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名古屋校学生ブログ

◆MBAを学びはじめるまで

【MBAを学びはじめるまで】"目標"は立てたきっかけと思いが大切

2007年度入学/2010年卒業生の二宮 歌浩です。

私がグロービス経営大学院(以下、GMBA)で学び始めたきっかけと、
新たに自分自身に芽生えた"目標"について、このブログでまとめてみます。

グロービスに通い始めた5年前、私は「目標」なんて持っていなかった。
そもそも当時は、何か目標があって通おうと決めたのではなかったからだ。

私がGMBAに通い始めたきっかけは、
経営していた会社が諸事情により解散に至り、途方に暮れていた私のために、
妻がクリティカル・シンキングの無料体験講座を申し込んだのがきっかけだった。

自分も「会社を経営するにはやはり知識が必要」と考え通うことにしたのだが、
正直その「目的」はあっても、それをどう活かすかという「目標」がなかった。

当時の会社では、「企業目標」というものはあったが、
自分が決めたことではなかった。

自分が決めたことではないので「その目標を達成させるためにどうするのか?」
というものも持っていなかった。

卒業した今思うと、GMBAに入学するまでは自分にビジョンなんてなかったし、
仲間に「こうなりたい」みたいなことを言っていたと思うが、
実は「とりあえず何か言っておこう」としただけで、本意ではなかった。

でも今は「目標」がある。
「やりたいこと」がある。
「こうなりたい」という自分の将来像がある。

私は卒業式の日に仲間の前、家族の前で「宣言」をした。今は3年後、5年後、そして10年後のビジョンを具体的な内容で話すことができる。

それは自分の言葉であり、崇高に見せるような装飾はない。
そして、それに向かって行動している。

なぜ「目標」を立てることができるようになったのか?
そして、なぜ具体的なものにすることができたのか?

まず「漠然とした目標」は持っていた。
自分の深層心理の中に「漠然」としたものではあるが、持っていた。
しかしそれは人に説明できるようなものではなかった。

自分が「こうしたい」「こうなりたい」と思っていたことは何となくあったが、
それに向かって「目標」を立てることができなかった。
漠然としたものなので、本当にそうしたいかどうかはわからなかった。
そしてそれを具体的な形にすることをしなかった。
というよりできなかった。
それは「自分に自信がなかった」からだ。

今までの人生は失敗の連続だった。
人に裏切られたり、会社を失ったりした。
それを武勇伝にすることなんてできない。
多くの人を巻き込んで、結局は迷惑をかけてきたからだ。

自分の力の無さを痛感し、自分自身を信用することができなくなった。
これが「自分に自信がなかった」理由である。

分析するとこうだ、 "自分に対して信用ができないのであるから、当然自信なんてつかない。"
"自信がないから、目標があってもそれに向かうことができない。"

という理屈をならべて、
"人には自分の存在は認めて欲しいから、とりあえず何か目標らしきものは言う。"

これで逃げ場をつくっていた。

ではなぜ今は目標が立てられるのか。
忘れることが出来ないそのきっかけは「GMBAに入学するか否か」を決める時期だった。

グロービス・マネジメント・スクール(以下、GMS)で2年間学んできて、
もちろん当時よりは知識武装をしたし、 様々な業界の仲間達と切磋琢磨したことで精神的にも鍛えられ、刺激ももらった。
自ら進んでいろんなことを知ろうと努力もできるようになった。

しかしそれを「将来何に活かすか」というイメージができていなかった。

GMBAの入試試験では、課題エッセイを提出し、面接を受けなければならない。

その時の気持ちは、「とりあえず皆GMBAに行くと言っているし、自分も行こうかな」
という軽い気持ちだった。

とりあえず何か目標を立てなくてはならないので書いたが、そんな軽い気持ちでは
目標なんて立てることも出来ないし、今までビジョンを意識したことがなかったので
納得してもらえる内容なんて書けるはずがない。

案の定、合格はできなかった。
「自分はここまでだ」と考え、あきらめようとした。

しかし、もう一度トライしてみようと決めた。 そのきっかけは、ある人物の存在だった。

一人はグロービスに関係がある人物だ。彼はスタッフではあったが、
私にとっては一緒に切磋琢磨した同志であり、信頼できる友人だ。

最初のエントリーの時と合格できなかった後、
何度も親身になって「行くべきだ」と背中を押してくれた。
GMBAで学ぶ必要性を得ることより、この私のために何度も時間を作って
話をしてくれたことが、私を再度のチャレンジに向かわせた"きっかけ"になった。

今までは何でも自分一人でやってきた。特別相談するような人もいなかったし、
することもなかった。
あらためて「仲間」という存在を尊いものとして意識した瞬間であった。

もう一人は妻である。2年間GMSに通ってきて、家族の時間も
犠牲にしてきたはずだったが、妻はこう言った。

「あんな素晴らしい人達から離れてはだめ。
あなたみたいな人は彼等についていくべきよ。GMBAに行きなさい。」

今思えばグロービスの無料体験に私を連れて行ったのも妻で、
GMBAに「行け」と言ったのも妻だ。 恐ろしく出来た妻で私は幸せである。

今思えば、この二人は私の「コーチ」という存在だった。
コーチングという手法は使っていないものの、間違いなくその存在はコーチだった。

これで、目が覚めた。

今まで避けてきた「目標」の設定を必死で行った。
目標を具体的にするための知識は身につけた。
そして、目標を立てるための勇気をその二人からもらった。

何も恐れることはない。必死で自分の「あるべき姿」を書きまくった。
そこには思いが詰まっていた。

今までの人生で出会ってきた人達、そこには迷惑をかけてしまった人達、家族、仲間、
すべての人達がいた。

その人達への思いを込めて作った。
「装飾はしない。自分の言葉で書こう、そして自分の言葉で試験に臨もう」

その結果、合格した。

そして今年、尊い仲間達と共に卒業した。

今はその立てた「目標」に向かって思いだけではなく、形にするために実行している。

目標を立てられなかった私が、今ではビジョンコーチングもできるようになった。
確かに目標がなくても生きてはいける。
目標を立てることが全てとも言えない。
人それぞれ生き方があり、それぞれの価値観をもって生きている。
それは私自身、目標そのものが大切だとは思っていないからだ。

私の場合、目標を達成させるために生きているわけではない。
それはあくまでも人生の通過点にすぎないと思っている。
よって、目標までの行動指針は何度も修正している。

その時必要だと思ったら惜しまず変える。
必要なら目標そのものも修正する。

大切なのは、「目標を立てようとした時の自分の思い」だ。
それは忘れてはいけない。

「なぜそうなりたいのか」「なぜそうしたいのか」という理由は、
目標を設定した「その時の自分の思い」の中に存在する。
その思いがあるから「目標」の価値があり、それに向かって行動できる。

そしてもう一つ忘れてはいけないのが、
そう考えることができた"きっかけ"は何だったかということだ。 人生の中でその"きっかけ"に何度出逢えるか、
そしてその"きっかけ"にいつ気が付くかが、重要だと私は考える。

GMBAを卒業した今はやりたいことばかりである。
以前は目の前に起きている事象に対してしか興味が沸かなかったが、
今は10年先を興味をもって見ることができる。それは少なからずとも、自分に自信がついたからだと思う。

その中でも一番思いが強いのは、
「自分を変えるきっかけをくれた二人のキーパーソン、
そして一緒に学んだ仲間達のような存在に今度は自分がなろう。」

「出来るだけ多くの人に"きっかけ"を与えていける人物となろう。」
ということだ。

そのために何をすべきかは明確である。時間はかかるかもしれないが、
方向性は間違っていない。

ビジネスで新しく始めているのが、
コーチ事業、NPO団体を率いた地域活動支援とそれに関係するファシリテーター、
来年から始動する中小企業向けの新事業や講師業などである。

プライベートではグロービスの勉強会仲間と実際の中小企業の経営支援や、
カタライザー(GMS受講生のサポート)などを行っている。

今までの自分だったら絶対しなかったことを新しくやっている。
それは、目標を立てたときの思いがあり、きっかけを自らつくっているからだ。

性格は残念ながら変えることはできなかったが、人格を磨くための努力はするようになった。

最初は目標が漠然としたものでもいい。
それを形にしてくれる"きっかけ"を見つけることが自分を成長させてくれる。

それは人であったり、事象であったり、何でもいい。
「そうさせたきっかけは何だったか、その時の自分の気持ち、思いはどうだったか」
を大切にしたい。
それが、漠然としたものを具体的な形にしてくれると私は信じている。

今回は「目標」という月並みな内容を書いたが、
自分にとって大切にしていることの一つだったので書かせていただいた。

こういうことを自分の言葉で書けるようにしてくれた、
二人のキーパーソンとGMBAの仲間達には本当に感謝している。

そして、このようなことを今まで話したことがなかったので、
学生ブログを書く機会をあたえてくれた事務局にも感謝したい。
また"きっかけ"があれば是非書かせていただきたいと思う。

【MBAをはじめるまで】「自分を見つめる」

2010期生 "志・融・創" 丸尾 勝己

自分は社会に対して何ができるだろうか。
私は入学した今も考え続けている。

私はNEXCO中日本で高速道路保全事業の経営企画、 リスクマネジメントなどを担当している。

1956年日本道路公団が設立されてから54年の歴史があるが、 民間会社としての歴史は5年とまだ浅い。 そんななかで、経営の必要性を最も感じたことが学びのスタートだ。

とはいえ、そもそもGLOBISの門をたたいたのは「考える力」をつけたいと思い、 クリティカル・シンキングをGMSで受講したのが始まり。 今思えば「考える力」ではなく、激しい競争社会の中で歩いていける「自分」がほしかったということになる。

その後参加した、堀学長の経営セミナー「創造に挑み 変革を導く」
「自分の可能性は青天井だ。自分で限界を決めてはいけない」
という言葉に抑えきれないワクワク感を覚え、「キャリアセミナー」で自分の価値観を見つめなおす機会をもらった。

これを聞けば十中八九、GLOBISの戦略にはまりつつあるということになるが、
こういう機会を与えてくれる場所は他になかった。

今後の自分のビジネスライフの中で経営することが必要となるため、
経営の定石を学ぶことは成功確率を上げることができると考え、
まずは、2009年10月期より単科生として受講後に、 本科生としてMBAに挑戦することを決めた。

ただ、MBAへの障壁は3つあった。

1つ目は、『時間の確保』が難しいことだった。 平日は終日業務に追われ、週末は至福の時であったアコースティック・ギター のレッスン、読書や、特に大切にしていた家族との時間から 勉強する時間を確保しなければならなかった。

そんなわけで、 2つ目の壁である『家族の同意』がなかなか得られなかった。

家族会議では小学1年生と4年生の娘からは遊んでくれる時間が減る という理由から理解を得ることができず、 「それだけのお金と時間を使って、家族を犠牲にしてまで、あなたの何が変わるの?」
という妻の問いに答えられない自分がいた。

3つ目の壁がその自分自身の『目的の明確化』だった。
経営には興味があったが会社の経営層になりたいとか、
何か事業を立ち上げようとかいう明確な目的がなかったため、
前述の妻の問いが痛かった。

そんな3つの壁をどのように克服してきたかを、少しだけ紹介したいと思う。

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■時間確保

まず、時間確保については改めて自分の生活の中で優先順位をつけた。 「捨てること、やらないこと」を決めて実行することを意識し、 今の自分に不要な時間を削減した。

例えば情報伝達会議は極力出席せず、飲み会は1次会まで、 ギターレッスンも休止している。

■家族の合意

妻は 「学びの目的が明確でないこと」、「投資対効果が不明であること」、 「家族と一緒の時間が減ること」を理由に私との一進一退の攻防が続いた。

日々の決意表明、家族の時間をできるだけもつこと、
そして最後は私の一生懸命努力するという言葉を信用してもらい、
妻は渋々承諾してくれた。

その後、2010年4月の入学式を契機に徐々にグッドサイクルに
シフトしていくことになる。

入学式(この時点でも妻は快諾していない)のレセプションで
堀学長と話しをしている時に、堀学長は私の隣にいた妻に
「学校生活の2年間は集中させてあげてください」
とアドバイスしてくれた。

また、入学式でのゲストコメントではどの家族も一生懸命サポートする
というコメントをされており、その雰囲気につられて妻は
「私はまだ納得していませんが、やるからには頑張ってほしい」
と私にエールを送ってくれた。

これによって私自身にも変化が生まれた。

これまで妻の世間話に付き合いたくない性質であったが、 限られた時間を少しでも共有しようと世間話でも
しっかり目を見て話すように努力した。

不思議なもので、2人の会話も単なる世間話から社会的な問題に対して
問題解決するためにどうすべきかなど前向きな会話やコミュニケーション
が増えていった。

■目的の明確化

3つ目の壁である「目的の明確化」は今もその作業を続けている。

目的を明確にしてこそ効率的な学びができると考えていた私に、 クリティカル・シンキングの講師が 「なりたい状態は1つでなくても構わない。2つ3つある上で
自分のもっともやりたいことを見出していけばいい」 とアドバイスをしてくれた。

また、ある仏教詩人が次のように言われている。
「創造する人間は、絶えず危機の中に身をおかなければならないのです」

GLOBISでこれまでにない刺激や気付きを受けて、
自分の価値観を深く追い求め、
「社会に対して何ができるか」
自分をみつめながら、私の使命を醸成していきたい。

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そして、2010年4月から久しぶりの学生生活のスタートを切った。

仕事と学業で半年間すごくつらい生活を送ってきたが、 最近精神的にとても楽になった出来事があった。

今年の異常な暑さから逃れるため、有志によって避暑地で勉強会をした。 食事のときには志を語る。 そこで同志が私に気付きを与えてくれた。
「何でも全て自分でやろうと思ってはいけない」 とても適確なアドバイスだった。

私の性格上、多くのことを自分でやることが能力向上につながると考えるあまり、 気づけば仕事も学業もやりたいことがオーバーフローし、行き詰っていたのだ。

学生になると人間的魅力を持つ同志からたくさんの刺激をうける。
人的ネットワークも一つのGMBAの魅力であり、最大の
そして生涯の財産となっていくのだろう。

【MBAを学びはじめるまで】人生の中で、やりたいことはありますか?僕にはあります。

どうも、はじめまして
2010年の4月に入学した、森田智行です

縁あって、グロービスに通うことになって、
縁あって、今こうして学生ブログを書いています。

まず、簡単に自己紹介を。

大学までは実家の埼玉にいて、
就職してから初めて名古屋に来ました。

大学を卒業して、
新卒で今の会社(重厚長大産業なメーカーです)に就職しました。

会社では、内部監査の仕事をしています。
まぁ、嫌われ者ですね。
社内の内部統制の構築状況の評価等々をしています。

会社に入ってからは、ほとんど名古屋にいて、
早くも通算で10年経ちました。
さすがに慣れてきたといった感じです。

簡単ですが、自己紹介はこんなところで。

そして本題ですが、

今回は、私がなぜグロービスに通うことにしたのか?
ということについて書かせてもらおうと思います。


2009年の4月頃、
仕事の波が一段落して、ふと思ったことがありました。

「このままで良いの?」 二つのことについて、そう思いました。

一つは、
自分自身の力、能力について。

もう一つは、
自分のやりたいこと、やるべきことについて。 それまでの仕事での経験の蓄積や、
独学で勉強してきたこと、
それだけでは超えられない壁のようなものを
漠然と感じていました。
もっと自分のスキルを磨きたいと思っていました。 普通に安穏の生きて行くには、必要ないかもしれないですが・・・
でも、更に上を目指したいという気持ちがありました。


一方で、自分のやりたいこと、やるべきことですが、
仕事の渦に巻き込まれ、日々の仕事に流されていく中で、
学生の頃に思っていたこと、
今の会社に就職を決めたときの想いを
忘れている自分に気付きました。

「そうだ、これやるのに、ここにいたんだった・・・」
アホな話ですが、
正直自分でも忘れてしまっていました。

やりたいこと、やるべきことを思い出し、
自分の現状を考えたときに、
自分の中で、次の結論に至りました。
「やるためには、更なる上積みが必要だ...」

過去の蓄積は、あくまで我流のもの。
それだけでは、この先限界が来ると直感で思いました。

「さてさて、これをどうカバーしていこうか??」

そんなことを考えながら、時間が経っていきました。
色々と情報収集を行い、どうすれば自分に足りない部分を補えるかを
考えた末に出た結論は、
「そうだ、京都...否!!、ビジネススクールに行こう」と
いうものでした。
「ビジネススクール」という答えに辿り着きましたが、 「では、どこにする?」という 次の問いに直面しました。 自分の中で条件を考えてみると、こんな感じでした。 ①国内で夜間・週末型のところ
⇒会社の中でやりたいことがあるので、
キャリアの中断はしたくない。

②東京と名古屋で通えるところ
⇒途中で転勤があったときのために。
③講師と学生の質が良いこと(偉そうな感じですが・・・) ⇒環境の良し悪しは、結果の良し悪しに つながると思うので。 ④アカデミックでありすぎないこと
⇒論文書きたい訳ではないし、

使えなければ意味がない。

この①、②の条件で、日経のガイドブック見ながら
絞り込んでいくと・・・
ほとんどグロービス以外の選択肢が
なくなっちゃいました。

当時はグロービスのことは殆ど知らなかった状態でした。
本屋さんで「MBAシリーズ」を見たことがある程度。

ということで、「グロービスってどんなところだろう?」
という思いを抱きつつ、
2009年11月に、学長の堀さんのセミナーを申し込み、
同時にオープンキャンパス申し込みをしました。

当時の選択肢としては、グロービスしかなかったので、
正直、自分に合っていないと感じたり、
自分には意味がなさそうと感じたら、
ビジネススクール自体に行くのは止めようと思ってました。

そんなことも考えながら、
堀さんのセミナーに足を運んで話を聞いてみると・・・
「そう、そうっ、そ~ぉぉっうっ!!!」
という感じ(?)でした。
自分が思っていたこと、必要と感じていたことと
堀さんの話は、とてもシンクロする部分が
多かったのです。

その話の中で一つ挙げると、 「知行合一」 。 自分が好きな言葉は、
「義を見てせざるは勇無きなり」ですが、 結局は「行動」できるか?ということがとっても重要だと思います。
そう思って、なかなか出来ていない自分には、 「びびっ」と来ました。 「もうこれは、グロービスに通うしかない!!」
と思いながらも、
「いやいや、オープンキャンパスもちゃんと見てから...」
ということで、オープンキャンパスにも行ってみました。

オープンキャンパスでは、一通り大学院の概要説明が終わった後、
体験クラスが行われます。
その時のオープンキャンパスは、
概要説明=村尾さん
体験クラス=田久保さん、でした。

そして、その結果はというと
これまた心にぐっさり刺さる感じでした。 例えば、 「ここは根拠のある自信を身に付ける場」という感じの
フレーズ。
「根拠のない自信」で走り出す自分には「ぐっ」と
来ました。
「探し物はここにあった!!」 運命的な出会いだと勝手に勘違い。 「でも、実際にクラスはどうなの?」と思い、 単科生という「お試し版」の申し込みをしました。 (この時もまだ、ちょっと迷いが残ってました...)

そして、
2010年1月から単科生としてグロービスに通うように。

1月に受けたクラスは2クラス。
マーケティング・経営戦略基礎
クリティカル・シンキング

先に始まったのは、
マーケティング・経営戦略基礎でした。

いよいよ、クラス当日。

クラス開始⇒クラス終了⇒懇親会⇒帰宅
帰りの道すがら、思ったことは
「はい、グロービスに決定!!」

勝手がわからないままクラスが始まってから3時間、
一瞬たりとも気が抜けない状況でした。

クラスの人達との議論、講師からの問い掛け、
ボーっとしていたら直ぐに議論に追いつけなくなる緊張感が、
逆に心地よく、あっという間の三時間でした。

あっという間に感じた三時間でしたが、
その間ずっと頭を高速フル回転させていたため、
頭から煙が出そうになりました。

「ここなら行ける。大丈夫だ!!」
期待が確信に変わったときでした。
面白かったし、何より自分の必要としてた条件が
揃っていたと感じることができました。
もう一つのクリティカル・シンキングⅠも 確信を更に強めてくれました。

こちらのクラスも、
三時間頭をフルに高速回転。
クラス後の率直な感想は、
「つ、疲れた~」

ただ、これだけクラスで自分に負荷を掛ければ、
必ず自分の力になる。


そう思いました。

そして、2010年4月入学の試験に応募することに...

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めでたく、2010年4月に入学して、 心からリスペクトできる優秀で魂こもった、 仲間と教員の方々に囲まれ、 予想通りの楽しくも、大変で(本当に大変です・・・)、
でも着実に自分の力が増しいることを感じる、
そんな日々を過ごしてます。
でも、大変でも良いんです。
そういうのが趣味という訳ではないですが・・・) やりたいことがあって、そのために自分で決めたことですから。
やりたいことができるかは解りませんが、
できると信じて疑いません。
だって、できるかどうかは、
自分が諦めるかどうか?
ただそのことだけだと思いますから。 そして、大変と思う位でないと、
自分に負荷を掛けるくらいでないと、
自分の力になりませんから。
大変な思いをしないと、飛躍は望めませんから。

もし、同じような私と同じような悩みを感じる方がいたら、
一度グロービスのイベントに参加してみることをお薦めします。

何かのキッカケになるかもしれませんから。
(オープンキャンパスとか無料のものもありますし)

「すごろく」はサイコロ振らなければ、
ゴールには辿り着けないですからね


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最後に大学院行こうと考えていると相談したときに、
「You 行っちゃいなよ!!」とサックリ背中を押してくれた
我が最良のパートナーに感謝!!
(勿論、本当はこんなコメントではないですが・・・)

【MBAを学びはじめるまで】雑草魂経営者とMBAとの出逢い!

入学期:2010期 佐野博政

今回は私が「GMBAと出逢うまで」について
お話しさせていただきます。

当社は段ボールを材料として緩衝設計を行った
梱包材の製造販売をしております。

この設計は大変特異性のあるもので、
120センチの高さから1角3凌6面の10回連続落下試験を行い、
それでも商品を保護するというものです。

このような基準を求める企業はある特定の顧客以外にはなく、
その企業と当社は共に成長してきて参りました。

一方、競合他社の多くは郊外に工場があり、
設備も整えて標準的な製品の大量生産を得意としております。

ですから、設備が古い上に、
名古屋市の中心地から車で10分ほどの立地という当社は
業界の中では希有な存在であると思います。

そんな当社ですから、
顧客が求める汎用性のある製品を提供できる企業に成長しなければ、
顧客からの値下げ要請を飲むだけの企業に成り下がり、
衰退していくしかないと感じておりました。

そこで私は8年前
名古屋の経営者の勉強会である青経塾に入塾し、
経営者としての能力を高め、人脈を築き、
当社の成長のきっかけを掴もうと考えましたが、
6年間で手に入れられたのは、経営者としての「精神力(気合いと根性)」でした。

また、その青経塾の中小零細企業の経営者の方々は、
経営者としての自負もあり、
組織の中で拘束されるのが嫌いで、
自分がTOPとなり自由にルールを決め、
自分の思うとおりに経営することが目的の人が多く、
経営者としての「強かさ」、「どん欲さ」、を学びました。

次に、その中でも尊敬できる先輩の紹介で、
2年前に小売りを中心に業態を開発し
経営を教えている「革真塾」で学びました。

そこでの教えは、
小売業では有名な「ペガサスクラブ」という組織の考えを進化させ、
成功している業態をベンチマーキングして徹底的に技術を学び、
真似て自社に活かすことを教えておりました。

私が学びを通じて気が付いたことは、
『真似るにも技術と高い能力が必要』ということでした。

そこで何を真似るか考えたとき、
当社は製造業でありますが、生産性を高められる設備が無いため
優秀な製造設備を持つ競合他社を真似ることはできないと考え、
梱包資材や緩衝材を販売している小売りを真似ることにしました。

そこで、当社の資産を使い、真似ることが現実的に可能な業態として、
インターネットでの小売り販売に着目しました。

既存の事業のスキルが使え、出店コスト、販管費、
仕入力で競争優位性が持てると判断しました。

当社はコーポレートサイトを持っていたので、
それを改修して販売サイトを創りあげることにしました。

販売する商品は緩衝材のプチプチ(エアキャップ)と
巻き段ボールを扱うことに決めました。

その理由は、
今後ますますインターネットショッピングが盛んになり、
個人も企業もインターネットで受注した商品を発送する際は、
商品を保護するために使用する緩衝材や包装資材である
プチプチや巻き段ボールが必要であると考えたからです。

その事業を進めていく上でどうしても絶対に必要となることは、
仕入れメーカーや運送会社、融資を受けるための銀行、
競合他社とのアライアンスなどの交渉力でした。

この交渉力を磨くために、
まずグロービスのクリティカル・シンキングを受講してみました。
これは私にとって衝撃的な学びでした。

今まで私が学んできた事で、
これほど思考方法を明確に指導されたことが無かったからです。

グロービスで学び始めてからの私は、
物事を考えて相手に説明する際、
何について論じているのか、
何を解決するべきなのか、
何を伝えるべきなのか
を明確に考え、話し合う様になりました。

これにより、銀行や仕入れメーカーとの交渉も
圧倒的に優位に進めることができるようになりました。

さらに、ビジネス定量分析マーケティングⅠ
アカウンティングⅠファイナンスⅠを学んでいくと、
今まで漠然と学んできた青経塾や革真塾に繋がってきました。

成功されている経営者の方々が、
中小零細企業の経営者に伝える際、
事細かに説明しても伝わらないため、
テクニックや手法だけを指導しております。

しかし、それを深く理解し、分かって使うのと、
分からず教わったから使うのでは全く違います。

それでは問題が発生したり、行き詰まった時に
解決し前に進むことができません。

実際、私も青経塾や革真塾で教わったことを
直ぐに実行してきましたが、
そのたびに行き詰まり、
先生や先輩達にその都度伺っていました。

このような経験から現状の問題に立ち向かう上で、
絶対にMBAの知識と能力が更に必要だと感じて
学ぶことを決めました。

これが私のMBAを学ぶ動機となっています。

また、学び始めてから気が付いた中に、 過去の失敗も何故失敗してしまったのか、 ファイナンスⅠやアカウンティングⅠの学びを通して 理解できるようになりました。

今では笑い話になりますが、
次回は私の失敗談をお話しさせていただきます。
乞うご期待を・・・・・・。

【MBAを学びはじめるまで】悩み、考え抜いた末の決断  

2008年春、若葉青葉をわたる風も快く感じられる季節なのに、
私は霧の中を彷徨っていました。

転職して丸3年が経過した頃です。

私は転職する時、異なる業界で異なる職種を試してみたいと思い、技術系ベンチャー企業で営業と採用の職に就きました。

ベンチャーを選んだのは、会社を一緒に創っていきたいという想いと、
大手企業よりベンチャーの方が担当する領域が広く、色々吸収できると思ったからです。

転職して最初の3か月、
結果を出さなければこの職は無理だろうと
自分へのプレッシャーをかけて結果を出しました。

そして半年1年と
目標を次々と立てては達成し、
3年が過ぎました。

とても充実した3年間でした。

しかしふと立ち止まった時、
これでいいのだろうかという気持ちが湧き、
新たな風を取り込みたいと思うようになりました。

そんな折、グロービスが名古屋に大学院を作るという情報が入ってきました。

今まで私は1年に1クラスGMSで学ぶ程度、
クラスに通っている時は学びを仕事に活かそうと意識しますが、
通っていない時は目先のことに追われてしまう。

そう、私は"継続"が苦手。


元来飽きっぽい性格なのでしょう(笑)

自分のこれまでの学びのスタイルは、あるモノをマスターする際、 1つのスタイルを継続するのではなく、書籍やセミナー、交流会、体験など色々なスタイルの中で学んできました。

だから第一戦で仕事をしている講師陣がみえて、
かつ様々な業界で働いている仲間と学ぶ大学院に身を置いた方が
自分のスタイルに合っていると思いました。

そこで早速説明会に行きましたが、
エッセイを書き出したのは第一回試験の2週間前。

短い間に何回も書き直しましたがしっくりこない。エッセイ提出締切の前日、
徹夜で書き直し、締切時間ギリギリにグロービスに向かいました。

当時の事務局担当者に提出する予定だったのですが、何か心に引っ掛かっており、
"やっぱり今日はエッセイを提出するのをやめます。もう少しじっくり考えます。"
と言ってグロービスをあとにしました。

よく迷ったときは"やってみなさい"といいますが、
私の場合あまり悩むことはないだけに、このような時は逆に、原因が明確にならない限りうまくいかなかったのです。

だから明確にしたいと思いました。

少しずつ自分を見つめ直していくと、あまりにも現実を重視していたことで、
本当にやりたいことに蓋をしていたことが分かりました。

その後私は、子供の頃まで立ち返って何に楽しみや喜び、
生き甲斐を見出していたのか、
玉葱の皮を一枚一枚むくように自分の心を見つめ、
気付いたことをノートに書き綴りました。

そのときぼんやり見えたのが "音楽"と "子供" というキーワードでした。でも漠然としたままではいけないと思いました。

なぜならMBAを学ぶのに、生半可な想いでは
途中で自分の心が折れると思ったからです。

そんな時、村尾さんのキャリアセミナーを受講する機会がありました。

モヤモヤしている想いを思い切って村尾さんにぶつけてみました。
"MBAを学ぶ前と学んでいる途中では目標が変わりましたか?"
という質問。

すぐさま
"はい、変わりましたよ"
と笑顔で答えてくださいました。

それは、学んでいくうちに社会に貢献したいという気持ちが
次第に強くなったからだという理由でした。

それを聞いて心が軽くなったのを今でも覚えています。
村尾さんの一言が私の背中を押してくれました。

私は今の会社で社会貢献をしていきたいと思っていますが、将来的には

"音楽を通じて、多くの可能性を秘めている子供達に、
感性と創造性を育むための「場」を創りたい"

という想いがあります。


まだ明確になっていませんがそれでもいいと思っています。

なぜなら漠然とした想いでも、行動に移してみることでその想いを強くすることができるかもしれない、
また新しい何かを発見できるかもしれないと思ったからです。

もちろん想いを実現するには、そこに行くまでの道筋、
自分のキャリア戦略を立てなければなりません。

私は音楽業界に長くいたことでビジネス経験が少ない。だからビジネス全般のスキルを身につけたいと思いました。

1つのことを深堀するだけでなく知見を拡げ、そのあとまた深堀することで、
深さと拡がりのあるT字人間を目指そうと思いました。

ここまで行き着くのに色々悩みましたが、
自分自身のキャリア戦略を考えるうえで価値のあるプロセスでした。

入学してからの1年、仕事との両立が大変でしたが、それ以上にここにいられることに感謝しています。

なぜならビジネスを学ぶだけではなく様々な業界で活躍されている講師陣から人生の指針となる教えを学べること、
そして同じ志を持った仲間が何よりも大きな刺激になっているからです。

また自分が得るだけでなく、一歩踏み出してアウトプットする ことで、周囲に何らかの影響を与えたいという "Giveの精神" が強くなってきました。

何を始めるにも、 "志" があってこそ。

そして "環境は人を創る" ということを肌身に感じています。

色々な思考を持った多くの仲間と交流をしながら、
自分の志を磨いていきたいと思っています。

2009期生 清水

【MBAを学びはじめるまで】MBA受講のきっかけ ~技術と新たな視点への気付き~

【はじめに】                          

私は某自動車会社に勤める技術者です。

技術者がなぜMBAを志すのか。
よくこうした質問をいただきます。

私は、技術者にとってもMBAは非常に大切なものだと考えています。

なぜならば、
技術者にとって技術を考える上で大切なことは
「お客様に思いがけず喜んでいただける最高の満足を提供する」
使命感であると考えているからです。
この中でお客様とは、エンドユーザーはもちろん自部署の後工程も含みます。

これが無ければ技術はいずれ陳腐化したり淘汰されてしまいます。

そのためには

技術以外の経営的視点(時代とのマッチング、顕在・潜在ニーズ、実現性、継続性など)
トータルでの判断が不可欠であり、
その共通言語とも言えるMBAを習得することで
経営と技術を直結することが益々重要になってきていると感じています。
           

このような考えに至った経緯や自分の想いを整理しながら
記していきたいと思います。

「了解!それではこの仕様で導入することを決定しよう!」
疲れきっていた意識の中で僕は一瞬反応が追いつかず理解できなかった。

それは開発中の環境技術の海外工場への導入を現地責任者が認めた瞬間だった。

「本当にできた。あれだけ諦めようと思ったのに。」
「間に合った」
と自分に言い聞かせた。

2005年4月 私はある新しい環境技術の開発に着手した。

当時はグローバル展開が急激に行なわれ、
海外には環境にやさしい技術で展開することが
責務であることから開発が急務となり、
周辺技術を経験してきた私が技術の確立、
製造設備の設計、
新しい品質管理手法までの開発を担当することになった。

この開発は数年前より役員から指示も下りていた。

過去10年間数人のメンバーがチャレンジしてきたものの適用できなかった。
実現性が低い上、メイン技術を支える技術で目立たないこともあり先延ばしされてきた。

そこに対して私達の部門にもう一度カミナリが落ちた
「まだやっていないのか!」
こうして担当が私に変更され再度挑戦することになった。

今回もこの開発は実現性が低い、できるわけがない、そんな雰囲気が漂っていた。

人材も私と後輩の二人だけ
私は、やり場のない気持ちになっていた。

そんな中でグループマネージャーだけは
技術という視点から真剣に取り合ってくれた。

過去に実現できなかった現実ではなくて、
どんなメカニズムで実現できないのか?

そこを真剣にかつ真摯に考えてくれた。

そうしたコミュニケーションを取る中で、
できるところまではまずやろう、
となぜか強く思えた。

そして技術的に実現が難しいならそれを証明して、
この仕事を止めるように提案すればいいんだ、
とある意味で割切れた。

過去の振り返りとこれからの計画を1ヶ月程度で整理し
キックオフ会議を行った。

社内の反発は最初は高かったが
各部署のキーとなるメンバーとの個別に計画を何度も説明することで合意を得ることができ、
徐々にプロジェクトとして認識されるものになった。

普段は自由にやらせてくれるグループマネージャーは、
私が困るころになると現場にふらっと来て私に指導をした。

まだまだ見方が足りない。
そんなやり方では技術の壁は越えられない。
そんな想いが伝わってきた。

また時には、
技術メカニズム解明一辺倒に走る私に対して
冷静になる一言をくれた。

「お前は見ているところがずれていないか?」                  
「そこがそんなに今重要なのか?」
「研究して終わりではないんだぞ。」
「実現するためにやることがあるのではないか?」
「開発技術にマニアックになりすぎるな。」
「簡単に製造する方法、海外流通ルート、法的対応、人とのコンセンサスの視点は良いか?」

質問を投げかけるとふっとどこかに消えてしまうのが
いつものスタイルだった。

言葉は少なかったが技術を世に出すために必要な視点を本気で教えてくれた。

とにかく、とことんやってやろう。
たとえ実現できなくても。
従来のやり方に囚われず必要であると思うことをやりきろうと思った。

日本に数台しかない精密評価装置を自由に使うことができれば
技術解明に繋がる可能性があった。

無理を承知でいくつかの研究所へ交渉した結果、
ある企業の研究所と連携することで
評価装置を自由に活用する状況を作り出すことができた。

また、開発オプションを幅広く持つために
大学と連携し可能性のある技術の評価を続けた。

さらに、技術解明後に海外展開できるように
サプライヤーとの準備も進めた。

その結果、

6ヶ月ほどで障壁になっていたメカニズムを
解明するところまで到達することができた。

そして、自社技術とサプライヤーの技術や流通ルートを活用することで
海外展開が実現できることを確認した。

安堵のひと時に包まれながら、
今回の一連の開発を振り返りながら私はふと思った。

とことん集中して自由にやってこれた。
このように行動できたのはなぜだろう。

ベースにはグループマネージャーの
「自由に行動させ、必要なときには根回しする」ことを実践してくれたことが
私の心の支えになり、私の行動をアクティブにしたことが大きかったことを改めて実感した。

グループマネージャーは、
日常的には部下自らに行動させ手を出さないが、
頻繁に現場を視察し問題点や、やり残しなどを徹底的に把握しておき、
部下が困っているときに適切な判断をしてくれた。

こうした困難な状況を乗り越える経験は何回できるのであろうか?

また次に来る難しい問題は解決できるのか?

将来、私は後輩のチャレンジを後押しし、
課題解決の道を言葉にしたり、
暗に示しながら導くことができるのであろうか?

自信がなかった。

私は、この経験を通して技術開発において、
夢中に走るメンバーが着実に変革プロジェクトを遂行できるよう
指導できる力を身につけることの大切さを教えてもらった気がした。

環境変化のスピードが上がる中、
実務では経験、指導してもらっていないことに対しても
着実に方向を示して進んでいく必要がある。

そして、一人ひとりが今まで以上にブレークスルーを
繰り返していける集団でなければならない。

技術者としてどんなスキルや想いを持っていれば良いのであろう。

このまま企業の中で学ぶ機会に身を委ねていて良いのだろうか?
自分の能力を磨き鍛えることのできる時間はどれだけ残されているのか?

そんな時、以前、企業内研修でお世話になったことのある
グロービスのことを思い出した。

創造と変革の志士を目指す集団に飛び込んで、
技術者として経営をしっかり学んでみたい。


チャンスは今しかないと思った。

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名古屋校学生ブログのページ。実践的なMBA(経営学修士)のグロービス経営大学院。リーダー育成のビジネススクールとして、東京・大阪・名古屋・仙台・福岡・横浜・水戸・オンラインでMBAプログラムを提供しています。