しています。

各社のリリースを基にグロービスが作成。調達額に融資を含む

上場後に株高抑えるリスクも

直近の大型の資金調達を見ると、投資家とスタートアップの相性に特徴があります。事業会社や金融企業はディープテック(先端技術)系スタートアップへの投資を継続しています。これらは本業との相乗効果を念頭に、新しい産業を担う企業と資本業務提携を結ぶ狙いがあります。

例えば、ロボットで労働力不足の解消を目指すTelexistence(テレイグジスタンス、東京・中央)や、核融合発電開発の京都フュージョニアリング(東京・千代田)、宇宙ごみの除去に挑むアストロスケールホールディングス(東京・墨田)の3社は事業会社などからそれぞれ100億円超の大型調達をしています。

ただディープテックは投資額が大きく、上場後にオーバーハング(既存株主が株式を大量に売り出すとの予測が強まり、株価上昇を抑える現象)が起きやすいです。例えば、日本初の宇宙銘柄で4月にIPOした月面開発のispaceは上場時の公募価格は未上場時の評価額より8割ほど安く、ダウンラウンドIPOとして懸念されました。初値は公募価格の3.9倍を付けましたが、その後の株価の動きはボラティリティー(変動率)が大きく、中長期期待での株価形成に道半ばというところでしょうか。

グローバル展開企業はIPOでも期待

次に独立系ベンチャーキャピタル(VC)を見ていきます。ビジネスモデルが確立し、収益性とグローバル展開を含めたスケーラビリティーを兼ね備えた企業への投資傾向が鮮明です。世界的にも上場企業を評価する際に優先する指標が成長性から収益性・規模へと移った経緯からの動きでしょう。直近では、製造業受発注プラットフォームのキャディ(東京・台東)が118億円の調達を発表しました。SaaSでは支出管理サービスのLayerX(東京・中央)も大型調達を完了しています。

この収益性・規模を併せ持つ銘柄への潮流は現環境下のIPOでも期待が持てそうです。代表例はVtuberビジネスのANYCOLORとカバーです。2社とも黒字上場で、グッズなどの販売が売り上げの中核を担うIP(知的財産)ビジネスを展開しています。BtoB(企業間取引)では広告タイアップという第2の収益事業が高成長にあり、海外事業も立ち上がっています。収益性、規模や海外への展開など、まさに市場の求める要件を満たし、上場後も高い評価を維持しています。

今後のIPOでも収益性があり、グローバル展開を進めている企業が有望でしょう。例えば、自然電力(福岡市)や五常・アンド・カンパニー(東京・渋谷)、アソビュー(東京・品川)です。3社とも未公開のため収益性はIPO時に明らかになりますが、既にグローバルに事業を展開しています。

海外の有力機関投資家から調達

自然電力は世界中で再生可能エネルギーに特化し、事業開発から運営・保守まで一気通貫で行います。プラントエンジニアリングの日揮ホールディングスや再生エネ開発のレノバなどと似ていますが、新技術・新領域で成長している点が特徴です。技術の切り売りではなくプロジェクトコンサル型でオペレーションやノウハウの横展開で規模の拡大が期待できます。

五常はインドを筆頭に新興国での低所得者向けの小口融資(マイクロファイナンス)を展開しています。特に女性向けに機会の平等を目指しており、その社会性も高く評価されています。マイクロファイナンスは通常、少額融資モデルを標準化することで規模を拡大しますが、五常はモバイルテクノロジーを駆使しながら、現地のクライアント企業に対してデジタルトランスフォーメーション(DX)を通じた経営支援を行い、金融への接点をもたない人々にまでサービスを拡大しています。

アソビューはレジャー・アクティビティー領域で日本最大の検索予約プラットフォームです。この領域において一休や楽天トラベルを統合したようなポジションを構築しています。アソビューも動物園や遊園地などのDXを推進してプラットフォームに取り込んでいきました。日本のインバウンド救世主となるかもしれません。

この3社はファイナンスでもグローバルな取り組みが見られます。自然電力はカナダの大手年金基金・ケベック州貯蓄投資公庫(CDPQ)から700億円調達しています。五常は英ベイリー・ギフォード、アソビューは英フィデリティ・インターナショナルと世界の有力機関投資家から資金調達をしている点も海外からの期待の表れと言えるでしょう。

最先端の経営知が、日々スタートアップが直面する課題とトライ&エラーの中で生まれています。VCは数多くの優秀な経営陣とその最前線を共有することで、ベストプラクティスを培い、新たな挑戦者に還元すべく対話を重ねています。


※本記事は、日経ヴェリタスにて連載された「スタートアップ王国への進路⑤」を転載したものです(2023年10月22日掲載)

仮屋薗 聡一

グロービス・キャピタル・パートナーズ 共同創業パートナー/一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会 最高顧問

慶応義塾大学法学部卒、米国ピッツバーグ経営大学院修士課程修了(MBA)。1996年にグロービスのベンチャーキャピタル事業を設立。独立系ハンズオン型VC国内最大手へと導き、ファンド累計額は1800億円を超える。2015年より日本ベンチャーキャピタル協会会長、現在は最高顧問。官公庁関連委員会等の委員を歴任、スタートアップ関連著書多数。グロービス・テクノベート経営研究所所長、グロービス経営大学院教員も務める 。著書に、『機関投資家のためのプライベートエクイティ』(きんざい)、『ケースで学ぶ起業戦略』(日経BP社)、『MBAビジネスプラン』(ダイヤモンド社)、『ベンチャーキャピタリストが語る起業家への提言』(税務研究会)がある。

※プロフィールは投稿日時点のものです