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投稿日:2024年01月17日

投稿日:2024年01月17日

【スタートアップ王国への進路④】技術系、「3つの壁」を越えろ 国が顧客、売上げを支援

中村 香央里
グロービス経営大学院 テクノベート経営研究所 副主任研究員

立ちはだかる「製品化」「事業化」「産業化」の壁

技術大国、日本。昔の話だと思われる方もいるかもしれませんが、現在も間違いなく技術、研究レベルは高いと言えます。例えば、国際特許出願件数で国内トップ企業の三菱電機は企業別で世界4位です。また、2022年の特許など知的財産の使用料の収入を国別に見ると、日本は米国、ドイツに次ぐ3位でした。決して悪くない順位ですが、技術があるから稼げるわけではないのも周知のとおりです。

今回は技術大国である日本の技術系スタートアップがどうすれば世界で活躍するまでに成長できるのか、海外事例から考えてみます。技術系で一番有名なスタートアップは米宇宙開発企業のスペースXでしょう。未上場ながら、その評価額は1500億ドル(約22兆円)に上ります。日本の上場企業と比較すると、1位のトヨタ自動車(時価総額、44.7兆円)には及ばないものの、2位のソニーグループ(同、16.5兆円)を上回る巨大企業です。

スペースXのような巨大企業に至るまで、技術系スタートアップには幾度となく困難が訪れます。技術の社会実装の過程で訪れる有名な壁が「死の谷」です。このほかに「魔の川」、「ダーウィンの海」と3つの壁があると言われています。

最初に訪れる「魔の川」は製品化の壁です。ラボで繰り返し研究してきた技術を、市場のニーズを満たす具体的な製品へと開発する段階です。

資金調達の難しさも

次に訪れる「死の谷」は事業化の壁です。開発した製品を実際に買ってくれる顧客を見つけ出し、事業として売り上げを立てられるようになることを指します。ビジネスで必要な人材と資金も調達し、会社を運営します。実際のモノを取り扱う製造業の場合、品質を保持しながら量産できる生産ラインや流通体制の構築も必要です。海外展開の際に生産・流通はさらに難易度が増します。加えて、製品の改善やアップデートを重ねて製品を進化させていくことが必須です。扱う金額も運営する組織も大きくなり、さらなる経営手腕が問われます。

3つ目、「ダーウィンの海」は産業化の壁です。既存製品や競合との競争に勝ち抜くために競争優位性を築き、安定成長へと向かう難所です。市場での認知獲得や、既存製品と比較したメリットを消費者に受け入れてもらう必要があります。企業間の生存競争、試される環境への適応力、次第に製品・サービスが淘汰されてゆく様子をダーウィンの進化論になぞらえて提唱されました。

実際に失敗事例を見てみましょう。米調査会社のCBインサイツによると、2023年は現在の減速したVC投資状況を反映し、ほとんどの失敗事例で資金調達の難しさに言及しています。個社の事例では、眼科遺伝子治療のヴェデーレバイオ2は「マウスを使った実験では成功したが、前臨床研究での有効性を示すデータが要求される基準を満たせなかった」として、魔の川で会社を閉鎖しました。分子プリンターを活用した飲料調理器具メーカーのカナ・テクノロジーは「実用的な試作品ができたにもかかわらず、製造・出荷の生産ライン構築に必要な資金を確保できなかった」として、死の谷で終わりを迎えました。

ウェイモ、親会社の設備・人材活用

3つの壁を乗り越えたデカコーン(評価額100億ドル以上のスタートアップ)の成功事例を見ていきましょう。製造を手掛ける技術系のデカコーン企業の代表格が米ウェイモ、スウェーデンのノースボルト、冒頭のスペースXです。

ウェイモは2016年にグーグルの自動運転開発部門が分社化して設立されました。提携している大手自動車メーカーから自動車を購入し、自社開発したシステムや部品を組み込み、自動運転車に改造することで「製造」します。世界初の自動運転タクシーの商用サービスを米国の一部地域で展開しています。

ノースボルトはリチウムイオン電池を生産し、製造過程で排出する二酸化炭素を80%削減します。特に電気自動車(EV)用として期待され、世界中の大手自動車メーカーから550億ドル超の受注を抱えています。設立当初からギガファクトリー(大規模電池生産工場)を建設する目標を掲げ、現在、3か所目を建設中です。

スペースXは低コストロケットの製造や再利用ロケットの打ち上げに世界で初めて成功しました。宇宙開発のコストを大幅に削減し、民間でのビジネス可能性を示したゲームチェンジャーです。ISS(国際宇宙ステーション)へ物資を輸送する商用軌道輸送サービスをNASAから受託しています。

技術領域は異なりますが、3社の成功事例から重要なポイントが見えてきます。ウェイモは親会社(グーグル)の設備・人材を利用し、出資のサポートも受けています。また自動運転機能を搭載したい完成車メーカーと提携して共同開発するなど、開発や生産の資産を持つ大企業のアセットを活用しています。スタートアップにとっては技術ごと大企業に買収されるのも成功(出口)の一つです。

ノースボルトは大規模受注で収益確保

ノースボルトは世界中でEV化が進む中、需要が集中する電池を大量に、しかも環境負荷を減らして生産できるギガファクトリーこそが最大の武器です。大量生産(スケーラビリティ)の難所を超えています。ポイントは3つ、最高経営責任者(CEO)が前職テスラでギガファクトリーの経営知識を有している点、量産に見合う大規模受注を得ている点、前提となる需要を正確に捉えている点です。

スペースXは最初の顧客がNASA、つまり国であることです。NASAのコンペを勝ち抜き、資金提供と技術サポートを受け、ロケットを開発し、ISSへの輸送サービスを開始できました。

スタートアップの成長にとって、売上げ(受注)が立つこと、顧客からのフィードバックと改良のプロセスは不可欠です。スペースXの事例は民間の需要がほぼない中で、国が成長と売上にコミットした好例です。

日本でもスタートアップ支援として、政府による「公共調達」の活用が始まりました。公共調達とは行政サービス拡充のため、行政が発注者となって民間から製品やサービスを調達することです。例えば、2022年に改革されたSBIR制度は、研究開発成果の事業化を目指すスタートアップや技術者を対象とし、補助金のみならず最終フェーズでは国が顧客になります。最大予算を持つ経済産業省の公募内容には月面ランダーの開発や空飛ぶクルマの開発、飛行試験など3億~120億円の案件が並んでいます。

リスク・リターンは投資の基本です。少額補助金で小さなリスクを取り小さなリターンを得た結果、日本では大型スタートアップは育っていません。しかし、日本政府も技術系スタートアップ育成に本腰で取り組み始めました。近い将来、技術系グローバルユニコーンが生まれるかもしれません。


※本記事は、日経ヴェリタスにて連載された「スタートアップ王国への進路④」を転載したものです(2023年10月15日掲載)

中村 香央里

グロービス経営大学院 テクノベート経営研究所 副主任研究員

東京大学経済学部卒。三井住友銀行投資銀行部門を経て、SMBC日興証券で日本経済エコノミストとして国内外の機関投資家(債券市場・株式市場)向けにレポート執筆。ユーザベースに入社後は、SPEEDAアナリストとして調査・分析・執筆、新規コンテンツ開発の立ち上げに従事。また、経済メディアNewsPicksの編集部で記者・編集者として情報発信。2023年より現職。

※プロフィールは投稿日時点のものです