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投稿日:2023年12月12日

投稿日:2023年12月12日

【スタートアップ王国への進路③】売上高成長率を重視 4つの要因を見極める

髙原 康次
テクノベート経営研究所(TechMaRI) 副所長/グロービス経営大学院 教員

米国発「ブリッツスケーリング」広がる/GAFAMが採用、メルカリも

テック企業は、魅力的な投資先となり得ます。例えば、米フェイスブック(現メタ)に上場時の2012年5月に投資をしていれば、現在は約8倍の株価となりました。日経平均株価(約3倍)を大きく上回るパフォーマンスです。一方で、上場後に伸び悩むテック企業が多いのも事実です。

では将来性のあるテック企業をどう見分ければ良いのでしょうか。テック企業は、売上高の大きさと成長率が資本市場で重視されます。そこで、新たな成長戦略として「ブリッツスケーリング」という手法が米国で登場しました。フェイスブックやウーバー、エアービーアンドビーなどが採用し、日本でもメルカリやマネーフォワード、freee(フリー)などが採用しています。

ブリッツスケーリングを導入する主な企業

リード・ホフマンら「ブリッツスケーリング」などを基にグロービスが作成

この戦略は、売上高成長率を重視します。収益性が後回しになり、赤字が継続しがちです。米コンサル大手マッキンゼー・アンド・カンパニーの2017年の調査では、1980年~2013年のソフトウェア産業の上場企業約3,000社のデータから、年間売上高1億$を達成し、スケールメリットを享受し始めている会社は、市場の独占を目指し、収益性をあまり意識しない傾向にあることが分かりました。

なぜ、無理をしてでも成長を急ぐのでしょうか。その理由は、規模と競争優位性を獲得し、市場を独占することで巨額のリターンを得ることが可能になるからです。それと同時に急拡大が可能な事業領域では、単に先行しているだけでは、後発企業に追い抜かれる恐れがあるからです。

例えば、SNS(交流サイト)の代名詞となったフェイスブックは2004年2月にサービスを開始しました。その前にも多くのSNSが誕生しており、2003年8月にサービスを開始したマイスペースは爆発的に成長し、2008年まではユーザー数でフェイスブックを上回っていました。フェイスブックは資金調達と成長投資を続けたことが逆転の一因となりました。

急拡大可能な事業領域には4つの事業上の成長要因があります。①ネットワーク効果、②市場規模、③粗利益率、④ディストリビューションです。これらの要因は、ブリッツスケーリングを提唱し、テック企業の経営陣を歴任したベンチャーキャピタリストのリード・ホフマン氏が共著書で上げました。

4つの成長要因

グロービスが作成

ネットワーク効果とは、製品やサービスの利用者数の増加に伴い、ユーザーやサプライヤーのメリットが大きくなる現象です。例えば、電子商取引(EC)サイトで売り手が多いほうが買い物をしたい人にとって便利になります。売り手にとっても買い手の多い場所が魅力です。ネットワーク効果が爆発的成長をもたらします。

フリーマーケットであればメルカリ、転職であればビズリーチといったようにユーザーが集中すると、その結果として、「勝者総取り」と呼ばれる独占が起き、莫大な利益が期待できます。こうしたネットワーク効果を生むには、ユーザーのやりとりを活性化するための工夫が必要になります。メルカリでは、ユーザーの興味がありそうな商品をメールで通知し、アプリに呼び戻そうとしています。

市場規模は独占時の事業規模の上限を想定する際に重要となります。なぜなら市場を独占しても、市場規模を超えて会社が大きくなることはできないためです。ここでは市場規模の上限を示す「TAM」に注目して説明をします。

Total Addressable Marketの略称で「タム」と呼びます。例えば、フリーは投資家向け広報(IR)資料で、上場時のTAMについて、クラウド会計ソフトが約6,500億円、人事労務業務は約5,500億円と推定して、1.2兆円としました。2022年には、勤怠管理やプロジェクト管理、サインなどに事業領域を広げたことで、TAMも2.3兆円超まで拡大しました。この間、福利厚生やカード事業を新たに始めたり、電子契約システムの会社を買収したりしています。

粗利益率は、利益に直結します。同時に、需要が急増した際の供給拡大の容易さにつながります。例えば、フリーではネットを通じてサービスにアクセスするだけで、顧客は利用可能となります。

一般的な製造業では、顧客が製品を手にするには、メーカーは工場を建て、原材料を購入し、労務費をかけて製造するため、手間がかかります。需要の急増に応えるために時間がかかり、競合に参入余地を与えてしまいます。粗利益率が高い、すなわち供給拡大が容易であれば、急増した需要を独占することが容易になります

ディストリビューションは、数多有るサービスの中から顧客が自社サービスを知って利用できる状態にすることです。例えば、ネット広告や営業、自社で運営するウェブサイトからの流入、顧客からの紹介といった施策が該当します。顧客1人当たりの獲得コストが妥当な水準に収まることを目指します。

赤字で資金調達が不可欠/投資家との対話重要に

ブリッツスケーリングを採用している最中は赤字が続くため、資金調達が必要になります。投資家に対し、現状の赤字の理由を説明しつつ、4つの事業上の成長要因をエクイティストーリーに織り込み、自社への投資を促します。

経営陣の中に、ヘッジファンドや証券会社、銀行での実務経験を持つ最高財務責任者(CFO)がいることが多く、機関投資家と対話を重ねています。投資家の考えを理解した上で、適切なコミュニケーションをできるメンバーが経営陣にいるかどうかは、個人投資家の方にとっても確認しやすいポイントになるでしょう。

経営陣は、投資家との約束を果たそうとしますし、投資家は約束が実現されたかどうかをみています。逆に言うと、経営陣は、過度な約束を投資家に行いません。グーグルやメルカリが上場時のIRで、短期的な黒字を追うのではなく、長期的な視点を重視し、継続的に投資をすると述べた点は特徴的です。

一般的な投資家が重視する指標でも、誤解を招くものは開示しないという特徴があります。例えば、マネーフォワードはIRの中で、売上高成長率の幅やEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の黒字化を目指していることを示していますが、来年度の利益予想はしていません。2012年設立のマネーフォワードは2017年の上場から当期純利益の赤字が続いていますが、時価総額は2,000億円を超えています(9月27日時点)。

ブリッツスケーリングの可能性を念頭に置き、IR資料を読むと、テック企業の将来性を理解する助けになるでしょう。

※本記事は、日経ヴェリタスにて連載された「スタートアップ王国への進路③」を転載したものです(2023年10月8日掲載)

髙原 康次

テクノベート経営研究所(TechMaRI) 副所長/グロービス経営大学院 教員

東京大学法学部卒業/グロービス・オリジナルMBA修了。丸紅で事業開発業務に携わった後、グロービスに入社。経営人材紹介、人事、法人営業、代表室ベンチャー・サポートチームリーダーを経て、現職。グロービス経営大学院の創造の生態系構築をリードする。米国CTI認定コーアクティブ・コーチ(CPCC)

※プロフィールは投稿日時点のものです