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投稿日:2024年01月01日  更新日:2024年01月10日

投稿日:2024年01月01日
更新日:2024年01月10日

生成AIで何が変わり、何が変わっていく?――自然言語処理研究者×グロービスAI経営教育研究所が語る2023年と2024年 前編

栗林 樹生
Mohamed bin Zayed University of Artificial Intelligence Research Fellow
鈴木 健一
グロービスAI経営教育研究所 所長/グロービス経営大学院 教員
佐々木 健太
グロービスAI経営教育研究所 主任研究員
梶井 麻未
グロービス経営大学院 教員

昨年2023年を象徴するトピックといえば人工知能(AI)、特にOpenAI社のChatGPTに代表される生成AI(Generative AI;ジェネレーティブAI)の台頭だろう。
改めて生成AIとは、データを学習し新しいコンテンツ(文章、画像、音声、動画等)を生成する人工知能のこと。ビジネスにおいても同領域への関心は爆発的に高まり、ビジネスパーソンの仕事や意識にも大きな影響を与えることとなった。「第4次AIブームに入った」とも言われるが、この波はもはや「ブーム」以上の変化と言えそうだ。とりわけ、言語×人工知能の技術を担う自然言語処理(以下NLP:Natural Language Processing)分野は、大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)の研究・開発により、その盛り上がりを牽引している。

そこで今回は、海外の研究機関でAIの中でもNLPの研究に取り組む栗林樹生氏をゲストに招き、グロービスAI経営教育研究所(GAiMERi)のメンバーとで行った鼎談の模様をお伝えする。
GAiMERiのアドバイザーでもある栗林氏の視座から語られる、NLP研究の成果が人間にもたらすもの、グローバルでのNLPをはじめとするAI研究開発の潮流。そして従前より社会人向け経営教育の現場でのAI活用を模索してきたGAiMERiが考えるビジネスパーソンの周辺環境の変化。そして両者で考える、2024年に訪れるであろう変化、その中でビジネスパーソンがサバイブする方法とは。

日本の10倍のAI人材が揃うUAE

――栗林さんは現在、アラブ首長国連邦(UAE)の首都であるアブダビの大学で研究員を務めていらっしゃいますね。

栗林樹生(MBZUAI研究員):現在私はMohamed bin Zayed University of Artificial Intelligence(通称MBZUAI)という大学に所属しています。本学は世界初のAI分野に特化した大学院レベル研究ベース大学として設立され、画像処理、機械学習、NLP、ロボット工学等、人工知能に関連する分野の修士(MSc)課程と博士(PhD)課程を設けています。

産油国であるUAEは石油産業に次ぐ新たな産業の発展を図り、自国での人工知能分野の発展に力を入れているようです。MBZUAIもそんな国策の一環として2019年に開学しました。

――設立間もないながら、コンピューターサイエンス分野の世界大学ランキングでは18位に入るなど、ものすごく勢いのある研究機関ですね。今年赴任されたとのことですが、現地に行ってみて、どのようなことを感じておられますか。

栗林:日本では考えられないような規模で大学・研究機関が成長していることを肌で感じています。

例えば人材規模を見てみると、ChatGPTなどで注目を集めているNLP分野であれば、日本の大学では1校につき教授が1名、2名いればいい程度です。
しかしMBZUAIにはNLPを専門とする教員が既に14名、そのうち教授は8名在籍しており、当該分野の国際組織である計算言語学会(ACL:Association for Computational Linguistics)の前会長と現会長も含まれています(注:取材当時)。博士号を保有するNLP研究者を含めれば数十名の規模になり、日本のおよそ10倍はあるスケールで人材が揃っています

こうして人が集まっていると、さらに興味を持った人材が世界中から集まることも期待され、うまく好循環が生じているように見えます。

鈴木健一(GAiMERi所長):以前いらっしゃった東北大学NLP(東北大学 自然言語処理研究グループ)も日本の中ではかなり大規模だったかと思いますが、MBZUAIはそれよりもはるかに大きな規模で、それほど力が入っているのですね。

人と言語モデルを通して人間・言語に迫る

――そんな中で、栗林さんはどのようなテーマに取り組んでおられるのか、あまりAIに詳しくない方にもわかる範囲でぜひご説明いただけますか。

栗林:機械と人間の言語獲得や言葉の使い方について、その類似・相違点を言語的な視点から調べる研究に取り組んでいます。

ChatGPTのような言語生成AIが発展し、おおよそ人間並みに言語を話せるモデルの作り方がひとつ分かりました。従来、人間しか言語を獲得できないという前提のもと「なぜ人間だけ言語を話せるのか」が問われていたわけですが、大規模言語モデルの誕生により「言語モデルと比べて人間の言語処理はどういう特色があるか」という相対的な視点が生まれました。

両者の言語獲得を比較すると、言語モデルはインターネット上にある膨大なテキストデータなどを活用する「力業」で言語獲得を実現させています。対して人間の赤ちゃんは、言葉を喋るためにウェブ上のテキストをすべて読むことはしません。
この効率性の違いは、どう説明し、機械でどう克服すればよいでしょうか。またあるいは、人間はそもそも言語を処理しているときにどのような計算をしているのでしょうか。単語の足し算であるとすれば、この足し算はどう計算すればよいのでしょうか。

こういった疑問を解くために、また同時に言語を科学するためにも役立つのがNLPの技術です。自然言語処理は、言葉というそもそも定量化の難しいものを数値化・定量化できる技術です。人間は「イヌ」と「ネコ」をなんとなく近い言葉だと感じられるかと思いますが、自然言語処理はこの近さに客観性を与えるのです。

幼児を2つのグループに分けて育て、言語獲得の仮説を検証することは倫理的に難しいものですが、言語モデルなら設定を変えて何回でも再訓練できます。あるいは人間の頭の中を直接観察して解釈することは非常に難しいですが、言語モデルの内部状態はすべて観察することができます。こうして言語モデルを精緻に調べ上げることで、人間・言語に対して新たな仮説を提示することが可能になるかもしれません。そこから人間や言語についての理解が深まると私は期待しています。

こうした私の取り組みは、工学分野で一般的にとられる、言語学や行動科学、認知科学といった人間への知見を機械に持ち込む方向の逆向きを模索しています。機械を研究して得られた知見を、人間とは、言語とは何かを明らかにするために還元してみたい。そんな気持ちがあるんです。

――これが分かってくると、直接的には例えばより効率的な学習の支援をしたり、より読みやすく伝わりやすい文章を書く支援をしたり、ということができるようになってくるそうですね。

栗林:学生時代に一度起業しているのですが、そこで開発・提供していたのはまさに学術論文のライティング支援を見据えたシステムでした。

言語教育への応用においては、特に「人間らしい言語処理の再現」がひとつポイントだと考えています。対人コミュニケーションにおいて大切なのは「言語モデルに伝わるか」ではなく「人に伝わるか」ですが、例えば外国語を話すための練習を言語モデル相手にしても、本当の練習にはならないかもしれません。なぜなら本番の話し相手となる人間は言語モデルとは違い、前に聞いたことを忘れていたり、前提知識が欠けていたり、理解力に差異があったりする存在だからです。

逆に人間にはできて言語モデルには不得意なこととしては、グロービスさんで教えているような論理思考に基づいた返答などがあるのですが、そんな差異があるからこそ、弱み・強みを含めた「ちょうど人間らしい言語モデル」は興味深い方向だと考えており、GAiMERiの試みにもつながるものがあると思います。

鈴木:「ちょうど人間らしい言語モデル」、非常に面白いですね。人間関係でも、強いつながりと弱いつながりには両方にメリットデメリットがあり、例えばイノベーションには弱いつながりが効くという話があったりします。

「できないがゆえの強さ」の可能性については将来、栗林さんをはじめとしたみなさんの研究成果によってより明らかになるといいなと思いますね。

ChatGPTによって2023年に起きた変化

――2023年はChatGPTに代表される生成AIのサービス/あるいは言語に関するAIを支える技術であるLLMの台頭に注目が集まり、世の中への浸透がかなり進んだと思います。その中で特に大きく変わったと思われることについて、みなさんの目線からぜひお伺いできればと思います。

梶井麻未(GAiMERi主席研究員):ChatGPTの台頭によって、AI自体が専門家以外にも広く使われるようになった、つまり民主化されたことで、一般からの認知度・注目度が非常に増しました。こうして多くの人がなんとなくでも“AI”に体感値を持てるようになったことは、劇的に大きいと思っています。グロービス経営大学院にはテクノベート・シンキングという科目があるのですが、ここでAIについて説明した時の反応や理解度も変わったように感じますね。

栗林:アカデミアの側から見ても、同じく社会の関心、注目度、インパクトが段違いに上がったことには驚いています。2年ほど前までは自然言語処理という領域について「Google翻訳みたいなもので……」と頑張って説明する必要があったんです。しかし、いまは例えばカフェで作業していても「言語モデル」「ChatGPT」という言葉がどこかからか聞こえてくるほどですから。

ChatGPTがリリースされた当時も、能力としてはこれまでも遜色ない、あるいは劣るにしても少しくらいの言語モデルは存在していたのですが、研究者の研究用途に限られていました。しかし、会話形式で簡単に打ち込めて、誰でも無料でパッと試せるインターフェースになると、ここまで社会から関心がぐっと集まるということが衝撃でした。

また、当然言語モデルをテーマとする研究が非常に増えましたね。

鈴木:NLPの中にもさまざまな研究分野があったところ一気に上書きされたような状況で、言語処理学会の年次大会でも「ChatGPTで自然言語処理は終わるのか?」という緊急パネルがありました※1。アカデミアの方々には、これまで多様性をもって脈々と研究されてきた分野・テーマがなくなってしまうのでは、という危機感もあるのでしょうか。

栗林:これまでは汎用的なものを作ることが非常に難しいからこそ、分野を特定の問題やドメイン、例えば「翻訳」や「構文解析」などに細分化して研究していました。しかし今は言語モデルが汎用的な能力を持つことを踏まえ、各々持っている関心は違いつつも、みんな言語モデルを触りにいっている、というわけです。
「やることがなくなってしまった」と感じている研究者はおそらく少なく、もともとの関心に対してLLMという無視できない文脈が入ってきて、また新しい問いが生まれてきただけなのかもしれません。

ChatGPT搭載のチャットボットが持つ教育への可能性

――日々、AIを活用した次世代経営教育モデルを研究開発しているGAiMERiの皆さんはこの2023年、このような環境の中でどういったことに取り組んでこられたのでしょうか。

GAiMERiでの研究開発テーマ例

佐々木健太(GAiMERi主任研究員):いくつかあるのですが、中心として取り組んできたのは生成AIを活用したチャットボットの開発です。

教育分野の既存研究から、フィードバックが学習効果に大きく影響することが分かっており、中でも即時性のあるものがよいと言われています。ただ、一般的な教室の授業では即時的なフィードバックを学習者全員に個別にカスタマイズして返すことは現実的に不可能です。

この課題に対して有用なのがチャットボットです。チャットボットは学習者の人数に関わらず個別にフィードバックをすぐ返すことができますから、学習への親和性が高いのです。

これを踏まえて2023年、ChatGPTとLINEを活用したチャットボットによる対話型の経営教育学習システムであるGAiChaLを開発※2しました。これはグロービス経営大学院の中の動画とAIで学ぶ学習プログラム、ナノ単科に既に実装されており、ユーザーが入力した内容に即したフィードバックを即時に返すことができます。一方で、まだまだ進化の余地もあります。というのも回答を生成するための指示となるプロンプトには設問やフィードバックに関する内容を入れていますが、ChatGPTはプロンプトに必ず従うわけではないので、確度の高い学習サービスにするためには演習の内容や長さなどに制約が生じるためです。

そこでいまはChatGPTに全てを任せるのではなく、より細かなシナリオを事前に用意したチャットボットを開発しています。シナリオによってある程度の道路とその道順をあらかじめ指定し、その上を学習者とChatGPTがうまく一緒に進めるようにするものです。こうすることで、チャットボットで実現できる演習の内容やレベルがぐっと広がります。

鈴木:これまでは色々な意味で、AIに関するスキルや情報のレベルには専門家とそれ以外の人たちとの間で非対称性がすごくあったと思うんです。以前はそのギャップの部分に価値を出せるところがあったのですが、AIが民主化されつつある中、個人や組織がAIを活用する中で「らしさ」をどう実現していくのかということに、価値発揮のウエイトがどんどん移っているのだろうなと思っています。

例えばグロービスの場合、いま佐々木さんが紹介した、AIを活用したリアルタイムの対話を通じたフィードバックはまさに「らしさ」が発揮できる部分です。
グロービスのクラスでは講師や他の学習者とのディスカッションを通じて、学習者に自ら気づいて学んでもらうことを重視しています。このアプローチこそがグロービスのコアであり、グロービスらしさ、ひいてはDNAそのものとも言えるでしょう。そしてこの「気づき」を起こすために重要なのが、講師による問いかけとフィードバックを軸とするファシリテーションになります。
チャットボットの開発はAIを活用してこの「グロービスらしさ」をデジタル上で実現させる挑戦と言えるでしょう。

AIを用いながら「納得」を導く現場知

――栗林さんはこうしたGAiMERiの取り組みに対しアドバイザーとしてご支援くださっています。その中でGAiMERiないしグロービスにお感じのことがもしあればお話し頂けますか。

栗林:生成AIはここまで発達しましたが、ハルシネーションと呼ばれる誤った回答を生成してしまう現象などの問題はまだ残っています。ただ、グロービスさんの取り組みは教育の「支援」であって、何か重要な意思決定を言語モデルに任せるなどではないので、ある意味相性はよく、活用の余地が広いと思っています。

鈴木:正解がたったひとつの課題を生成AI で解決するのはなかなか難しいですが、グロービスの場合は正解がたくさんあるものに向かっていることが多いですからね。

栗林:たくさんある中からも違いを見極め、返答の優劣を判断できるのは、グロービスさんがこのドメインについての専門知識や現場感を持った研究員の方々や講師、ユーザーを持っているからではないかと、客観的に見て感じています。
我々研究者はAIについて知っているけれども、AIを活用する先のドメインについては知らなかったりする。改めてグロービスさんはじめ企業にはこの部分に関する強さと大きなポテンシャルがありますね。

教育は、何かもっともらしい正解をただユーザーに提示すればいいというだけではないはずです。なぜそうなのかというところまで伝えて、納得してもらわなければいけない。例えば教科書に紐付けたり、考えるために用いるコンセプトを明示したりまでやる必要もありそうです。そこはものすごく面白いところですし、現場の知見が活きるのでしょうね。

――まさに栗林さんのおっしゃっていた、「人間らしさ」を備えたAIの話にもつながっていきそうですね。

鈴木:実際のディスカッションでも、論理をたどって「はい納得」とはおそらくなりません。相手の表情やしぐさほか、ノンバーバルな情報のやりとりがかなりあってこそ「納得」しているのです。そして、おそらくこういった点が「人がやる」と「AIがやる」の差になっていきます。
この差をAIがどこまで詰められるのかは、今後チャレンジしなければいけないところですし、現場と接点が近いからこそグロービスもそれに挑めるのだろうなとも思っています。

つづく

栗林 樹生

Mohamed bin Zayed University of Artificial Intelligence Research Fellow

鈴木 健一

グロービスAI経営教育研究所 所長/グロービス経営大学院 教員

佐々木 健太

グロービスAI経営教育研究所 主任研究員

梶井 麻未

グロービス経営大学院 教員