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【番外編】大連・上海を旅して~第1部:大連編~

ブログも3回目に突入した。

ブログのテーマは「農業」であるが、今回は内容を変更し、
先般、
グロービス東京・名古屋・大阪の有志約30名と共に
大連、上海を訪れた時の感想を2部構成で書いてみたいと思う。

まずは第1部:大連編

4月15日水曜日。
3泊4日の予定で、成田を飛び立った我々は現地時間の正午過ぎ、
中国の大連空港に降り立った。
時差はマイナス1時間。
緯度が東京に比べ高い為、気温はやや低いが天気は晴れ。
旅の始まりとしては程よい「お日柄」である。

大連市は人口約500万人。
瀋陽と並ぶ中国東北地区の中心都市で、旧満州国の時代に日本人が
多く移り住んだ事から、日本語を解する人も多く比較的親日的な町である。

地元出身のガイドさんの話によると、中国東北地方の人々は
ビジネスをする上で「信頼関係」を重視するそうだ。
「儲け」はその次。
日本人の国民性に似ている所があるという。

ガイドさん曰く
「日本人は、中国人の多くが、金儲け主義、個人主義、
人を信頼しない等々という見方をしているが、少なくとも
中国東北地区の人はそういう傾向は少ない。」との事。

なるほど。確かにあれだけ広大な国土を持つ中国。
それぞれの地域で歴史的な背景も異なる。
当然ながら人間性に違いが出るのも至って自然 。

中国人をひとくくりでステレオタイプ的に見る事がいかに意味を
成さないかという良い教訓であった。

ふと、バスの車窓から外を眺める。
車窓から見える大連の町は、昔の中国的な面影は少なく、
とにかくビルやマンションの建設ラッシュ。
市内中心部だけでなく、郊外にもビル、ビル、ビル。
マンション、マンション、マンション。である。

大連では5年後の人口を2倍の1000万にする計画が国策として
動いているらしくそれを当て込み、国内外から旺盛な投資を呼び込んでいる。

日本が1970年代に経験した都市化が北京、上海だけにとどまらず
中国の各都市で起こっている。

良いか悪いかは別として、旺盛な中国経済を下支えしている国策の存在は、
物質的豊かさを目指す中国人のモチベーションを維持する上で必要不可欠な
存在となっているようだ。

 さて、我々の今回の旅の目的は大きく3つある。

1、現地(大連)企業を訪問し中国におけるビジネスの実体を探る。

2、日露戦争最大の激戦地203高地を訪れ、自分自身の歴史観を作り上げる一助とする。

3、アジアNO.1ビジネススクールと言われる上海のCEIBSを訪れ、ビジネス、文化、
    キャリア等のテーマについてのディスカッションにて、学生どうしの交流を深める。

まず、現地の企業として我々が訪れたのは、
大連にある「Neusoft」というソフトウェア企業と「大連マブチモーター」の二社である。

このうち「Neusoft」についてとても興味深い話が聞けたので書いてみたい。

「Neusoft」(ニューソフトと呼ぶ)は1988年中国東北大学(NEU)の3人の教授が
研究費用3万元、286コンピュータ3台で
「コンピュータ・ネットワークエンジニアリング研究室(計算機網絡工程研究室)」
を開設したのが始まり。

1991年、日本のアルパインとの間で産学共同合弁企業として設立された。
1996年には中国初上場のソフトウェア会社になる。

その後、電信、電力、交通、社会保険等国家的なインフラを支えるITソリューションの開発、
海外企業の開発部門のアウトソーシング請負事業で順調に成長し、
2010年時点で年間売上約550億円、従業員数約16,000人、中国に地域本部8か所、
ソフトウェア開発・技術サポートセンター16か所、ソフトウェア研究開発5か所を設立し、
40余りの都市に販売・サービス網を構築している。

さらに大連、南海、成都、瀋陽に「Neusoft情報学院」3校、
「バイオ医学・情報エンジニアリング学院」1校を設けている。

つまり企業が大学を併設しているわけである。

我々一行は、まず大連郊外にある「Neusoft情報学院」を訪れた。

ここは、「Neusoft大連開発基地」内にあり、
その広大な敷地内には「Neusoft」の研究開発部門だけでなく
協力関係にある米国のHPや日本のアルパインのR&Dセンターも入居している。

この「Neusoft情報学院」正式には「大連東軟信息学院」には中国各地から
IT技術の習得を目指す優秀な若者が集まり、日夜勉学に励んでいる。

我々が案内された図書館では、数100名の学生が黙々と勉学に励んでいた。
おしゃべりはおろか物音ひとつ立たない。
我々のシャッターを切る音だけが静寂の中でこだましていた。

彼らの中で優秀な学生は、そのまま「Neusoft」に入社でき、
充実した環境の中で仕事に打ち込む事ができる。
もちろん待遇面も悪くない。
彼らがその競争を勝ち抜くために必死に学んでいる姿から、
いかに「Neusoft」が魅力的な企業なのかが伝わってきた。

続いて、我々は「Neusoft」社の本社に案内された。
本社は大学とは別の敷地の「Neusoft大連ソフトパーク」内にあり、バスで15分ほど移動。
ここの敷地も広大で、山の斜面を切り開いて造られている。

東京ドーム何個分だろう?とにかく広い。
ここの入り口では、さながらアメリカのMicrosoft社をイメージさせる「Neusoft」の
白い大きな看板が我々を見降ろしていた。

本社玄関に到着すると我々を迎えてくれたのは副社長の徐氏と日本語の堪能な金氏。
金氏の通訳の元、副社長直々の案内で、ショールームの見学、そして会議室での
ディスカッションが行われた。

設立当時の1990年代は世界規模でITの成長にドライブがかかった時代。
しかし中国はそれに乗り遅れていた事はいうまでもない。
そんな中わずか20年でここまで成長できた経緯を説明頂き、今後の目指すべき方向性も示して頂いた。

成長の原動力は3つあったという。

1つ目は、
当時の中国では珍しいソフトウェア開発企業であった為、国の支援を受けやすかった点。

本社のある広大な敷地「Neusoft大連ソフトパーク」は中国のソフトウェア基地として
95年に建設が始まり96年に運用が始まっている。

2つ目は、
欧米の有力企業との合弁会社設立によって、開発技術の向上、事業領域の拡大に成功した点。

99年にOracle、2000年にNokiaとMotorola。

3つ目が、
優秀な人材の獲得と育成を重視した点。

彼らはこれを「ヒューマンリソース開発」と呼んでおり、
上記の「Neusoft情報学院」の設立によって優秀な人材を学生の段階から囲い込み、
育成し、自社の即戦力として採用。

さらに彼らのロイヤリティを高めるための人事システムを構築し、快適な仕事環境を提供している。

以上の要因で今では中国にはなくてならないIT企業のひとつとなったようだ。

国の支援や、国外企業との合弁によって拡大してきた経緯を見ると、
かなりハンデをもらった上での事業拡大なので、ある意味ラッキーな側面もあるなと思った。

しかし彼らは、中国内に止まろうと思っていない。
(このようなケースだと、日本の企業であれば、そのポジションを活用し
国内インフラのIT整備のみに軸足を置く戦略をとるだろう。)

海外企業のアウトソーシング請負事業はすでに全売り上げの40%を占めており、
彼らの目線はすでにグローバルである。

グローバルで競争する事を前提に戦略が立てられ、資源配分が行われ、人材が育成されている。
国と企業が組み、グローバルで通用する国内企業を育成する。

恐らく、中国企業のグローバル展開のモデルパターンを作り上げようとしているのではないか?
そう思わず にはいられなかった。
中国の強さというより「末恐ろしさ」を思い知らされた企業訪問であった。

Neosoftを後にした我々は、大連マブチモーターの工場を見学した後、
総経理の古今さん(グロービスの元クリシン講師)と夕食を共にし、
大連スイッシュホテルにチェックインした。

初日から、中国のスケールの大きさ(規模も考え方も)を痛感して興奮していたが、
夕食時に飲んだ「白酒:パイジュ」が効いてきたのか12時過ぎには深い眠りについた。

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「【番外編】大連・上海を旅して~第1部:大連編~」のページ。実践的なMBA(経営学修士)のグロービス経営大学院。リーダー育成のビジネススクールとして、東京・大阪・名古屋・仙台・福岡・横浜・水戸・オンラインでMBAプログラムを提供しています。