名古屋校

名古屋校学生ブログ

2010年

【MBAを学びはじめるまで】扉は開けるためのもの 

GMBA2010期 名古屋校 塩野美里
食品会社 経理部門勤務

■グロービスとの出会い

私がグロービスに出会ったのは、3年ほど前です。

仕事で、自分の意思をなかなか相手にうまく伝えることができないことに悩んでいると、
上司がグロービスの「クリティカル・シンキング」を薦めてくれました。

最初は「ビジネススクール」自体をよく知らなかったので、 なんかバリバリの人がいっぱいいて恐そうだし、 休日に遊んだりする時間がなくなるだろうし・・・と抵抗がありました。

ただ、薦めてくれた上司の手前、理由もなしに断れないと思い、 「私には向かない」という断る理由を見つけに説明会に参加しました(笑)

断る理由を見つけるために参加した説明会。

その説明会では、授業を体験する時間があったのですが、 "面白い!" と瞬間的に感じました。 今まで、自分には見えていなかった新しい扉が、
急に見えてきたかのような感覚がしたのを今でも覚えています。

すぐに受講を決め、わくわくしながら臨んだ「クリティカル・シンキング」では、
気づくこと、学ぶこと、アウトプットすることの楽しさを実感。

その後も「ビジネス・プレゼンテーション」や「ビジネス・ファシリテーション」など、
思考系のクラスを受講し、どんどん仕事で試していきました。

周囲から「変わったね」と言われるようになり、
仕事で自分らしさを出すことを楽しんでいました。

■単科生としての悩み

そのまま、調子に乗って単科生として「マーケティング・経営戦略基礎」を受講。

内容自体はとても面白かったのですが
学んだことを仕事にダイレクトに生かすことができなくて、
欲求不満になりました。

確かに、知識は増えたし、世の中や会社を、前より広い視点で
とらえられるようにはなったけれど、こんなに時間もお金もかけて、
学んだことを生かせないんだったら意味がないのでは・・・
と思うようになり、一旦受講をストップすることに。そして、「自分はどうしたいのか」という答えを探し始めました。

いろいろな人の話を聞いてみたり、本にヒントを求めてみたり・・・

そのときは「これだ」と思うような答に見えても、
しばらく時間がたつと色褪せて見えたりして、
なかなか見つけられずにもやもやする時期が続きました。

■MBAを取りたいと思った理由

半年間、自分を振り返ってみたり、人や本との出会いを通じて、 ようやくもやもやが晴れて、自分の想い が見えてきました。

単純ですが「世の中の役に立ちたい」という想いです。

それは自分の心の底にあったはずなのに、
就職活動やそれまでの社会人生活では漠然としていて、
現実味のあるものとしては見えてこなかったものでした。

自分がグロービスと出会い、成長する喜びを感じることができたのは、 機会に恵まれたからです。

ただ、そういった機会に気づくことができない、
機会があることさえ知らない...そんな人が多いのではないか?
そして、「機会」を提供できるような人間が一人でも多ければ、
「機会」が少しでも広がって、世の中はいい方向へ進んでいくのではないか?
と今まで感じていたことが、 「世の中の役に立ちたい」という想いとつながったときに、
「機会」を提供できるような人間になることで、社会の役に立てる!と気づきました。

「機会」を提供できるような人間になるには、 いろいろな方法があるものの、何がやりたいかはまだ分からない。

ただ、MBAを取得することで選択肢が広がって、いろいろな扉を開けていくことができる。
そう感じたのです。

■グロービスに決めた理由

MBAをとるにあたって、通信制のスクールも検討したのですが、
実際に内容を見てみると、ネット上でのやり取りが中心。
人と話をするのが好きな私は、向かないな、と思いました。

また、それまでにグロービスで出会った人たちが魅力的な人たちばかりだったこと、
授業で得られた満足感が大きかったことから、あまり迷わずにグロービスに決めました。

■グロービス経営大学院に入学して

平日は仕事、仕事が終わってからは勉強、土日もクラス受講か勉強・・・
という日々は、今までとは比べ物にならないくらいとても密度の濃い時間で、
精神的にも身体的にも正直辛い・・・と感じることも多いです。

でも、いろいろな気づきを得て、
自分が少しずつでも成長していることを実感できる喜びには代えられません。

そして何より嬉しかったのは、お互いを認め合う仲間ができたこと。

勉強会や飲み会、イベント...一緒に過ごす時間が長くて濃い仲間は わたしにとって、一生の宝物になると思っています。

■進学を迷われている方へ

人にはいろいろ大事にしたいものがあり、
その大事さの度合いによって時間やお金を振り分けているのだと思います。

ですが「機会」というものは、その大事さの度合いが測れないからこそ、
それがまだどういうものかわからないですし、
目の前にあると当たり前のように思えてしまうので、
その貴重さがわからないのだと思います。

でも、もし、グロービスに少しでもわくわくした感じを覚えたのなら
とても素晴らしい「機会」だと思って、新しい扉をちょっとでも
開けてみたり、覗いてみたりすることをお勧めします。
もし違うんだったら、また違う扉を探せばいいだけのことですから。

私は、もし扉を開けていなかったら、
どんなに狭い世界で人生を送ることになったんだろう・・・
とぞっとすることさえあります。

扉を開けたことによって、また次に新しい扉が見えてきて、
どんどん動いていることを実感できています。

特に女性にはどんどん扉を開けていって、 自分の可能性に気づいて選択肢を広げてほしいと思います。

(まだまだMBAを目指す女性の割合は少ないので、
なにかと目立ってチャンスが多いです!)

【MBAをはじめるまで】直感と縁と自分の思いを大事にして

GMBA2010期生 田中尚樹です。

今回、私がなぜMBAを学ぼうと考えたのか、
GMBAの門を叩いたきっかけ、単科生を経て本科生への移行を決めた理由や
どのようにして家族の理解を得たかなどについて書き綴ってみたいと思います。

◆なぜMBAを学ぼうと考えたのか

「このフロア、皆、覇気がない。そして、自分自身もそうなってないか?」

2008年の春、職場でデスクワークしているときにふと感じたこの感覚が、
私がビジネスを学ぼうと思ったきっかけになっています。

私は、メーカー勤務の技術屋です。
現在はR&D部門のグループの技術責任者として新規製品開発に従事しています。

担当の頃から、自分の手掛けた製品を世に送り出し、
多くの人に喜ばれたい一心で仕事に取り組んできました。

ただ、なかなか開発製品を事業として結実させるには至らず、
「事業を作る難しさ」について、年々意識せざるを得なくなっていました。

そして、自分のふと感じた感覚から、掘り下げて考えてみたところ、
皆に元気がないのは、新しい事業が立ち上がっていなからだ。

それは、R&Dに従事する(自分も含む)多くの仲間の努力や想いが
報われていないことを意味する。

元気になるための何よりの特効薬は事業を創ることではないか。
でも、事業を創るって、いったい何をどうしたらよいのだろう? という問題に直面しました。

◆GMBAの門を叩いたきっかけ

グロービスをはっきりと認識し出したのは、
会社に元気がないなと思い始めたちょうどその頃です。

休日、自宅で日経新聞を読んでいたら、グロービスの広告が目に留ったのです。
これまでもグロービスの広告は何度も目にしていたハズなのに、
ただその時は、目に留まり、そして興味を持っている自分がいました。

モヤモヤしている自分と記事との出会いに、何か縁めいたものを
感じざるを得ませんでした。

問題解決のキーワードとして、「ビジネスを学ぶこと」を発想するに至ったのは、
まさにこのグロービスの記事だと言っても良いかも知れません。

直感的ですが、「踏み込むべきはこの世界なんだ」と思いました。

それから、グロービスほか、一通り、
他のMBAスクール、MOTスクールのリサーチをしました。

最初にグロービスと出会い、運命めいたものを感じていただけに、
多少のひいき目はあったものの、

特に重視した、

① 受講スタイル

② カリキュラム

③ 学びを継続させるインフラの充実度

④ 異業種人材の豊富さ

⑤ 人材交流ネットワーク網

において、グロービスに軍配が上がりました

念のため、肌感覚でグロービスの雰囲気を確かめようと思い、
オープンキャンパスにも参加しました。

どきどきしながら、クリティカル・シンキングの体験クラスに参加したのですが、

講師の闊達・明快なクラス進行、インタラクティブに進むクラス、
フレームワーク思考という考え方、、、多くの刺激を受けて思いました。

「よし、グロービスにしよう。」

◆単科受講と家族の理解

家内には、ビジネススクールに行って学びたいことやグロービスの存在について、
少しずつ話をしていきました。

ただ、子供も小さいこともあり、初めは2つ返事とはいきませんでした。
家族との時間、金銭面、僕の体のことを心配してのことですが、
そもそも、思いつきでないのか?、続くのか?、何のためになるのか?、 といった至極当然な疑問を投げ掛けられました。

話だけでは所詮、絵空事。これは、本気度を態度で表わすしかない。

それから、学校案内やガイドブック、MBA関連書籍などでいろいろと比較検討しながら、 オープンキャンパスにも足を運び、まずは単科生制度を利用しようと考えました。

ただ、独断で決めてしまわず、事前にしっかり説明はしました。

特に金銭面の不安は取り除いてあげたいと思い、
単科生制度であれば、
金銭的な負担も小さくて済み、続かなければそこでストップできること、
一方、続けるのであれば、
取得した単位分の受講料は本科入学後に繰り越せるので無駄はないこと
などを説明しました。

あとは、僕の思いです。 「100倍にして返す!」 (なお、100倍というのは思いを具体化するために使ったもので、
特に定量的なところに深い意味はありません。あしからずご了承ください。)

とにもかくにも、そこまで言うならと家族の了解を取り付けることができ、
2009年4月から単科受講をスタートさせました。

あとは、僕の行動でもって、残っている不安感を取り除いていこう。

◆そして本科入学へ

単科では、技術経営基礎を皮きりに、クリティカル・シンキング、リーダーシップと人材マネジメンント基礎、アカウンティング基礎ビジネス定量分析と基礎科目を中心に受講していきました。

家族も、私が仕事から帰った後や休日に予習復習している姿や、 欠かさずクラスを受講し続ける姿を見て、理解し応援してくれるようになりました。

今では、学びの時間確保を優先してくれるようにまでなっています。

そして、とにかく単科受講を通じ、
クラスメイトから毎回頭をハンマーで殴られるような良い刺激やパワーをもらい、 新たにスキルを学ぶことに楽しさを覚え、
自分自身が少しずつ成長している感覚を味わえました。
その過程ではじめに抱いた想いもどんどん強くなっていきました。

「よし。素晴らしい多くの仲間がいる会社を元気にするために、
身に付けた能力やスキル、 想いを以って自らが新事業を構想し、
けん引役を担う人材になってやろう。」

「さらには、 自らがビジネス構築する(やればできる)ことを体現し、
周りにポジティブな影響を与えられる存在になって仲間を感化し、
その結果、 皆が成功体験を得ている会社、自信と誇りに満ちて、
活き活きとしている会社にしてやろう。」

「それにはまだまだ自己研鑽も必要だし、 もがき苦しむことも必要だ。
中途半端にはせず、最後までやり遂げよう。
まずは本科に身を置き、高いレベルに自分を追い込んで、
一度集中して勉強してみよう。」

当初、2009年11月入試を予定していましたが、
もう、迷う理由はない、やると決めたなら行動は早い方が良いと、
2009年9月入試を受けました。

書類審査を通過し、10月中旬に面接に臨みました。

面接官は「自問力のリーダーシップ」の著者でもある鎌田さんでした。

(余談ですが、鎌田さんのニックネームが「軍曹」ということは著書で知りました。
斯く言う私も、会社の後輩から(陰で鬼?)軍曹と呼ばれていたこともあり、
ここでも縁を感じずには居られませんでした。
ちなみに、今、グロービスでクラスメイトからのあだ名は軍曹です)。

面接では、一通り、想いをぶちまけ、あっという間に30分間が過ぎました。

そして、10月30日付 晴れて〔グロービス経営大学院大学 合格通知〕が手元に。

今、まさに熱い仲間とともに、互いの志を実現するため、
切磋琢磨の日々に身を投じています。

入学してよかった!

【MBAを学びはじめるまで】"目標"は立てたきっかけと思いが大切

2007年度入学/2010年卒業生の二宮 歌浩です。

私がグロービス経営大学院(以下、GMBA)で学び始めたきっかけと、
新たに自分自身に芽生えた"目標"について、このブログでまとめてみます。

グロービスに通い始めた5年前、私は「目標」なんて持っていなかった。
そもそも当時は、何か目標があって通おうと決めたのではなかったからだ。

私がGMBAに通い始めたきっかけは、
経営していた会社が諸事情により解散に至り、途方に暮れていた私のために、
妻がクリティカル・シンキングの無料体験講座を申し込んだのがきっかけだった。

自分も「会社を経営するにはやはり知識が必要」と考え通うことにしたのだが、
正直その「目的」はあっても、それをどう活かすかという「目標」がなかった。

当時の会社では、「企業目標」というものはあったが、
自分が決めたことではなかった。

自分が決めたことではないので「その目標を達成させるためにどうするのか?」
というものも持っていなかった。

卒業した今思うと、GMBAに入学するまでは自分にビジョンなんてなかったし、
仲間に「こうなりたい」みたいなことを言っていたと思うが、
実は「とりあえず何か言っておこう」としただけで、本意ではなかった。

でも今は「目標」がある。
「やりたいこと」がある。
「こうなりたい」という自分の将来像がある。

私は卒業式の日に仲間の前、家族の前で「宣言」をした。今は3年後、5年後、そして10年後のビジョンを具体的な内容で話すことができる。

それは自分の言葉であり、崇高に見せるような装飾はない。
そして、それに向かって行動している。

なぜ「目標」を立てることができるようになったのか?
そして、なぜ具体的なものにすることができたのか?

まず「漠然とした目標」は持っていた。
自分の深層心理の中に「漠然」としたものではあるが、持っていた。
しかしそれは人に説明できるようなものではなかった。

自分が「こうしたい」「こうなりたい」と思っていたことは何となくあったが、
それに向かって「目標」を立てることができなかった。
漠然としたものなので、本当にそうしたいかどうかはわからなかった。
そしてそれを具体的な形にすることをしなかった。
というよりできなかった。
それは「自分に自信がなかった」からだ。

今までの人生は失敗の連続だった。
人に裏切られたり、会社を失ったりした。
それを武勇伝にすることなんてできない。
多くの人を巻き込んで、結局は迷惑をかけてきたからだ。

自分の力の無さを痛感し、自分自身を信用することができなくなった。
これが「自分に自信がなかった」理由である。

分析するとこうだ、 "自分に対して信用ができないのであるから、当然自信なんてつかない。"
"自信がないから、目標があってもそれに向かうことができない。"

という理屈をならべて、
"人には自分の存在は認めて欲しいから、とりあえず何か目標らしきものは言う。"

これで逃げ場をつくっていた。

ではなぜ今は目標が立てられるのか。
忘れることが出来ないそのきっかけは「GMBAに入学するか否か」を決める時期だった。

グロービス・マネジメント・スクール(以下、GMS)で2年間学んできて、
もちろん当時よりは知識武装をしたし、 様々な業界の仲間達と切磋琢磨したことで精神的にも鍛えられ、刺激ももらった。
自ら進んでいろんなことを知ろうと努力もできるようになった。

しかしそれを「将来何に活かすか」というイメージができていなかった。

GMBAの入試試験では、課題エッセイを提出し、面接を受けなければならない。

その時の気持ちは、「とりあえず皆GMBAに行くと言っているし、自分も行こうかな」
という軽い気持ちだった。

とりあえず何か目標を立てなくてはならないので書いたが、そんな軽い気持ちでは
目標なんて立てることも出来ないし、今までビジョンを意識したことがなかったので
納得してもらえる内容なんて書けるはずがない。

案の定、合格はできなかった。
「自分はここまでだ」と考え、あきらめようとした。

しかし、もう一度トライしてみようと決めた。 そのきっかけは、ある人物の存在だった。

一人はグロービスに関係がある人物だ。彼はスタッフではあったが、
私にとっては一緒に切磋琢磨した同志であり、信頼できる友人だ。

最初のエントリーの時と合格できなかった後、
何度も親身になって「行くべきだ」と背中を押してくれた。
GMBAで学ぶ必要性を得ることより、この私のために何度も時間を作って
話をしてくれたことが、私を再度のチャレンジに向かわせた"きっかけ"になった。

今までは何でも自分一人でやってきた。特別相談するような人もいなかったし、
することもなかった。
あらためて「仲間」という存在を尊いものとして意識した瞬間であった。

もう一人は妻である。2年間GMSに通ってきて、家族の時間も
犠牲にしてきたはずだったが、妻はこう言った。

「あんな素晴らしい人達から離れてはだめ。
あなたみたいな人は彼等についていくべきよ。GMBAに行きなさい。」

今思えばグロービスの無料体験に私を連れて行ったのも妻で、
GMBAに「行け」と言ったのも妻だ。 恐ろしく出来た妻で私は幸せである。

今思えば、この二人は私の「コーチ」という存在だった。
コーチングという手法は使っていないものの、間違いなくその存在はコーチだった。

これで、目が覚めた。

今まで避けてきた「目標」の設定を必死で行った。
目標を具体的にするための知識は身につけた。
そして、目標を立てるための勇気をその二人からもらった。

何も恐れることはない。必死で自分の「あるべき姿」を書きまくった。
そこには思いが詰まっていた。

今までの人生で出会ってきた人達、そこには迷惑をかけてしまった人達、家族、仲間、
すべての人達がいた。

その人達への思いを込めて作った。
「装飾はしない。自分の言葉で書こう、そして自分の言葉で試験に臨もう」

その結果、合格した。

そして今年、尊い仲間達と共に卒業した。

今はその立てた「目標」に向かって思いだけではなく、形にするために実行している。

目標を立てられなかった私が、今ではビジョンコーチングもできるようになった。
確かに目標がなくても生きてはいける。
目標を立てることが全てとも言えない。
人それぞれ生き方があり、それぞれの価値観をもって生きている。
それは私自身、目標そのものが大切だとは思っていないからだ。

私の場合、目標を達成させるために生きているわけではない。
それはあくまでも人生の通過点にすぎないと思っている。
よって、目標までの行動指針は何度も修正している。

その時必要だと思ったら惜しまず変える。
必要なら目標そのものも修正する。

大切なのは、「目標を立てようとした時の自分の思い」だ。
それは忘れてはいけない。

「なぜそうなりたいのか」「なぜそうしたいのか」という理由は、
目標を設定した「その時の自分の思い」の中に存在する。
その思いがあるから「目標」の価値があり、それに向かって行動できる。

そしてもう一つ忘れてはいけないのが、
そう考えることができた"きっかけ"は何だったかということだ。 人生の中でその"きっかけ"に何度出逢えるか、
そしてその"きっかけ"にいつ気が付くかが、重要だと私は考える。

GMBAを卒業した今はやりたいことばかりである。
以前は目の前に起きている事象に対してしか興味が沸かなかったが、
今は10年先を興味をもって見ることができる。それは少なからずとも、自分に自信がついたからだと思う。

その中でも一番思いが強いのは、
「自分を変えるきっかけをくれた二人のキーパーソン、
そして一緒に学んだ仲間達のような存在に今度は自分がなろう。」

「出来るだけ多くの人に"きっかけ"を与えていける人物となろう。」
ということだ。

そのために何をすべきかは明確である。時間はかかるかもしれないが、
方向性は間違っていない。

ビジネスで新しく始めているのが、
コーチ事業、NPO団体を率いた地域活動支援とそれに関係するファシリテーター、
来年から始動する中小企業向けの新事業や講師業などである。

プライベートではグロービスの勉強会仲間と実際の中小企業の経営支援や、
カタライザー(GMS受講生のサポート)などを行っている。

今までの自分だったら絶対しなかったことを新しくやっている。
それは、目標を立てたときの思いがあり、きっかけを自らつくっているからだ。

性格は残念ながら変えることはできなかったが、人格を磨くための努力はするようになった。

最初は目標が漠然としたものでもいい。
それを形にしてくれる"きっかけ"を見つけることが自分を成長させてくれる。

それは人であったり、事象であったり、何でもいい。
「そうさせたきっかけは何だったか、その時の自分の気持ち、思いはどうだったか」
を大切にしたい。
それが、漠然としたものを具体的な形にしてくれると私は信じている。

今回は「目標」という月並みな内容を書いたが、
自分にとって大切にしていることの一つだったので書かせていただいた。

こういうことを自分の言葉で書けるようにしてくれた、
二人のキーパーソンとGMBAの仲間達には本当に感謝している。

そして、このようなことを今まで話したことがなかったので、
学生ブログを書く機会をあたえてくれた事務局にも感謝したい。
また"きっかけ"があれば是非書かせていただきたいと思う。

【MBAをはじめるまで】「自分を見つめる」

2010期生 "志・融・創" 丸尾 勝己

自分は社会に対して何ができるだろうか。
私は入学した今も考え続けている。

私はNEXCO中日本で高速道路保全事業の経営企画、 リスクマネジメントなどを担当している。

1956年日本道路公団が設立されてから54年の歴史があるが、 民間会社としての歴史は5年とまだ浅い。 そんななかで、経営の必要性を最も感じたことが学びのスタートだ。

とはいえ、そもそもGLOBISの門をたたいたのは「考える力」をつけたいと思い、 クリティカル・シンキングをGMSで受講したのが始まり。 今思えば「考える力」ではなく、激しい競争社会の中で歩いていける「自分」がほしかったということになる。

その後参加した、堀学長の経営セミナー「創造に挑み 変革を導く」
「自分の可能性は青天井だ。自分で限界を決めてはいけない」
という言葉に抑えきれないワクワク感を覚え、「キャリアセミナー」で自分の価値観を見つめなおす機会をもらった。

これを聞けば十中八九、GLOBISの戦略にはまりつつあるということになるが、
こういう機会を与えてくれる場所は他になかった。

今後の自分のビジネスライフの中で経営することが必要となるため、
経営の定石を学ぶことは成功確率を上げることができると考え、
まずは、2009年10月期より単科生として受講後に、 本科生としてMBAに挑戦することを決めた。

ただ、MBAへの障壁は3つあった。

1つ目は、『時間の確保』が難しいことだった。 平日は終日業務に追われ、週末は至福の時であったアコースティック・ギター のレッスン、読書や、特に大切にしていた家族との時間から 勉強する時間を確保しなければならなかった。

そんなわけで、 2つ目の壁である『家族の同意』がなかなか得られなかった。

家族会議では小学1年生と4年生の娘からは遊んでくれる時間が減る という理由から理解を得ることができず、 「それだけのお金と時間を使って、家族を犠牲にしてまで、あなたの何が変わるの?」
という妻の問いに答えられない自分がいた。

3つ目の壁がその自分自身の『目的の明確化』だった。
経営には興味があったが会社の経営層になりたいとか、
何か事業を立ち上げようとかいう明確な目的がなかったため、
前述の妻の問いが痛かった。

そんな3つの壁をどのように克服してきたかを、少しだけ紹介したいと思う。

-------------------------------------------------------------------------

■時間確保

まず、時間確保については改めて自分の生活の中で優先順位をつけた。 「捨てること、やらないこと」を決めて実行することを意識し、 今の自分に不要な時間を削減した。

例えば情報伝達会議は極力出席せず、飲み会は1次会まで、 ギターレッスンも休止している。

■家族の合意

妻は 「学びの目的が明確でないこと」、「投資対効果が不明であること」、 「家族と一緒の時間が減ること」を理由に私との一進一退の攻防が続いた。

日々の決意表明、家族の時間をできるだけもつこと、
そして最後は私の一生懸命努力するという言葉を信用してもらい、
妻は渋々承諾してくれた。

その後、2010年4月の入学式を契機に徐々にグッドサイクルに
シフトしていくことになる。

入学式(この時点でも妻は快諾していない)のレセプションで
堀学長と話しをしている時に、堀学長は私の隣にいた妻に
「学校生活の2年間は集中させてあげてください」
とアドバイスしてくれた。

また、入学式でのゲストコメントではどの家族も一生懸命サポートする
というコメントをされており、その雰囲気につられて妻は
「私はまだ納得していませんが、やるからには頑張ってほしい」
と私にエールを送ってくれた。

これによって私自身にも変化が生まれた。

これまで妻の世間話に付き合いたくない性質であったが、 限られた時間を少しでも共有しようと世間話でも
しっかり目を見て話すように努力した。

不思議なもので、2人の会話も単なる世間話から社会的な問題に対して
問題解決するためにどうすべきかなど前向きな会話やコミュニケーション
が増えていった。

■目的の明確化

3つ目の壁である「目的の明確化」は今もその作業を続けている。

目的を明確にしてこそ効率的な学びができると考えていた私に、 クリティカル・シンキングの講師が 「なりたい状態は1つでなくても構わない。2つ3つある上で
自分のもっともやりたいことを見出していけばいい」 とアドバイスをしてくれた。

また、ある仏教詩人が次のように言われている。
「創造する人間は、絶えず危機の中に身をおかなければならないのです」

GLOBISでこれまでにない刺激や気付きを受けて、
自分の価値観を深く追い求め、
「社会に対して何ができるか」
自分をみつめながら、私の使命を醸成していきたい。

-------------------------------------------------------------------------

そして、2010年4月から久しぶりの学生生活のスタートを切った。

仕事と学業で半年間すごくつらい生活を送ってきたが、 最近精神的にとても楽になった出来事があった。

今年の異常な暑さから逃れるため、有志によって避暑地で勉強会をした。 食事のときには志を語る。 そこで同志が私に気付きを与えてくれた。
「何でも全て自分でやろうと思ってはいけない」 とても適確なアドバイスだった。

私の性格上、多くのことを自分でやることが能力向上につながると考えるあまり、 気づけば仕事も学業もやりたいことがオーバーフローし、行き詰っていたのだ。

学生になると人間的魅力を持つ同志からたくさんの刺激をうける。
人的ネットワークも一つのGMBAの魅力であり、最大の
そして生涯の財産となっていくのだろう。

【MBA生活】数字嫌いが数字好きになろうとしている理由

GMBA2010期 箸方です。

株式会社ミツカンで情報システム部に所属。
法人営業・宣伝・情報システムとバラバラな業務をかじってます。

もともと私は数学が苦手。
それはたぶん答えが一つしかないから。

いくら考え方がよくてもテストでは答えが合わなきゃ0点。
学生時代何度苦汁を味わったことか。
文系の皆さんは同じ経験あるでしょ?

そんな私がグロービスでは数字が得意だと思われている(と思う)。
いやいや本当は決してそんなことはありません。
自分を騙して好きになろうとしているだけ。
皆さんがついでに騙されているわけ。

でもそんな中で、
嫌いな数字に上手に付き合うコツは掴んだかもしれません。
今回のブログはそんなことを書かせてもらいます。

私が数字を積極的に使うようになったのは、
学びの中で数字に関して「3つの強さ」を理解したから。

それは

①数字は世界共通言語であり、非常に納得感が高い

②数字は自分が見たいものを見たいように自由に加工出来る

③数字があれば妄想も現実に見える

ってことです。

ルーツはアカウンティングⅠの松田講師の講義。
例えば松田講師の講義ではY社とN社の財務諸表を渡されたとして
そこから何を分析するかを深く問われる。

そこに経営者の想いはあるのか、
支えるロジックはあるか、
数字の裏付けはあるか...。

受講された方はわかると思うが、 本当にしつこく問われる(毎回追い込まれました)。

が、そこまで考えると納得感が桁違い。

なんだ四則演算しか使わないなら自分でも使えるぞと。

実際使ってみると難しいことをしているわけではないから、
むしろ難解なロジック組むより簡単なわけで。

そんなわけで自分の予習には必ず数字を使います。

例えもともとのロジックが私の妄想から生まれたものでも、
数字で支えれば現実に見えるので。

もちろん整合性は後でいろんな角度から考えます。

グロービスのケースは記述だけを読むと数字がない場合も多々。


ケースになければネットや本を調べるし、
それでも駄目なら一般的な数字を使った仮説を置いてやるだけやります。

そこまで考えれば自分の頭ではもう何も出ないよ
という領域まで追い込みます。

例えばある講義で私は某メーカーのストッキングシェアを調べていました。

ネットに数字はなく、メーカーに直接問い合わせても返答なし。
故に推定。

嫁にストッキング保有数を聞き女性一人大体20枚前後とリサーチ。
ターゲットである女性20-60歳は総務省データで約3000万人。
市場規模は6600億(矢野総合研究所調査=ネット調査)。
だから一人あたり約2万円/年の出費。
ネットで大手3社価格から算出した平均価格は756円。

ここから平均購入枚数は25枚と判明し、嫁の保持数とニア。

毎年全てが1回破れるという前提を置き、
無地・柄の値段の上下を考慮して妥当と判断。

そこから当該メーカーの販売枚数を調査しシェアを逆算等など。

大事なのは妄想を数字で支え、その後の議論で揉まれること。
そうすれば明らかな妄想は切り捨てられ、より本質に近づける。

私の場合勉強会でそれを経ています。

作ったロジックに対して言いたいこと言われると、
正直「簡単に言わず、じゃあ、反論の証拠と数字をだして」
と思うこともあります。我慢我慢。

でもそれで
「あー、ケースで言いたいのはこれなのか」
「数字はこう使うべきか」
と収れんされるのですよ。

もちろん外すこともありますが...。

グロービスで良く言われる「想い」。
非常に重要。

経営者や従業員に明確なこれがあるのとないのとでは
雲泥の差が出ると思います。

ノードストローム然り、ワークスアプリケーション然り。

でも「想い」とは数字やロジックを充分過ぎるほど
表現出来ていることが前提なはず。

だから私はすぐに「企業は人と想いです」という意見は信じません。
ちゃんと納得いくまで考えていないことが非常に多いから。

数字は力強く納得感が高く、強い意思をもって使うもの。
私はこれからも同じスタンスを継続していきたい。

それがこれまで教えて下さった講師皆さんへの恩返しだから。

【MBAを学びはじめるまで】人生の中で、やりたいことはありますか?僕にはあります。

どうも、はじめまして
2010年の4月に入学した、森田智行です

縁あって、グロービスに通うことになって、
縁あって、今こうして学生ブログを書いています。

まず、簡単に自己紹介を。

大学までは実家の埼玉にいて、
就職してから初めて名古屋に来ました。

大学を卒業して、
新卒で今の会社(重厚長大産業なメーカーです)に就職しました。

会社では、内部監査の仕事をしています。
まぁ、嫌われ者ですね。
社内の内部統制の構築状況の評価等々をしています。

会社に入ってからは、ほとんど名古屋にいて、
早くも通算で10年経ちました。
さすがに慣れてきたといった感じです。

簡単ですが、自己紹介はこんなところで。

そして本題ですが、

今回は、私がなぜグロービスに通うことにしたのか?
ということについて書かせてもらおうと思います。


2009年の4月頃、
仕事の波が一段落して、ふと思ったことがありました。

「このままで良いの?」 二つのことについて、そう思いました。

一つは、
自分自身の力、能力について。

もう一つは、
自分のやりたいこと、やるべきことについて。 それまでの仕事での経験の蓄積や、
独学で勉強してきたこと、
それだけでは超えられない壁のようなものを
漠然と感じていました。
もっと自分のスキルを磨きたいと思っていました。 普通に安穏の生きて行くには、必要ないかもしれないですが・・・
でも、更に上を目指したいという気持ちがありました。


一方で、自分のやりたいこと、やるべきことですが、
仕事の渦に巻き込まれ、日々の仕事に流されていく中で、
学生の頃に思っていたこと、
今の会社に就職を決めたときの想いを
忘れている自分に気付きました。

「そうだ、これやるのに、ここにいたんだった・・・」
アホな話ですが、
正直自分でも忘れてしまっていました。

やりたいこと、やるべきことを思い出し、
自分の現状を考えたときに、
自分の中で、次の結論に至りました。
「やるためには、更なる上積みが必要だ...」

過去の蓄積は、あくまで我流のもの。
それだけでは、この先限界が来ると直感で思いました。

「さてさて、これをどうカバーしていこうか??」

そんなことを考えながら、時間が経っていきました。
色々と情報収集を行い、どうすれば自分に足りない部分を補えるかを
考えた末に出た結論は、
「そうだ、京都...否!!、ビジネススクールに行こう」と
いうものでした。
「ビジネススクール」という答えに辿り着きましたが、 「では、どこにする?」という 次の問いに直面しました。 自分の中で条件を考えてみると、こんな感じでした。 ①国内で夜間・週末型のところ
⇒会社の中でやりたいことがあるので、
キャリアの中断はしたくない。

②東京と名古屋で通えるところ
⇒途中で転勤があったときのために。
③講師と学生の質が良いこと(偉そうな感じですが・・・) ⇒環境の良し悪しは、結果の良し悪しに つながると思うので。 ④アカデミックでありすぎないこと
⇒論文書きたい訳ではないし、

使えなければ意味がない。

この①、②の条件で、日経のガイドブック見ながら
絞り込んでいくと・・・
ほとんどグロービス以外の選択肢が
なくなっちゃいました。

当時はグロービスのことは殆ど知らなかった状態でした。
本屋さんで「MBAシリーズ」を見たことがある程度。

ということで、「グロービスってどんなところだろう?」
という思いを抱きつつ、
2009年11月に、学長の堀さんのセミナーを申し込み、
同時にオープンキャンパス申し込みをしました。

当時の選択肢としては、グロービスしかなかったので、
正直、自分に合っていないと感じたり、
自分には意味がなさそうと感じたら、
ビジネススクール自体に行くのは止めようと思ってました。

そんなことも考えながら、
堀さんのセミナーに足を運んで話を聞いてみると・・・
「そう、そうっ、そ~ぉぉっうっ!!!」
という感じ(?)でした。
自分が思っていたこと、必要と感じていたことと
堀さんの話は、とてもシンクロする部分が
多かったのです。

その話の中で一つ挙げると、 「知行合一」 。 自分が好きな言葉は、
「義を見てせざるは勇無きなり」ですが、 結局は「行動」できるか?ということがとっても重要だと思います。
そう思って、なかなか出来ていない自分には、 「びびっ」と来ました。 「もうこれは、グロービスに通うしかない!!」
と思いながらも、
「いやいや、オープンキャンパスもちゃんと見てから...」
ということで、オープンキャンパスにも行ってみました。

オープンキャンパスでは、一通り大学院の概要説明が終わった後、
体験クラスが行われます。
その時のオープンキャンパスは、
概要説明=村尾さん
体験クラス=田久保さん、でした。

そして、その結果はというと
これまた心にぐっさり刺さる感じでした。 例えば、 「ここは根拠のある自信を身に付ける場」という感じの
フレーズ。
「根拠のない自信」で走り出す自分には「ぐっ」と
来ました。
「探し物はここにあった!!」 運命的な出会いだと勝手に勘違い。 「でも、実際にクラスはどうなの?」と思い、 単科生という「お試し版」の申し込みをしました。 (この時もまだ、ちょっと迷いが残ってました...)

そして、
2010年1月から単科生としてグロービスに通うように。

1月に受けたクラスは2クラス。
マーケティング・経営戦略基礎
クリティカル・シンキング

先に始まったのは、
マーケティング・経営戦略基礎でした。

いよいよ、クラス当日。

クラス開始⇒クラス終了⇒懇親会⇒帰宅
帰りの道すがら、思ったことは
「はい、グロービスに決定!!」

勝手がわからないままクラスが始まってから3時間、
一瞬たりとも気が抜けない状況でした。

クラスの人達との議論、講師からの問い掛け、
ボーっとしていたら直ぐに議論に追いつけなくなる緊張感が、
逆に心地よく、あっという間の三時間でした。

あっという間に感じた三時間でしたが、
その間ずっと頭を高速フル回転させていたため、
頭から煙が出そうになりました。

「ここなら行ける。大丈夫だ!!」
期待が確信に変わったときでした。
面白かったし、何より自分の必要としてた条件が
揃っていたと感じることができました。
もう一つのクリティカル・シンキングⅠも 確信を更に強めてくれました。

こちらのクラスも、
三時間頭をフルに高速回転。
クラス後の率直な感想は、
「つ、疲れた~」

ただ、これだけクラスで自分に負荷を掛ければ、
必ず自分の力になる。


そう思いました。

そして、2010年4月入学の試験に応募することに...

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

めでたく、2010年4月に入学して、 心からリスペクトできる優秀で魂こもった、 仲間と教員の方々に囲まれ、 予想通りの楽しくも、大変で(本当に大変です・・・)、
でも着実に自分の力が増しいることを感じる、
そんな日々を過ごしてます。
でも、大変でも良いんです。
そういうのが趣味という訳ではないですが・・・) やりたいことがあって、そのために自分で決めたことですから。
やりたいことができるかは解りませんが、
できると信じて疑いません。
だって、できるかどうかは、
自分が諦めるかどうか?
ただそのことだけだと思いますから。 そして、大変と思う位でないと、
自分に負荷を掛けるくらいでないと、
自分の力になりませんから。
大変な思いをしないと、飛躍は望めませんから。

もし、同じような私と同じような悩みを感じる方がいたら、
一度グロービスのイベントに参加してみることをお薦めします。

何かのキッカケになるかもしれませんから。
(オープンキャンパスとか無料のものもありますし)

「すごろく」はサイコロ振らなければ、
ゴールには辿り着けないですからね


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

最後に大学院行こうと考えていると相談したときに、
「You 行っちゃいなよ!!」とサックリ背中を押してくれた
我が最良のパートナーに感謝!!
(勿論、本当はこんなコメントではないですが・・・)

【MBA生活】MBAでの「学び」&「仲間」とともに、誰でもヒーローを軌道に乗せる挑戦

~学校の先生に向けたプログラムの開発と提供。初等中等教育を変革することで日本を変革する~
NPO法人相互教育ネットワーク・誰でもヒーロー 理事長 林 知明

2008年のお正月家族で僕の実家に帰った。
おせち料理をつまみながらなんとなくネットサーフィン。
グロービス経営大学院のページに偶然出くわす。
経路は覚えていない。

体験クラスの情報を見てなんとなく申し込んでみた。
クラスが終わると申込書に記入する自分がいた。
ここからグロービスとの付き合いが始まった。

2008年1月期のクリティカル・シンキングでこれまでの思考回路を再構築し、
4月期のマーケティング・経営戦略基礎で企業理念の大切さを実感した。

7月期のビジネス・アナリティクスで数字で語る強さと岡本太郎の生き方に出会い9月を終えた。
正直、幾許かの疲れを感じていた。
少し休憩しようと思いグロービスを休戦。

当時勤めていた広告の会社は個性豊かな人間ばかりでとても刺激的。
ただ、これまでの「広告」に強烈な疑問を持ち始めていた。

自分がやりたいこと、そもそも「生きる」ってなんだっけ?
一回限りの人生ならば、何か自分にしか出来ないことをやりたい。

それが世間から喜ばれたら一層嬉しいよな・・・
なんてことを、イベント打ち上げで楽しく飲んでいるときでさえ考え始めていた。

そんな頃、娘が通う小学校のPTAから派生した新しい組織「おやじの会」の運営委員になった。
父親も積極的に学校とコミュニケーションし、学校を盛り上げていくお手伝いをしよう。
という趣旨のもと仲間と立ち上げた。

子どもの頃学校が嫌いだった僕が、娘を通して
改めて学校というコミュニティーに再び関係を持つこととなった。

そこで見た現実に驚いた。

先生たちは多忙な業務をこなす中、子どもたちと触れ合う時間が少なく、
学校以外の世界と接点を持つことが出来ない。
学校という組織の中の価値基準で物事を判断し、行動をせざるを得ない状況で、
子どもたちにこれからの「生きるすべ・チカラ」を伝えることができるのか。

直接クレームを言ったって始まらない・・・うーん。

子どもたちの将来はどうなるのだろう。

資源の無い国日本の唯一の資源「ヒト」が逞しく育たない。
国力を担う教育、学校を何とかしたい。
と心が感じ、震えた。。。

そうだ、先生・学校を応援しよう。心に決めた。


応援する気持ちをベースに僕がやれる、僕らしいことって何だろう?

ちょうどグロービスを休戦し、いろいろ考えているときだった。
うーん。なにかやるにしても土台がないよな。。。

そんな頃から意識をしていなかった「MBA」というワードがなんとなく現れてきた。
「MBA」の願書を見てみようかな。
中身の「課題エッセイ」を見て、こりゃ今の自分には書けないなと思った。

僕に影響を与えてきたものは、
「信念を持って何かに取り組んでいる人たち」「アーティスティックな人たち」
から貰うパワーであった。

そうか!学校の先生とこういった人を引き合わせたら、なにか感じてもらえるかも。
愛知県図書館のCDで音楽を聴いていたときのことだった。

そうだ!せっかくグロービスで学んできたのだから、グロービスの人に相談してみよう!

村尾さんを訪ねた。直感ですごくいいと思う。
NPOにしたら?
というアドバイスが帰ってきた。

そこでNPOとは何か。とりあえず立ち上げるにはどうしたらいいか。
を食い入るように聞いた。

そうか、理事が3人で監事が一人・・・うんうん。それなら!
と相談を終え、その足でNLPコーチングの権威である廣瀬氏を訪ね
概要を伝え理事をお願いしてみた。
すると、あっさり「いいよ。」との返事。

翌週、大学教授の栗林氏を訪ね理事就任をお願いした。
これまた勢いに押された感じでOkを頂く。
それから尊敬する女性経営者CMプロダクションの櫻井氏に監事をお願いした。
アドバイスを頂いてから1ヵ月で強力な布陣を敷いた。

NPOをほとんど知らなかった僕は、改めてNPOを経営していくために書籍をあさった。
うわー、こりゃ経営を勉強せねば。。。

2008年11月にグロービス経営大学院MBA過程を受験することを決めた。
自分がどう社会に貢献したいか。が見え、NPOの法人手続きを進めた。
それを面接で田久保さんに伝えた。

4月の入学まで、コンテンツ作成・協力者を募る日々が続いた。
すぐに資金が足りなくなることが見えてきた。
NPO法人を10年経営しているM氏に相談に行った。
それなら行政の委託事業に挑戦してみたら。と。
何?それ?状態。。。

Mさん曰く、「愛知県からなんか面白いNPOありませんか?紹介してください。」
と言われているんだ。
誰でもヒーローを推薦してあげるよ。とおっしゃった。

それから提出資料の作成を教えてもらう日々が続いた。
何度も駄目出しを頂き、作成し直す。

生まれたてのNPOに毎日夜遅くまで協力してくれるMさんに感動し、
感謝の言葉を申し上げた。

すると、えっ、なんで?そんなこと当たり前でしょ。
僕たちだって最初は先輩に教えてもらったし、
林くんだっていずれ後輩NPOに教えてあげるんだよ。
利他の精神が根付いている。と感じた。
やってあげている、という感覚がまったく感じられず、
素直にそういった言葉が出てくる。
これがリーダーの器、精神かもしれない。と感じた。

コンペティションで通過し、見事、愛知県委託事業である「ボランティア養成アカデミー」を受託した。
よーし、これで少し食っていける。。。まさしく綱渡り・・・

一年間の愛知県委託事業は、本当にいろいろなことを学ばせて頂いた。
行政の担当者は本当に親切で我々を信じて頂き、飲み会も開催した。

事業では、参議院議員の義家弘介氏、
グレーターナゴヤイニシアチブを立ち上げた細川昌彦氏、
やんちゃ和尚廣中邦充氏、バイオリニスト高橋誠氏、
また愛知県行政担当者の方々に本当にお世話になった。

ある勉強会でビジネスモデルが構築されていないことに気付いた。

僕たちは行政の下請け業務をこなすだけではなく、
本道で新しい価値を社会に提供していくことだ。

グロービス経営大学院で1年が経つ頃だった。
今までの行政委託事業を運営してくれたメンバーのお陰で、
行政とのパイプと若干の資金が確保できた。

よーし、今度は本格的に事業型NPOを目指すべく、
NPOビジネスモデルを構築しよう。

誰でもヒーローに興味を持ってくれている仲間と話をする機会があった。
グロービスから生まれたNPOだ。
グロービスの仲間でビジネスモデルを1から構築するのが面白いかも^^

日本経済新聞に広告を掲載した。
監事の櫻井氏の会社にスポンサードをお願いし、
NPOのフローレンスさんの講演を賜ったりした。

それから、何度とミーティングを重ね、
メンバー全員と学校の先生に取材し愛知教育大学の教授の紹介で
小学校を何校か訪れ、実際に授業を見学し、先生方と議論させて頂いた。

そんなとき、誰でもヒーローを気にかけてくれている仲間から、企業とNPOのマッチングイベントを教えてもらった。

そのマッチングイベントではなんと上場企業3社からオファーを頂き、
このブログを書いている現在、それぞれの企業と打合せを重ねている。

企業の社会的責任の必要性を社内に浸透させている3社は、
他社からシェア奪い利益を伸ばそうといった発想ではなく、
新しい価値を世の中に与えていくべく、長いスパンで事業を考えている。

まだ生まれたての誰でもヒーローに声をかけて頂いたこと自体が革新的だと感じる。

また日本青年会議所から講演の依頼を頂き、その仲間である豊橋青年会議所と子どもたちとのイベントを協働した。
誰でもヒーローメンバーと豊橋の民宿で夜遅くまで語った熱い契り。
メンバーに感謝^^

それから愛知県のシンポジウムのファシリテーターの依頼。
愛知県担当者に感謝^^

グロービス田久保さんからは文部科学省の知人を紹介頂く。
10月には文部科学省と誰でもヒーローでシンポジウムを開催予定。
文部科学省と仕事を進めていることに、ふと奇跡を感じる。
感謝^^

誰でもヒーローのミッションは
学校の先生を応援し、子どもたちから憧れの存在になってもらうこと。
そして学校が活性化し、地域と協働で子どもたちを育む社会とすること。
である。

いま、痛切に感じていること。
仲間の大切さ、支えてくれる家族の有難さ。
僕をこの世に送り出してくれた祖先を含む両親。
大自然、宇宙のチカラに感謝。である。

最後に、グロービスを検討されていらっしゃる方に・・・

自分の中に眠っている「キラキラの種」に気づかせてくれ、
本気でガンバルヒトに惜しみない協力をしてくれるところだと思っています。

僕も挫けそうになったときには、高い志をもった仲間に支えられています。
そんな体験から「利他の精神」が生まれてくるんだと思います。

そしてそういった精神はこれからのビジネスには必須になってくるような気がしています。
一緒に学びましょう^^

このブログを書くチャンスを与えて頂き、感謝致します。

NPO法人相互教育ネットワーク・誰でもヒーロー
林 知明でした。

エンジニアにとってのMBA~第4回:開発と経営の共通点~

みなさんこんにちは。このブログも第4回目となりました。

最近、グロービスの中だけでなく、僕の勤め先の人からも
「ブログ見たよ」なんて言われて嬉しく思っています。

さて今回は「MBAの仕事への活かし方」について書くつもりでしたが、
色々と考えている内に新たな気づきが得られたので、
テーマを変更して「開発と経営の共通点」と題してお送りしたいと思います。

■開発と経営は同じ!?

いきなりですみません。
「おいおい、いきなり何を言い出すんだ。開発と経営が同じな訳ないじゃないか!」
というみなさんの声が聞こえてきそうです。

しかし、「エンジニアにとってのMBA」という内容でブログを書くようになって、
開発と経営の関係を改めて考えてみると、開発と経営はその業務内容・プロセスが
非常に良く似ているということに気がつきました。

●V字型開発プロセス

僕が勤めている会社では、一般的な開発プロセスとして
図1に示すようなV字型プロセスをとることが多いです。

開発プロセスについてあまり詳しくない方のために、
V字型の開発プロセスとはどのようなものかを簡単に説明させていただきます。

V字型開発プロセスでは、どんなものを開発するかという「要件定義(仕様定義)」に始まり、 要件を満たすためにどのような機能が必要かを設計する 「機能設計」、 各機能をどうやって実現するかを設計する 「詳細設計」、 とブレークダウンしていき設計図を作成します。

続いてその設計図に基づき実際にモノづくりを行ないます。 モノが出来上がったら、「単体評価」のステップで部品レベルでの評価を行ないます。

次に「機能評価」で部品を組み上げて機能として評価し、 さらに「システム評価」において全機能を統合して 最初の要件を満たしているかどうかを評価します。

加えてV字型開発では、設計段階でシミュレーションを行って
ものを作る前に評価を行うことで手戻りを少なくし、
開発効率を向上させます。

0_10

●経営プロセスへの適用

冒頭にも書きましたが、僕はエンジニアにとってのMBAというものを考えている中で、
経営のプロセスがこのV字型開発プロセスに似ているということに気がつきました。

そこでV字型開発の各部分に経営の要素を当てはめてみました。

まず、開発プロセスの要件定義にあたる部分ですが、 経営では「経営理念」あるいは「ビジョン」の定義に相当すると思います。 企業としてステークホルダーに対して何がしたいかを明らかにします。

次に機能設計に相当する部分は、「経営戦略」あるいは「事業戦略」です。 開発で要件を満たすためにどのような機能が必要かを設計するように、 ここでは、経営理念やビジョンを実現するためにどのような事業や商品を扱うかを決めます。

そして詳細設計に相当するのは「実行計画」です。 ここでは経営戦略や事業戦略を実行していくために、 バリューチェーンの各要素毎により詳細な戦略を立案します。

例えば、「マーケティング戦略」「技術戦略」「オペレーション戦略」「組織設計」などです。 この段階まで来たら各戦略に基づき、計画を実行します。

実行したらその結果をまずは個人やチーム単位で評価します。 ここではMBOなどを用いて評価することになると思います。

次に事業単位で評価します。

事業単位の評価では、評価指標としては色々ありますが、例えば事業部毎の「売上」「利益」「FCF」などで評価します。

最後に全ての事業をまとめて会社全体として評価します。ここでの評価指標も様々なものがありますが、 「売上」「利益」「FCF」「株価」「顧客満足度」「社会的責任」「従業員満足度」など
全ステークホルダーの観点から評価されることになると思います。

また、開発の各設計段階でシミュレーションを行ったように、
経営においても各戦略構築段階でシナリオ分析を行うのが一般的だと思います。
シナリオ分析を行うことにより、戦略の実現性や問題点などが明らかになり、
リスクを減らすことができます。

以上のプロセスをまとめたものが図2になります。

1

以上のように経営の各要素は開発プロセスにうまく当てはめることができます。
大企業になればステップ数が増えるかもしれませんが、
大筋こんな所ではないかと思います。

また、プロセスだけでなく内容についても、
開発が知恵を絞って新規商品を開発するように、
経営も知恵を絞って新規ビジネスを開拓したり、 開発が既存商品について評価・分析を行い改善するように、
経営も既存ビジネスについて評価・分析を行い改善したり、
と似た部分が多いように感じます。

このように、経営とはビジネスの開発そのものだと思うのです。
開発の世界では専門領域を技術軸で分けて、
メカ屋、エレキ屋、ソフト屋などと呼んだりします。

この考えに基づくと、経営者はビジネス屋とでも呼ば
れる存在なのではないでしょうか?

つまり、専門領域をビジネスとする開発者、それが経営者なのではないでしょうか。

MBAで学ぶ科目の経営プロセスにおける位置づけ

経営プロセスが開発プロセスにうまく当てはまった所で、さらに調子に乗って、
MBAで学ぶ科目がこの経営プロセスのどこに位置するのかを考えてみました。

それが図3になります。

まず、企業理念・ビジョン定義のプロセスにおいては、 そもそもどんな企業にしたいのかを考える必要があります。 それを考える上で重要になってくるのが、経営者の「志」だと思います。 どんな企業にしたいのかは誰も決めてくれません。 経営者が企業を通して何がしたいか、それがはっきりしなければ 企業理念やビジョンは定まるはずもありません。

次に経営戦略・事業戦略および実行計画のプロセスですが、 ここは名前の通り「戦略系」の科目が当てはまるでしょう。 開発プロセスでは機能設計や詳細設計に相当する部分なので、 戦略というのは「ビジネスにおける設計図」と言えるかもしれません。

「実行計画の一部」「戦略実行」「個人評価の一部」といったプロセスは 「ヒト系」の科目が当てはまるのかなと思います。

ここが開発と経営の決定的に異なる部分で、 開発では設計図に従ってモノを作るのですが、 経営では戦略という設計図に基づいてビジネスを作っていく、 そのためにリーダーシップを持ちヒトや組織を動かしていく必要があるのだと思います。

そして評価プロセスには「アカウンティング」の科目が該当すると思います。 個人レベルから事業レベルの評価においては内部のマネジメントということで 「管理会計」が重要な役割を果たし、企業全体の評価においては会社外の人からも 評価されることを考えると「財務会計」のウェイトが大きくなるのかなと思います。

最後に開発ではシミュレーションに相当するシナリオ分析のプロセスには 「ファイナンス」の科目が当てはまると思います。 開発では設計したものが妥当かどうかをシミュレーションによって モノづくりの前に確認しますが、経営でも描いた戦略が妥当かどうかを ファイナンスという道具を使って実際に戦略を実行する前に確認します。

2

このように整理してみると、 「志」が経営プロセスのスタート地点であることが分かります。

どこのMBAでも戦略系・ヒト系・カネ系(アカウンティング・ファイナンス) の科目は学ぶと思いますが、 グロービスでは「志」の部分を学ぶ(というよりは自分の中で醸成させていく)
ことができるので、しっかりとした土台をもって経営プロセスを辿ることが
できるのではないかと思います。

■目指せ!ビジネス屋!!

さて、ここまで開発と経営の共通点(だと僕が思うもの)について
書いてきましたが、いかがでしたでしょうか。
この考え方はみなさんの中でしっくりきたでしょうか。

僕自身はこの考え方に辿り着いて、自分のフィールドである開発と
同じフレームワークに落としこむことができた上に、
これまで学んできたことが全てつながり1つにまとまったので、
かなりしっくりきています。

もししっくりこなかった方は、
自分の得意分野で整理しなおしてみると良いかもしれません。

ここまで書いてきたように、開発と経営は色々な部分で共通点があると思います。

僕の中のイメージは、
経営は開発のモノづくりの部分をビジネスづくりに置き換えた「だけ」、です。 そこが最大かつ唯一の違いだと思います。

経営の難しさは、扱うのがビジネスであり、 それを動かすヒトや組織であるという点にあると思います。
開発で扱うのはモノであり、きちんと設計して作れば、大体は思い通りに動きます。

しかし、経営の場合はそうはいきません。 いくらきちんとした戦略(設計図)を描いても、ヒトや組織が戦略通りに動くとは限りません。
むしろ思い通りに動かない事の方が多いと思います。
そこをいかに動かしていくか、それに尽きると思います。
このような難しさはあるものの、そこが経営の醍醐味であるとも言えます。

僕はこの難しさを克服し、メカ屋でもエレキ屋でもソフト屋でもない「ビジネス屋」を目指したいと思います。

今回最後まで読んでいただいた方、
長文にお付き合いいただきありがとうございました。

今後もエンジニアという観点でMBAを見つめていきたいと思いますので、
次回以降も楽しみにしていてください。それでは。

【MBA生活】2年目のMBA生活に向けて

吉原克志
GMBA2009期生

私の好きな言葉で、
同郷(鹿児島出身)の稲盛さん(京セラ創業者)の
『生き方=考え方×熱意×能力』
という方程式がある。

この方程式に基づいて、今までのMBA生活を振り返ってみる。

グロービスの門を叩いてはや1年が経過した。

社会人となってから昨年までの人脈数を、
たった1年間で越えてしまうほど、
様々な業種業態に携わる人達と出会った。

しかも個々が卓越した優秀さだ。

居心地はすこぶる良い。

みんなこんな私の素っ頓狂なコメントも明るく受け止めてくれるし、
むっと来ることもあろうに、自分の考えを押しつけずに
理解してもらうための術を身につけてきた人達ばかりなのだ。

・・・『考え方』と『能力』は完敗。

じゃあ『熱意』は?
入学時に発表した「志」はどうなった?

私の志は一言で言うと
「全体最適を見据えたオフィス環境の提供」だった。

部分最適になりがちなOA機器の環境を、
経営者の視点にたって提案する事で
業務効率が飛躍的にあがり・・・なんて考えていた。

自分が本当にやりたいこと、
やれることは、そもそも果たして本当に「それ」だったのか?

1年の良質な時間は、私の疑念を濾過し続けてくれた。

自分の人生をリセットしてみよう、
いい歳してそんな誘惑に駆られた。

今年で42歳。

ホノルルマラソンなら、
ハーフポイントのキャルバリー教会を越えてハワイカイの辺りか。
残りの人生を今の仕事に懸けるか、
それとも自分の可能性に賭けるか。
入学前の自分なら明らかに前者を選んだはずだ。

~そんなに自分はスゴくない~
そう思い続けて、1人前になりきれない3/4人前の人生だった。

俺に何ができる?そう自問し続けた。

自問すればするほど、自分の無能さに辟易するばかりで、
劣等感にさいなまれる。

どうすれば熱意、それを傾けられることに出会えるのか?

物事に熱意を持ってあたるためには、
その「物事」自体に惚れなきゃできない。
嫌いな、苦手なものに熱意なんて持てるはずが無いのだ。

昔から芯から熱くなりきれ無かった。
もうちょっと、ってトコで逃げてきた。
ずっと3/4人前のままだった。

別に今の仕事が嫌いな訳では無い。
むしろ色んな会社に訪問して色んな課題を解決できるのは面白いし、
メンバーを育てる醍醐味も、チームを作る楽しさも味わえる、
理想的な環境かもしれない。

でも、「惚れてるか」?今の仕事に?
他の事に惚れるとどうなるのか?

やった事が無い事にトライできる環境は
グロービスでの人脈・環境でいくらでもある。

未体験の事に打ち込むと、何が見えるのか?

その結果、今の仕事にぞっこんになるかも知れない。
そうすれば「熱意」を持って、もっともっと熱く生きられるかも知れない。
そう思った。

色々なイベントに首を突っ込み、色々な人々と出会い、
考えをぶつけあうことでその先に見える物は何か?
自分のキャパを知ったとき、何が見えるのか?

そんな青臭いやり方は、この歳でやるもんじゃ無いってことは百も承知だ。

もっと早くに気付いておけよ。

でも、いてもたっても居られない、
そんな毎日を漫然と暮らすのを嫌だと思うまでに、
この1年で成長したのか。

①カタライザー(グロービスで初めて学ぶ受講生へのサポート役)
あすか会議の実行委員(これは曰く付きだが)
③あすか会議の交流会の企画リーダー
④2010年GMBA卒業式の企画
⑤2010年GMBA入学式の幹事団

グロービス漬けだ。
クラスどころの騒ぎじゃない。

会社でも

⑥マネジャーだけの経営会議
⑦新部署での部長補佐役
⑧他ベンダーとの積極的な窓口

と、今までグロービスのクラスで学んだケースの中にでてきて
「やった方が良い」で片づけていたことを全て取り入れようとしている。
Welcome 激動だ。

毎日がジェットコースターのように3ヶ月が過ぎた今、
質はどうあれ、自分自身を冷静に俯瞰している自分が居た。

自分のSWOT、As Is(現状の自分)とTo Be(あるべき、ありたい自分)、
求めていたものがどんどん形になろうとモガいている。
いや脱皮しようとしている姿か。

その答えは7月に開催される「あすか会議」で形になる。

何を掴みとるか?
それは「考え方」を固めて「熱意」を持って挑めること。

あすか会議が開催されるリゾナーレを通過した先に、
ゴールのカピオラニ公園が待っている。

考え方×熱意×能力=「自分の生き方」が決まる。

果たして私は何を掴みとるのか?
何を掴み取るのかは、自分次第。

このような気付きを得ることができたのも、
2009期同期の影響が大である。
勿論、名古屋校に通う諸先輩方、2010期の皆さん、のおかげである。

だって、自分の志の為に、こんなに苦しくて辛くて
楽しい環境に自ら飛び込んできた人達だもの。

2年目は、とにかく動きまわって、「自分の生き方」を確立するぞ!

【MBAを学びはじめるまで】雑草魂経営者とMBAとの出逢い!

入学期:2010期 佐野博政

今回は私が「GMBAと出逢うまで」について
お話しさせていただきます。

当社は段ボールを材料として緩衝設計を行った
梱包材の製造販売をしております。

この設計は大変特異性のあるもので、
120センチの高さから1角3凌6面の10回連続落下試験を行い、
それでも商品を保護するというものです。

このような基準を求める企業はある特定の顧客以外にはなく、
その企業と当社は共に成長してきて参りました。

一方、競合他社の多くは郊外に工場があり、
設備も整えて標準的な製品の大量生産を得意としております。

ですから、設備が古い上に、
名古屋市の中心地から車で10分ほどの立地という当社は
業界の中では希有な存在であると思います。

そんな当社ですから、
顧客が求める汎用性のある製品を提供できる企業に成長しなければ、
顧客からの値下げ要請を飲むだけの企業に成り下がり、
衰退していくしかないと感じておりました。

そこで私は8年前
名古屋の経営者の勉強会である青経塾に入塾し、
経営者としての能力を高め、人脈を築き、
当社の成長のきっかけを掴もうと考えましたが、
6年間で手に入れられたのは、経営者としての「精神力(気合いと根性)」でした。

また、その青経塾の中小零細企業の経営者の方々は、
経営者としての自負もあり、
組織の中で拘束されるのが嫌いで、
自分がTOPとなり自由にルールを決め、
自分の思うとおりに経営することが目的の人が多く、
経営者としての「強かさ」、「どん欲さ」、を学びました。

次に、その中でも尊敬できる先輩の紹介で、
2年前に小売りを中心に業態を開発し
経営を教えている「革真塾」で学びました。

そこでの教えは、
小売業では有名な「ペガサスクラブ」という組織の考えを進化させ、
成功している業態をベンチマーキングして徹底的に技術を学び、
真似て自社に活かすことを教えておりました。

私が学びを通じて気が付いたことは、
『真似るにも技術と高い能力が必要』ということでした。

そこで何を真似るか考えたとき、
当社は製造業でありますが、生産性を高められる設備が無いため
優秀な製造設備を持つ競合他社を真似ることはできないと考え、
梱包資材や緩衝材を販売している小売りを真似ることにしました。

そこで、当社の資産を使い、真似ることが現実的に可能な業態として、
インターネットでの小売り販売に着目しました。

既存の事業のスキルが使え、出店コスト、販管費、
仕入力で競争優位性が持てると判断しました。

当社はコーポレートサイトを持っていたので、
それを改修して販売サイトを創りあげることにしました。

販売する商品は緩衝材のプチプチ(エアキャップ)と
巻き段ボールを扱うことに決めました。

その理由は、
今後ますますインターネットショッピングが盛んになり、
個人も企業もインターネットで受注した商品を発送する際は、
商品を保護するために使用する緩衝材や包装資材である
プチプチや巻き段ボールが必要であると考えたからです。

その事業を進めていく上でどうしても絶対に必要となることは、
仕入れメーカーや運送会社、融資を受けるための銀行、
競合他社とのアライアンスなどの交渉力でした。

この交渉力を磨くために、
まずグロービスのクリティカル・シンキングを受講してみました。
これは私にとって衝撃的な学びでした。

今まで私が学んできた事で、
これほど思考方法を明確に指導されたことが無かったからです。

グロービスで学び始めてからの私は、
物事を考えて相手に説明する際、
何について論じているのか、
何を解決するべきなのか、
何を伝えるべきなのか
を明確に考え、話し合う様になりました。

これにより、銀行や仕入れメーカーとの交渉も
圧倒的に優位に進めることができるようになりました。

さらに、ビジネス定量分析マーケティングⅠ
アカウンティングⅠファイナンスⅠを学んでいくと、
今まで漠然と学んできた青経塾や革真塾に繋がってきました。

成功されている経営者の方々が、
中小零細企業の経営者に伝える際、
事細かに説明しても伝わらないため、
テクニックや手法だけを指導しております。

しかし、それを深く理解し、分かって使うのと、
分からず教わったから使うのでは全く違います。

それでは問題が発生したり、行き詰まった時に
解決し前に進むことができません。

実際、私も青経塾や革真塾で教わったことを
直ぐに実行してきましたが、
そのたびに行き詰まり、
先生や先輩達にその都度伺っていました。

このような経験から現状の問題に立ち向かう上で、
絶対にMBAの知識と能力が更に必要だと感じて
学ぶことを決めました。

これが私のMBAを学ぶ動機となっています。

また、学び始めてから気が付いた中に、 過去の失敗も何故失敗してしまったのか、 ファイナンスⅠやアカウンティングⅠの学びを通して 理解できるようになりました。

今では笑い話になりますが、
次回は私の失敗談をお話しさせていただきます。
乞うご期待を・・・・・・。

【番外編】大連・上海を旅して~第2部:上海編~

中国滞在3日目の17日土曜日。
大連空港発8時10分の飛行機に搭乗し一路上海へ。
中国国内移動でもパスポートチェックは厳重だ。

2時間後の10時過ぎ、飛行機は無事上海浦東空港へ到着。
2年半ぶりの上海である。

上海でのメインイベントはフィナンシャルタイムズによる
世界のMBAランクでアジアNO.1ビジネススクールとなった
CEIBS(China Europe International Business School)中欧国際工商学院への訪問である。

個人的には2度目の訪問だ。

前回訪問の際には、
彼らとのコミュニケーションが英語という条件の中、
まったく話せなかった苦い思い出がある。

今回は拙い英語ではあるが、少しでもコミュニケーションを実践し
彼らとの交流を深めたいと思っている。

また、CEIBSで学ぶ彼らが何を考え、何を実践しようとしているのか。
彼らは今の中国を、世界をそして日本をどのように見ているのか等々
知りたい事が山ほどあった。

空港を出た我々が目にしたのは、
すっかりきれいに整備された高速道路や鉄道。
そして近代的なビルが立ち並ぶ街並みであった。

2年半前に訪れた時は、これらの社会インフラがまさに建築中で、
昨日まで居た大連のように、至る所でビルの建設ラッシュ。
そのせいか、当時は空気もよどんでいたように思う。

しかし今回は万博が直前に迫っているという事もあり
建築中の構造物は少なく、その為空気も以前よりは澄んでいるように感じた。

また、当時はあった低所得者層が住む一部のエリアもなくなっており、
きれいな街並みに変貌していた。

思いのほか交通ルールも守られているようで、
赤信号を平気で無視する車や人や自転車は
2年半前に比べると減っているような気がした。

これも万博を前にした啓蒙活動の成果だと
地元のガイドさんも話していた。

当然ながら上海市内はどこも万博一色。

観光地だけに限らず、公共の場、民間施設、テレビ、ラジオ、
様々な媒体を通じて万博をPR。

5年前の愛知万博を経験した私にとって、
この光景は少し懐かしい思いがした。

ただ、前日の大連では万博についてはあまり報じられておらず、
地元の人もほとんど興味を示していない様子。
中国における万博経済効果は、一部地域の限定的なもので終わる
可能性もあるなと感じた。

さて、我々が向かうCEIBSは漢字で書くと「中欧国際工商学院」である。

中国のビジネススクールなのになぜ「欧」の文字が???。

実はCEIBSは1994年に中国政府とEU(ヨーロッパ連合)の合弁事業として産声をあげた。

中国経済の成長を見込んだEU が中国政府と手を組んで
一流のビジネススクールを作るという国際プロジェクト。

欧州シンパの経済人を育成して中国経済の中枢に送り込もうという
壮大な戦略が透けて見える。

バイエル、ミシュラン、フィリップスといった欧州系の大企業や、
宝山鋼鉄などがスポンサー企業として学生の実務研修を受け入れているという。

学生数は1学年190名。

18ヶ月のフルタイムMBAとエグゼクティブMBAの二つのコースがある。

言語はもちろん英語で、学生は中国大陸出身者が62%。38%が外国人。
外国人の割合は香港・台湾・マカオが6%、アジア・パシフィック13%、
ヨーロッパ13%、アメリカ6%である。平均年齢は29歳。
女性比率も32%と比較的高い。
ちなみに日本人は毎年1~2名程度入学しているそうだ。

約束の15時を少し過ぎて我々はCEIBSに到着。
我々を迎えてくれたのは教務関連の責任者であるドイツ人のクラウディア女史。
再会を喜び、握手をかわす。
前回の訪問に比べ彼女の表情も穏やかで自然な笑みがこぼれていた。
実はCEIBSとグロービスの交流はこれが3度目。

2007年に我々が訪問したのをきっかけに、
昨年CEIBSの学生約30名がグロービス東京校を訪問。

そして今回、我々の訪問。
学生主体での草の根交流が継続している。
実に素晴らしい事だと思う。

我々は敷地内を一通り案内された後、CEIBS学生との
ディスカッション会場になっている講義室に入った。

まずは、クラウディア女史からCEIBSについての説明と
中国市場の魅力と今後の課題についてのプレゼンから始まった。

特に中国市場の課題については大変興味深い分析となっていたので、
少し紹介したい。
(ちなみにプレゼンは全て英語。スライドももちろん英語。
前回は通訳ありだったが、今回は通訳無し。必死で聞き耳を立てて聞き取った。)

現在、中国が直面している課題を3つに絞っていた。
雇用と環境と陸上輸送である

雇用:
毎年600万人が大学を卒業するが全員が職に就けるわけではない。
市場が求めているのは経験豊富なマネージャー、熟練した技術者等の即戦力。
中国の教育システムそのものが雇用市場にマッチしていないのが
問題の本質と結論付けていた。

環境
中国は世界で最も汚染されている都市ランクで上位10都市中6都市を占めている。
これは急激な都市開発と経済発展が主因ではあるものの、
規制を守ろうとしない風土や資源の無駄遣いも見逃せない。
また慢性的な水不足も深刻な課題である。
その解決策として海水の脱塩化技術開発を推し進めている。

陸上輸送:
アメリカと比較すると高速道路網が貧弱。
アメリカのそれは420万kmにも達するが中国はまだ、35万km程度である。

これ以外にも高齢化、医療保険問題、内陸部の開発等、
今後起こりうる課題についても鋭く指摘していた。

クラウディア女史のプレゼンが終了する頃を見計らって、CEIBSの学生達が入室。
中国、インド、シンガポール等国籍は多彩だ。

今度は彼らに対し、我がグロービスの田久保講師が流暢な英語でグロービスの紹介を行った。

彼らにとってはグロービスがベンチャー企業として
大学院を作り上げるまでに至った事が興味深かったようで、
質問もその点に集約された。

お互いに質問と回答を 繰り返すといった感じでディスカッションは進んだ。
その中で興味深い一幕があった。

「なぜCEIBSを選んだのか?」
「なぜグロービスを選んだのか?」
というそれぞれの質問に対し、

CEIBSの学生はほとんどが、
自分のキャリアアップ、
中国でビジネスをする為に有利、
欧米系企業への就職に有利といった理由であったが、

我々グロービスの学生はほとんどが
「グロービスはこういうところがいいんだ!」
と自分の事よりもグロービスについて熱く語っていた。

CEIBSの学生からは、「あなた方はグロービスの職員ですか?」
と笑って質問されるほどだった。

徐々に硬い雰囲気が和んできた所で、場所を変え懇親会に移った。

懇親会の場所はCEIBS内にある学生食堂だが、これが立派。
グロービスもこれだけは敵わなかった(笑)。

丸テーブル3つにCEIBSの学生と我々が共に座り食事をしながら
様々な話題についてお互いの意見を交換する。

もちろん我々は全員が流暢な英語をしゃべれるわけではないが、
それでも身振り手振りで必死にコミュニケーションを図っていた。
いくつか、面白い話しが聞けたので紹介する。

中国の水不足について:(インド人学生との話)中国は慢性的に水不足。

一方、日本の水資源は豊か。
中国で日本の水を売れば大きなビジネスになると思う。

ただ、現時点では日本側にどのような規制があるのか研究中。

規制について何か知っている事はないか?
と質問されるも明確に答える事ができなかった。

最初はミネラルオォーターの販売をイメージしていたが、
よく聞いてみると
石油タンカーのような船に日本から水を積んで中国に運ぶ事を想定しての質問。
考えるスケールがでかい。

経済成長に対する国策について:(中国人学生との話)

国策による大連での建設ラッシュ。
上海万博に合わせた強制的な土地開発等、政府の経済政策、
国策の意思決定のスピードが速いように感じた。

この点について質問すると、毎年600万人の学生が卒業し職を求める。
経済を成長させ雇用を確保しなければ、現在4%の失業率は毎年上がっていく。

その為には経済成長を国策で支援するしかない。
他に選択肢がないからそうしているだけではないかとのこと。

前回の訪問でも感じたのだが、
グローバルな場面で質問されるような事に対して

彼らは必ず明確な自分自身の考えを持ち、
それを我々でもわかるような
やさしい英語でしゃべる事ができる。

それは単に時事問題に精通しているというだけでなく、
歴史やその国ごとの文化についても深い見識と洞察があるように感じられた。

今回詳しくは記さなかったが2日目に訪れた旅順、203高地では改めて、
自国の歴史について自らの見識の薄さを思い知らされた。
まだまだ学ぶべきことはたくさんある。

懇親会は予想以上に盛り上がった。
折角の盛り上がりを一時の事にならないよう本日参加のメンバー同士で
メーリングリストを作成し引き続き情報交換をしていく事になった。

前回の交流からさらに一歩前進である。
全員で記念写真をとり、お互い硬い握手を交わし2年半ぶりのCEIBSを後にした。
これで、今回の目的は全て終了。
あっという間の3日間であった。

自分なりの目的はなんとか達成できたように思う。
点数をつけるとすると70点ぐらい。
後の30点は英語力不足な点かな。再トライ!

CEIBSでの熱い語らいに興奮を抑えきれない我々は、
ホテルにチェックインした後、反省会も兼ね、夜の上海に消えていった。

番外編終わり

【番外編】大連・上海を旅して~第1部:大連編~

ブログも3回目に突入した。

ブログのテーマは「農業」であるが、今回は内容を変更し、
先般、
グロービス東京・名古屋・大阪の有志約30名と共に
大連、上海を訪れた時の感想を2部構成で書いてみたいと思う。

まずは第1部:大連編

4月15日水曜日。
3泊4日の予定で、成田を飛び立った我々は現地時間の正午過ぎ、
中国の大連空港に降り立った。
時差はマイナス1時間。
緯度が東京に比べ高い為、気温はやや低いが天気は晴れ。
旅の始まりとしては程よい「お日柄」である。

大連市は人口約500万人。
瀋陽と並ぶ中国東北地区の中心都市で、旧満州国の時代に日本人が
多く移り住んだ事から、日本語を解する人も多く比較的親日的な町である。

地元出身のガイドさんの話によると、中国東北地方の人々は
ビジネスをする上で「信頼関係」を重視するそうだ。
「儲け」はその次。
日本人の国民性に似ている所があるという。

ガイドさん曰く
「日本人は、中国人の多くが、金儲け主義、個人主義、
人を信頼しない等々という見方をしているが、少なくとも
中国東北地区の人はそういう傾向は少ない。」との事。

なるほど。確かにあれだけ広大な国土を持つ中国。
それぞれの地域で歴史的な背景も異なる。
当然ながら人間性に違いが出るのも至って自然 。

中国人をひとくくりでステレオタイプ的に見る事がいかに意味を
成さないかという良い教訓であった。

ふと、バスの車窓から外を眺める。
車窓から見える大連の町は、昔の中国的な面影は少なく、
とにかくビルやマンションの建設ラッシュ。
市内中心部だけでなく、郊外にもビル、ビル、ビル。
マンション、マンション、マンション。である。

大連では5年後の人口を2倍の1000万にする計画が国策として
動いているらしくそれを当て込み、国内外から旺盛な投資を呼び込んでいる。

日本が1970年代に経験した都市化が北京、上海だけにとどまらず
中国の各都市で起こっている。

良いか悪いかは別として、旺盛な中国経済を下支えしている国策の存在は、
物質的豊かさを目指す中国人のモチベーションを維持する上で必要不可欠な
存在となっているようだ。

 さて、我々の今回の旅の目的は大きく3つある。

1、現地(大連)企業を訪問し中国におけるビジネスの実体を探る。

2、日露戦争最大の激戦地203高地を訪れ、自分自身の歴史観を作り上げる一助とする。

3、アジアNO.1ビジネススクールと言われる上海のCEIBSを訪れ、ビジネス、文化、
    キャリア等のテーマについてのディスカッションにて、学生どうしの交流を深める。

まず、現地の企業として我々が訪れたのは、
大連にある「Neusoft」というソフトウェア企業と「大連マブチモーター」の二社である。

このうち「Neusoft」についてとても興味深い話が聞けたので書いてみたい。

「Neusoft」(ニューソフトと呼ぶ)は1988年中国東北大学(NEU)の3人の教授が
研究費用3万元、286コンピュータ3台で
「コンピュータ・ネットワークエンジニアリング研究室(計算機網絡工程研究室)」
を開設したのが始まり。

1991年、日本のアルパインとの間で産学共同合弁企業として設立された。
1996年には中国初上場のソフトウェア会社になる。

その後、電信、電力、交通、社会保険等国家的なインフラを支えるITソリューションの開発、
海外企業の開発部門のアウトソーシング請負事業で順調に成長し、
2010年時点で年間売上約550億円、従業員数約16,000人、中国に地域本部8か所、
ソフトウェア開発・技術サポートセンター16か所、ソフトウェア研究開発5か所を設立し、
40余りの都市に販売・サービス網を構築している。

さらに大連、南海、成都、瀋陽に「Neusoft情報学院」3校、
「バイオ医学・情報エンジニアリング学院」1校を設けている。

つまり企業が大学を併設しているわけである。

我々一行は、まず大連郊外にある「Neusoft情報学院」を訪れた。

ここは、「Neusoft大連開発基地」内にあり、
その広大な敷地内には「Neusoft」の研究開発部門だけでなく
協力関係にある米国のHPや日本のアルパインのR&Dセンターも入居している。

この「Neusoft情報学院」正式には「大連東軟信息学院」には中国各地から
IT技術の習得を目指す優秀な若者が集まり、日夜勉学に励んでいる。

我々が案内された図書館では、数100名の学生が黙々と勉学に励んでいた。
おしゃべりはおろか物音ひとつ立たない。
我々のシャッターを切る音だけが静寂の中でこだましていた。

彼らの中で優秀な学生は、そのまま「Neusoft」に入社でき、
充実した環境の中で仕事に打ち込む事ができる。
もちろん待遇面も悪くない。
彼らがその競争を勝ち抜くために必死に学んでいる姿から、
いかに「Neusoft」が魅力的な企業なのかが伝わってきた。

続いて、我々は「Neusoft」社の本社に案内された。
本社は大学とは別の敷地の「Neusoft大連ソフトパーク」内にあり、バスで15分ほど移動。
ここの敷地も広大で、山の斜面を切り開いて造られている。

東京ドーム何個分だろう?とにかく広い。
ここの入り口では、さながらアメリカのMicrosoft社をイメージさせる「Neusoft」の
白い大きな看板が我々を見降ろしていた。

本社玄関に到着すると我々を迎えてくれたのは副社長の徐氏と日本語の堪能な金氏。
金氏の通訳の元、副社長直々の案内で、ショールームの見学、そして会議室での
ディスカッションが行われた。

設立当時の1990年代は世界規模でITの成長にドライブがかかった時代。
しかし中国はそれに乗り遅れていた事はいうまでもない。
そんな中わずか20年でここまで成長できた経緯を説明頂き、今後の目指すべき方向性も示して頂いた。

成長の原動力は3つあったという。

1つ目は、
当時の中国では珍しいソフトウェア開発企業であった為、国の支援を受けやすかった点。

本社のある広大な敷地「Neusoft大連ソフトパーク」は中国のソフトウェア基地として
95年に建設が始まり96年に運用が始まっている。

2つ目は、
欧米の有力企業との合弁会社設立によって、開発技術の向上、事業領域の拡大に成功した点。

99年にOracle、2000年にNokiaとMotorola。

3つ目が、
優秀な人材の獲得と育成を重視した点。

彼らはこれを「ヒューマンリソース開発」と呼んでおり、
上記の「Neusoft情報学院」の設立によって優秀な人材を学生の段階から囲い込み、
育成し、自社の即戦力として採用。

さらに彼らのロイヤリティを高めるための人事システムを構築し、快適な仕事環境を提供している。

以上の要因で今では中国にはなくてならないIT企業のひとつとなったようだ。

国の支援や、国外企業との合弁によって拡大してきた経緯を見ると、
かなりハンデをもらった上での事業拡大なので、ある意味ラッキーな側面もあるなと思った。

しかし彼らは、中国内に止まろうと思っていない。
(このようなケースだと、日本の企業であれば、そのポジションを活用し
国内インフラのIT整備のみに軸足を置く戦略をとるだろう。)

海外企業のアウトソーシング請負事業はすでに全売り上げの40%を占めており、
彼らの目線はすでにグローバルである。

グローバルで競争する事を前提に戦略が立てられ、資源配分が行われ、人材が育成されている。
国と企業が組み、グローバルで通用する国内企業を育成する。

恐らく、中国企業のグローバル展開のモデルパターンを作り上げようとしているのではないか?
そう思わず にはいられなかった。
中国の強さというより「末恐ろしさ」を思い知らされた企業訪問であった。

Neosoftを後にした我々は、大連マブチモーターの工場を見学した後、
総経理の古今さん(グロービスの元クリシン講師)と夕食を共にし、
大連スイッシュホテルにチェックインした。

初日から、中国のスケールの大きさ(規模も考え方も)を痛感して興奮していたが、
夕食時に飲んだ「白酒:パイジュ」が効いてきたのか12時過ぎには深い眠りについた。

【MBAを学びはじめるまで】悩み、考え抜いた末の決断  

2008年春、若葉青葉をわたる風も快く感じられる季節なのに、
私は霧の中を彷徨っていました。

転職して丸3年が経過した頃です。

私は転職する時、異なる業界で異なる職種を試してみたいと思い、技術系ベンチャー企業で営業と採用の職に就きました。

ベンチャーを選んだのは、会社を一緒に創っていきたいという想いと、
大手企業よりベンチャーの方が担当する領域が広く、色々吸収できると思ったからです。

転職して最初の3か月、
結果を出さなければこの職は無理だろうと
自分へのプレッシャーをかけて結果を出しました。

そして半年1年と
目標を次々と立てては達成し、
3年が過ぎました。

とても充実した3年間でした。

しかしふと立ち止まった時、
これでいいのだろうかという気持ちが湧き、
新たな風を取り込みたいと思うようになりました。

そんな折、グロービスが名古屋に大学院を作るという情報が入ってきました。

今まで私は1年に1クラスGMSで学ぶ程度、
クラスに通っている時は学びを仕事に活かそうと意識しますが、
通っていない時は目先のことに追われてしまう。

そう、私は"継続"が苦手。


元来飽きっぽい性格なのでしょう(笑)

自分のこれまでの学びのスタイルは、あるモノをマスターする際、 1つのスタイルを継続するのではなく、書籍やセミナー、交流会、体験など色々なスタイルの中で学んできました。

だから第一戦で仕事をしている講師陣がみえて、
かつ様々な業界で働いている仲間と学ぶ大学院に身を置いた方が
自分のスタイルに合っていると思いました。

そこで早速説明会に行きましたが、
エッセイを書き出したのは第一回試験の2週間前。

短い間に何回も書き直しましたがしっくりこない。エッセイ提出締切の前日、
徹夜で書き直し、締切時間ギリギリにグロービスに向かいました。

当時の事務局担当者に提出する予定だったのですが、何か心に引っ掛かっており、
"やっぱり今日はエッセイを提出するのをやめます。もう少しじっくり考えます。"
と言ってグロービスをあとにしました。

よく迷ったときは"やってみなさい"といいますが、
私の場合あまり悩むことはないだけに、このような時は逆に、原因が明確にならない限りうまくいかなかったのです。

だから明確にしたいと思いました。

少しずつ自分を見つめ直していくと、あまりにも現実を重視していたことで、
本当にやりたいことに蓋をしていたことが分かりました。

その後私は、子供の頃まで立ち返って何に楽しみや喜び、
生き甲斐を見出していたのか、
玉葱の皮を一枚一枚むくように自分の心を見つめ、
気付いたことをノートに書き綴りました。

そのときぼんやり見えたのが "音楽"と "子供" というキーワードでした。でも漠然としたままではいけないと思いました。

なぜならMBAを学ぶのに、生半可な想いでは
途中で自分の心が折れると思ったからです。

そんな時、村尾さんのキャリアセミナーを受講する機会がありました。

モヤモヤしている想いを思い切って村尾さんにぶつけてみました。
"MBAを学ぶ前と学んでいる途中では目標が変わりましたか?"
という質問。

すぐさま
"はい、変わりましたよ"
と笑顔で答えてくださいました。

それは、学んでいくうちに社会に貢献したいという気持ちが
次第に強くなったからだという理由でした。

それを聞いて心が軽くなったのを今でも覚えています。
村尾さんの一言が私の背中を押してくれました。

私は今の会社で社会貢献をしていきたいと思っていますが、将来的には

"音楽を通じて、多くの可能性を秘めている子供達に、
感性と創造性を育むための「場」を創りたい"

という想いがあります。


まだ明確になっていませんがそれでもいいと思っています。

なぜなら漠然とした想いでも、行動に移してみることでその想いを強くすることができるかもしれない、
また新しい何かを発見できるかもしれないと思ったからです。

もちろん想いを実現するには、そこに行くまでの道筋、
自分のキャリア戦略を立てなければなりません。

私は音楽業界に長くいたことでビジネス経験が少ない。だからビジネス全般のスキルを身につけたいと思いました。

1つのことを深堀するだけでなく知見を拡げ、そのあとまた深堀することで、
深さと拡がりのあるT字人間を目指そうと思いました。

ここまで行き着くのに色々悩みましたが、
自分自身のキャリア戦略を考えるうえで価値のあるプロセスでした。

入学してからの1年、仕事との両立が大変でしたが、それ以上にここにいられることに感謝しています。

なぜならビジネスを学ぶだけではなく様々な業界で活躍されている講師陣から人生の指針となる教えを学べること、
そして同じ志を持った仲間が何よりも大きな刺激になっているからです。

また自分が得るだけでなく、一歩踏み出してアウトプットする ことで、周囲に何らかの影響を与えたいという "Giveの精神" が強くなってきました。

何を始めるにも、 "志" があってこそ。

そして "環境は人を創る" ということを肌身に感じています。

色々な思考を持った多くの仲間と交流をしながら、
自分の志を磨いていきたいと思っています。

2009期生 清水

エンジニアにとってのMBA~第3回:エンジニアの一日~

みなさんこんにちは。

前回はエンジニアのメリット・デメリットというテーマで、
エンジニアがMBAを学ぶ上で留意した方が良い点、
エンジニアならではの学びの実践方法などをお伝えしました。

今回はこれまでと少し趣きを変えて、

エンジニアの1日というテーマで
エンジニアってこんな仕事をしていて、
こんな所で喜びを感じたり悩んだりしているんだよ!

という所をお伝えしたいと思います。

一言にエンジニアといっても、
その業務内容は開発ステージ毎(研究開発~量産設計)にも違いますし、
業種毎(電機、機械、情報)にも違います。

もちろん、企業や会社内でのポジションによる違い等もあります。

そんな中で、今回は僕の体験を基にエンジニアの仕事について
お伝えできれば、と思います。

第1回目のブログでもお伝えしましたが、

僕は入社してから6年間R&Dにいました。

R&Dでは最新技術の調査や研究開発を行うのですが、
重要なミッションの一つに最近の技術動向から、
世の中がどういう方向に動いていて、今後どのような市場が立ち上がり、
どのような技術が必要になるのか?、 を明確にすることがあります。

端的に言えばシーズ動向から将来のニーズを予測するというミッションです。

実は技術屋と言えども、
こういった戦略系の仕事をしていることも多いんです。

という訳で、戦略から技術開発まで、
僕があるプロジェクトのテーマリーダーをしていた頃の
1日の様子をお伝えします。

■午前

朝出社して一番最初にやることは、
WBSを見直して計画と進捗を確認することです。

ご存知の方も多いと思いますが、

WBSとは Work Breakdown Structureといって
大きな目標を達成するために必要な業務を分解し、行動計画に落とし込んだものです。 (グロービスではクリティカル・シンキングで出てきます)。

WBSを作成することで、 やるべき事が明確になり、業務の進行状況を見える化することができます。

とはいえ、R&Dという部署は
計画通りに事が運ぶことはまずありません。

これまで世の中にないことに挑戦するのですから当然です。

しかし、だからといって
WBSが必要ないということではありません。

WBSがあることによって、
どこに問題があるかが明確になり、軌道修正を速やかに行うことができるからです。

次に出社してきた同僚に声掛けして、
ざっくばらんな話(いわゆる雑談)をします。

この中では特に仕事の話はしません。

この雑談の目的はコミュニケーションを取りやすい雰囲気づくりです。

雑談をすることで、ざわざわした雰囲気を作りだし、
声を発しやすい状況にしようと努力しています。

R&Dという部署はその特性上、
一人で集中して仕事をすることが多いのですが、
そうなるとどうしてもフロアがシーンとしてしまい、
パソコンのキーボードの音だけが鳴り響いている、
なんて状況になりやすいです。

これでは、どんな人でも声を出すことをためらってしまうでしょう。
そんな理由で、声かけをしています。

以前はその重要性に気付かなかったのですが、

グロービスでリーダーシップを学んで以降、
重要性に気づき職場で実践をしています。

とっても簡単でコストもかからないんですが、効果は的面で チーム内でのコミュニケーションが非常に円滑になりました。

さて、そろそろ仕事をしないと怒られます(笑)。

まず、世の中で自分たちに関係のあるものないものも含めて
大きな技術革新が起こっていないかどうかを確認します。

関係のないものまで調べるのは、そこで絞ってしまうと、
思わぬ飛び火をしたときに対応できないからです。

最近はそういう技術の飛び火的なものが増えてきているので、
大まかに押さえておく必要があります。

定型的な作業は大体ここまでで、
これ以降はR&Dらしく型にはまらない様々な業務に取り組みます。

プロジェクト着手前は、
技術を中心に3C的な観点で今の状況を分析し、
ポートフォリオなども考えながら、
マネジャーとディスカッションしてプロジェクトの方向性を決定します。 ただ、この辺りがきちんと出来るようになってきたのは
MBAを学びだしてからですが。

プロジェクト開始後は、
プロジェクトリーダーといえども自ら手を動かして、
技術論文を読んだり、ハードウェアの構造を考えたり、
ソフトウェアのアルゴリズムを考えたりと、
いち技術者として業務を行います。

ただし僕の場合、実験や製作、コーディングなど
作業的な事はあまり午前中に行いません。

なぜなら午後1時~3時はどうしても眠たくなるから(笑)。

手足を動かす作業的なことを午後に回すことで、眠気に対処しています。

■午後

午後は作業的なことを中心に取り組みます。
技術者としてはワクワクする時間です。

自分の考えた事を自分で具現化して形にできる、 ここが技術者の醍醐味ですね。

特に自分が思った通りにモノが動いた瞬間というのは、最高です。

これは技術者以外の人も同じかもしれません。

自分で考えた戦略を自分で実行し、思い描いたストーリー通りになる、 これが経営者の醍醐味かもしれません。

しかし技術と同じで、
考える土台となる基礎知識がしっかりしてないと
成功確率はぐっと下がってしまうことでしょう。

基礎知識があるからといって必ず成功するとは言えませんが、 成功に基礎知識が寄与することは間違いありません。

その基礎知識となるのが、
技術者の場合は工学であり、経営者の場合は経営学なのでしょう。

やや話が脱線しましたが、
午後はこうやって作業を中心に仕事をしています。

僕の場合、午後3時を過ぎると眠気もなくなり、また頭が動きだします。
そうなると考えながら作業ができたりします。

そうなった時は、プロジェクトの進め方やプロジェクトのあり方などに思いを巡らせます。

これまでは思いつくままに考えていましたが、
MBAを学びだしてフレームワークを知ることによって、 考えにヌケ・モレが減ったように思います。

フレームワークにとらわれ過ぎるのは良くないと思いますが、 フレームワークが助けになることも多々あります。

一番大事なのは自分の頭でしっかり考えることだと思います。

色々とインプットされる情報を事実と解釈に分けて、
解釈の部分については鵜呑みにするのではなく、
自分の頭で納得するまで考える。

そのために頭を鍛える。

それが何をするにしても重要であると思います。

そろそろ帰宅です。

しかし、仕事でかなり頭を使っているため、
なかなか仕事の事が頭から抜けません。

運転しながらとか、帰宅後もついつい仕事のことが頭をよぎります。

でも実は会社を離れてリラックスしながらも
ぼんやり仕事の事を考えているような時に
ものすごく良いアイディアが思い浮かぶ事が多いです。

仕事中は必死に考えてもなかなか出てこないのに。
不思議ですね。

そういう時はメールをよく使います。
思い浮かんだことをメールで自分宛に送るのです。

そうすれば思いついたアイディアを
無駄にすることなくストックしていけます。

僕の一日は大体こういった感じで過ぎていきます。

みなさんは、いかがでしょうか?

僕は他の職種や業種についたことがないので、
みなさんがどういう風に一日を過ごしているか
非常に興味があります。

もし良ければ、みなさんの一日を教えてくださいm(_ _)m
コメントをお待ちしております。

それでは次回は、『MBAの仕事への活かし方』と題して、
エンジニアとしてMBAで学んだことをどのように仕事へ活かしているか、
といった事をお伝えしたいと思います。

【MBAを学びはじめるまで】MBA受講のきっかけ ~技術と新たな視点への気付き~

【はじめに】                          

私は某自動車会社に勤める技術者です。

技術者がなぜMBAを志すのか。
よくこうした質問をいただきます。

私は、技術者にとってもMBAは非常に大切なものだと考えています。

なぜならば、
技術者にとって技術を考える上で大切なことは
「お客様に思いがけず喜んでいただける最高の満足を提供する」
使命感であると考えているからです。
この中でお客様とは、エンドユーザーはもちろん自部署の後工程も含みます。

これが無ければ技術はいずれ陳腐化したり淘汰されてしまいます。

そのためには

技術以外の経営的視点(時代とのマッチング、顕在・潜在ニーズ、実現性、継続性など)
トータルでの判断が不可欠であり、
その共通言語とも言えるMBAを習得することで
経営と技術を直結することが益々重要になってきていると感じています。
           

このような考えに至った経緯や自分の想いを整理しながら
記していきたいと思います。

「了解!それではこの仕様で導入することを決定しよう!」
疲れきっていた意識の中で僕は一瞬反応が追いつかず理解できなかった。

それは開発中の環境技術の海外工場への導入を現地責任者が認めた瞬間だった。

「本当にできた。あれだけ諦めようと思ったのに。」
「間に合った」
と自分に言い聞かせた。

2005年4月 私はある新しい環境技術の開発に着手した。

当時はグローバル展開が急激に行なわれ、
海外には環境にやさしい技術で展開することが
責務であることから開発が急務となり、
周辺技術を経験してきた私が技術の確立、
製造設備の設計、
新しい品質管理手法までの開発を担当することになった。

この開発は数年前より役員から指示も下りていた。

過去10年間数人のメンバーがチャレンジしてきたものの適用できなかった。
実現性が低い上、メイン技術を支える技術で目立たないこともあり先延ばしされてきた。

そこに対して私達の部門にもう一度カミナリが落ちた
「まだやっていないのか!」
こうして担当が私に変更され再度挑戦することになった。

今回もこの開発は実現性が低い、できるわけがない、そんな雰囲気が漂っていた。

人材も私と後輩の二人だけ
私は、やり場のない気持ちになっていた。

そんな中でグループマネージャーだけは
技術という視点から真剣に取り合ってくれた。

過去に実現できなかった現実ではなくて、
どんなメカニズムで実現できないのか?

そこを真剣にかつ真摯に考えてくれた。

そうしたコミュニケーションを取る中で、
できるところまではまずやろう、
となぜか強く思えた。

そして技術的に実現が難しいならそれを証明して、
この仕事を止めるように提案すればいいんだ、
とある意味で割切れた。

過去の振り返りとこれからの計画を1ヶ月程度で整理し
キックオフ会議を行った。

社内の反発は最初は高かったが
各部署のキーとなるメンバーとの個別に計画を何度も説明することで合意を得ることができ、
徐々にプロジェクトとして認識されるものになった。

普段は自由にやらせてくれるグループマネージャーは、
私が困るころになると現場にふらっと来て私に指導をした。

まだまだ見方が足りない。
そんなやり方では技術の壁は越えられない。
そんな想いが伝わってきた。

また時には、
技術メカニズム解明一辺倒に走る私に対して
冷静になる一言をくれた。

「お前は見ているところがずれていないか?」                  
「そこがそんなに今重要なのか?」
「研究して終わりではないんだぞ。」
「実現するためにやることがあるのではないか?」
「開発技術にマニアックになりすぎるな。」
「簡単に製造する方法、海外流通ルート、法的対応、人とのコンセンサスの視点は良いか?」

質問を投げかけるとふっとどこかに消えてしまうのが
いつものスタイルだった。

言葉は少なかったが技術を世に出すために必要な視点を本気で教えてくれた。

とにかく、とことんやってやろう。
たとえ実現できなくても。
従来のやり方に囚われず必要であると思うことをやりきろうと思った。

日本に数台しかない精密評価装置を自由に使うことができれば
技術解明に繋がる可能性があった。

無理を承知でいくつかの研究所へ交渉した結果、
ある企業の研究所と連携することで
評価装置を自由に活用する状況を作り出すことができた。

また、開発オプションを幅広く持つために
大学と連携し可能性のある技術の評価を続けた。

さらに、技術解明後に海外展開できるように
サプライヤーとの準備も進めた。

その結果、

6ヶ月ほどで障壁になっていたメカニズムを
解明するところまで到達することができた。

そして、自社技術とサプライヤーの技術や流通ルートを活用することで
海外展開が実現できることを確認した。

安堵のひと時に包まれながら、
今回の一連の開発を振り返りながら私はふと思った。

とことん集中して自由にやってこれた。
このように行動できたのはなぜだろう。

ベースにはグループマネージャーの
「自由に行動させ、必要なときには根回しする」ことを実践してくれたことが
私の心の支えになり、私の行動をアクティブにしたことが大きかったことを改めて実感した。

グループマネージャーは、
日常的には部下自らに行動させ手を出さないが、
頻繁に現場を視察し問題点や、やり残しなどを徹底的に把握しておき、
部下が困っているときに適切な判断をしてくれた。

こうした困難な状況を乗り越える経験は何回できるのであろうか?

また次に来る難しい問題は解決できるのか?

将来、私は後輩のチャレンジを後押しし、
課題解決の道を言葉にしたり、
暗に示しながら導くことができるのであろうか?

自信がなかった。

私は、この経験を通して技術開発において、
夢中に走るメンバーが着実に変革プロジェクトを遂行できるよう
指導できる力を身につけることの大切さを教えてもらった気がした。

環境変化のスピードが上がる中、
実務では経験、指導してもらっていないことに対しても
着実に方向を示して進んでいく必要がある。

そして、一人ひとりが今まで以上にブレークスルーを
繰り返していける集団でなければならない。

技術者としてどんなスキルや想いを持っていれば良いのであろう。

このまま企業の中で学ぶ機会に身を委ねていて良いのだろうか?
自分の能力を磨き鍛えることのできる時間はどれだけ残されているのか?

そんな時、以前、企業内研修でお世話になったことのある
グロービスのことを思い出した。

創造と変革の志士を目指す集団に飛び込んで、
技術者として経営をしっかり学んでみたい。


チャンスは今しかないと思った。

MBAは農業を変えられるか?「農業業界をフレームワークで切ってみると Part1」

前回のコラムでは農業の問題を「担い手不足」だと指摘した。
なぜ「担い手不足」なのか?

それは儲からないから。
なぜ儲からないのか?

それは生産者に価格決定権が無いから。
なぜ価格決定権が無いのか?

JAへの過度な依存体質?
規制だらけの農政の弊害?
生産者に経営リテラシーがないから?
等々、要因は様々だろう。

農業の場合、国家的な食糧戦略の側面があることも見逃せない。

とは言うもののこのコラムを
「社会に対する提言」
的な内容にはしたくないと思っている。

あくまでも主語は「私 」。
自らの力でできることに絞って話を進めて行きたい。

となると、
農業というビジネスの現状分析が必要である。

グロービスのマーケティング・経営戦略基礎で習ったフレームワークを用いて
基本に忠実に分析していきたいと思う。

まずはマクロ分析
「PEST」である。

P(Politics):
昨年の9月に農地法が改正された。
この改正によって農地利用に対する規制が緩和された。
具体的には、農業生産法人でなくても、農地を農業に活用するのであれば、
一般の企業も農地を借りて農業に参入できるようになった。
これによって従来以上に法人、個人の農業参入がし易くなった。
一方、コメ等 の一部の作物以外は原則輸入自由化されている為
安い輸入作物との価格競争は依然厳しい。

E(Economics):
経済状況が悪くても、食の消費は比較的安定している。
逆に景気が良い時期でも、大幅に食の消費が増加することは考えにくい。
それよりも天候による不作や、豊作による価格下落リスクの方が大きい。

S(Social):
安心・安全な作物に対するニーズは依然強いものの、
一般的な消費者がそれに支払う対価は必ずしも高くない。
一方で日本の高齢化は疑い無く進む。
この事によって安全で安心でおいしいものに価値を認める高齢者層は
確実に増加する傾向にある。
ただ農業業界の高齢化は危機的状況で、生産者200万人の平均年齢は60歳である。

T(Technology):
機械化、省力化は進んでおり、人口の2%程度で国民の約半分の食料を
賄っているわけだから生産性は高いと言える。
さらに最近ではITを駆使した農業技術の進歩も著しく、
従来からある「匠の経験や勘」に頼っていた土壌分析や温度、
湿度管理などはIT技術によって定量化され、
素人でも管理できるようになってきている。

以上のマクロ環境を踏まえると

以前に比べ農地法の改正等の規制緩和やIT化などにより
企業や個人の農業参入のハードルは下がっているものの、
天候リスクや輸入自由化による作物価格下落での
収入減の不安(経営の不安定化)は依然拭いきれない。

ただ、高齢化が進む事によって
付加価値の高いものを志向する消費者は
増加する傾向にあると思われる。

さて、農業のマクロ環境の話となると
最近の農業ブームについて少しコメントしておきたい。

首都圏では週末にお金を払ってでも農業をやりたいという人が増えている。

年会費4~5万円程度の市民農園は2~3年待ちはざらで、
1回5千円~1万円の民間経営の体験農園も募集と同時に満員となる活況ぶりだ。

かくいう私もお金を払って農業を体験した1人である。

さらに驚くべき事に女性の比率が高いのである。
感覚的には7:3で女性多数で、20代~30代の女性が大半である。

なぜ農業が流行るのか?

おそらくこのテーマはインサイトに迫る必要がある。

ここではポストモダンマーケティングをこよなく愛する
グロービスの諸氏に下駄を預けたいと思う。

ただ、私の経験から感じたキーワードは

「開放感」
「転地効果」
「癒し」
「生命を育む喜び」
「採れたての美味さ」

などが挙げられる。

農業が一時期のブームかどうか見極めた上で、
この体験農園ビジネスも評価に値する選択肢として
次回以降で考察していきたい。

さて、横道にそれたので話を元に戻そう。

農業のマクロ環境を押さえたので、
次はより深く農業業界の魅力度を確認するために
ファイブフォース(5F)を使って検証していきたい。

が今回はここまでにしたいと思う。

前回の内容は長くて読むのに疲れるといった、
ありがたいご指摘を頂いた。
つたない文章を最後まで読んで頂きこの上ない喜びだ。

そのようなご指摘に従い今回はここで終了したいと思う。
今回も最後までご精読頂きありがとうございました。

PS:先々週、ジャガイモの植え付けと、ほうれん草、かぶ、ルッコラなどの種まきをした。
ちゃんと芽が出てきますように!

【MBA生活】「ビジネススクールに通う目的は何か?」

私は、鉄鋼メーカーのエンジニアです。

収益向上を目指し、新プロセス開発、
設備投資企画などをしております。

そんな私がビジネススクールに通う目的は何か?

誰もが充実した人生を送りたいと願っていると思います。

そして、20歳から60歳という人生の良い時期の
多くの時間を仕事に費やすため、
仕事の充実なしに人生の充実はあり得ません。

この人生観は、生化学者の父の影響だと思います。

人生における仕事の重要性を、背中で教えてくれました。

定年後も引退せず、
会社(http://www.amine-pharma.com/)を起こし、
研究成果の還元に励んでいます。

仕事の充実のためには、良い結果を出すことが重要です。

良い結果は、

幅広い経験折れない心(あきらめない心) から生まれると思います。

その2つを得るために、私はビジネススクールに通っています。

限られた時間で、多くの幅広い経験を積む手段が、
ケースメソッドだと考えました。

ケースメソッドを通して、
普段自分が経験出来ないことを、疑似体験できるからです。

そして、
「企業家リーダーシップ」「経営道場」などの志に関する科目、

あすか会議トップセミナーなどを受講することにより、

第一線で活躍されている講師の方々、
共に学んだ仲間から、
折れない心を学びました。

例えば、講師が紹介して下さった
ジュリア・ロバーツの言葉が、印象に残っています。

『心の中には、いつも不安があります。

期待される演技が出来なかったらどうしよう、

番組を降ろされるかもしれないなどという不安です。

でもいつも自信のあるふりをすることを心がけています。

そして、確信に満ちた態度で「やれます」と挑戦を引き受けること、

そして、それを証明してみせるために努力をすること。

その繰り返しによって、やがて「ふり」だった自分が、

体験によって本物の自信に変わっていきます。』

授業中やレポートの評価・成績の悪さに、何度も挫けそうになりました。

その都度、自分の現状を直視し、目標を新たにしています。

私の場合、その回数がたいへん多かったので、
より心が鍛えられました。(笑)

とうとう、残り数科目で卒業見込みです。

この数年間、グロービスでお世話になった皆様、
本当にありがとうございました。

今までの学びを活かし、よい仕事をすることによって、
充実した毎日を送りたいと思います。

そして、皆で、日本の創造に貢献しようではないですか!

名古屋GMBA2008期 五十嵐一嗣

エンジニアにとってのMBA~第2回:エンジニアがMBAを学ぶ上でのメリット・デメリット~

先週、先々週はレポート回でしたので、第1回目から
随分と間が空いてしまいました。

レポートがあってもブログぐらいの文量なら書けるかな?
と思っていたのですが無理でした。
やはりレポートは大変です。

さて、前回は『なぜエンジニアがMBAなのか?』
という内容でしたが、いかがでしたでしょうか。

僕がMBAを志した背景をつらつらと書かせてもらいましたが、
みなさんはどのように感じられたでしょうか。
また、感想でもいただければと思います。

それでは、今回のメインテーマである、
エンジニアがMBAを学ぶ上でのメリット・デメリット
の内容に入っていきたいと思います。

一般的にMBA受講生の中でエンジニアの割合というのは
それ程多くないと思います。

そんな中で僕が
「エンジニアだとこういう所が有利だな~」
とか
「こういう部分はちょっと難しい」
と感じたことを書きたいと思います。

あくまで僕個人の感じた所ですので、
当てはまらない場合も多いかもしれませんが、
個人的な感想という事で捉えていただければと思います。

■エンジニアのメリット

◇ロジカルに考える事に慣れている。

これに関してはエンジニアの特権だと思います。

エンジニアリングも突き詰めていくと感性の領域に突入しますが、
一般的にはファクト&ロジックの世界ですので、
ロジックを整理したり、構築したりする力には
長けているのではないでしょうか。

◇数字に対して抵抗が少ない。

これもエンジニアがMBAを学ぶ上で有利な点かなと思います。

数字への拒否反応が少ないだけでなく、
計算式の意味を理解する力が結構役に立っているのではないかと思います。

特にカネ系の科目でフル活用しています。

◇通常の業務を行っているだけでは到底身につかない、
経営の知識/ノウハウを習得できる。

エンジニアをやっていると普段はなかなか経営的な部分に触れることが
できないと感じています。

会社内でのポジションによる部分も多いかと思いますが、
エンジニアが経営的な部分に触れるのは開発審議や期初の社長挨拶ぐらいで、
それも受け身的であることが多いのではないでしょうか。
少なくとも僕はそうでした。

自分の中に今までとは全く異なった軸ができるため、
考え方やスキルの幅が格段に向上すると思います。

そうなるとエンジニアとしてもMBA生としても
ユニークなポジションが築ける。
面白いと思いませんか?

■デメリット

◇普通に業務をしているだけでは、実践の場が少ない。

普段単にエンジニアとして仕事をしていると、
MBAで学んだことを活かせません。

僕もエンジニアの仕事としては、自らはんだごてを握ったり、
プログラムを書いたりする身ですから、MBAで学んだことを
活かす場はほとんどありません。

しかし、そんな中でも工夫次第で学びの実践は可能です。

例えば僕は開発チームのリーダーを任されていますが、 自チームの将来戦略を提案する、
自チームの課題や成果を定量的に分析してみる、 社長の言葉をクリティカル・シンキングで考えて 自チームの仕事にブレークダウンしてみる、
などといったことに取り組んでいます。

また、家庭でも
我が家のP/L、B/S、C/Fを作って
売上目標(僕の稼ぎ目標)とコストダウン目標(妻の節約目標)
などを設定して 楽しんでいます。

僕はまだ家を購入していないのですが、
家を購入する際はファイナンスなどを役立てよう
などと考えています。
そうそう、車を買い換えた時にファイナンスを使って
価値評価をしました。

◇自社の経営情報に触れる機会が少ないため、学んだことを実感しにくい。

これも受け身でいると研究開発という立場では
なかなか接する機会がないと思います。

経営情報に関しては公開されている自社のIR情報を見たり、
会社の各部署に知り合いを作って情報を入手したりと、
公式/非公式問わずネットワークを作って
積極的に情報を取りに行く姿勢が必要だと思います。

僕は会社の非公式な行事に参加したり、
色々な部署に顔を出したりしてネットワークを拡げています。

◇文章作成になれておらずレポート作成が大変。

これは慣れですね。
最初は本当に言葉が出てこなくて苦労しました。
特に普段文書を箇条書きで書くことが多い人は
接続詞に苦労すると思います(僕がそうです)。

自分の語彙力の無さに嫌気がさしましたが、
何回かレポートを書くうちに徐々に慣れてきました。

併せて色々な本を読むとより自然な文章が書けるハズです。

◇1からのスタート、知らないことだらけなので大変。

だからこそ学びが多い!と自分に言い聞かせて頑張ってます!!

◇絶対の正解がない。

最初はどうしても正解を求めたくなってしまいます。

特にエンジニアとしては、「A」をインプットしたら
「B」というアウトプットが欲しくなってしまいます。

でもビジネスでは不確定要素の多い『人』や『未来』が
大きく深く関わってきます。

絶対の正解はない世界ですが、因果関係やロジックは存在します。

ですので、不確定要素はパラメータと捉えて、
どのパラメータが影響が大きいか、
パラメータが変化した時にシナリオがどう変化するか、
といった事を考えて数式のように捉えると納得感が
高まるのではないかと思います。

さて、ここまで
エンジニアにとってのメリット/デメリット
を書いてきましたが、工夫次第でデメリットはなくす事ができます。

是非みなさんもチャレンジして、
今度はみなさんの工夫をお聞かせください。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

次回は、『エンジニアの1日』というテーマでお送りしたいと思います。

【MBA生活】 グロービスで学ぶ喜び

はじめまして。
名古屋GMBA2009期生の石田といいます。
某水処理会社で経営企画の仕事をしています。

僕はグロービスに通いはじめて、もうすぐ1年になります。

通い始めたきっかけは「トップセミナー」。

質問タイムでの参加者からの積極的でエネルギッシュな発言に
「すごい人たちの集まりだ」と感じました。

そして、「この空間に自分も入りたい」と思い、大学院に入学しました。

大学院に通うことについては、嫁とじっくり時間をかけて話し合いました。
僕には僕のライフプランがあるように、嫁には嫁のライフプランがあるはずです。

ここを無視して進めると、後で苦労しますので
大学院に通いたい人は、ちゃんと話し合うことが大切だと思います。
始め、嫁は猛反対していましたが、今では応援し支えてくれています。

会社(特に上司)は全面的に理解をし支援してくれるので
そういう意味で私は大変恵まれた環境で勉強しています。

「大学院」・「家族」・「仕事」
この3つのバランスをとることはとても難しいけれど、とても重要です。

大学院での1年間を振り返ると、
「精神的にも体力的にも、ものすごくきつかった」
というのが本音です。

グロービスで勉強する事は、はっきり言って“むちゃくちゃ”ハードです(涙)。

ここに通う人たちは、“ツワモノ集団”なので、                 
おバカな私が、頭が切れ、志も高い仲間と切磋琢磨し学ぶためには、
しっかりと予習・復習をすることが必要になります。

まさか自分が社会人になってまで徹夜で勉強することになるとは
思いもしませんでした(笑)。

ところがこの“シンドイ毎日”が、なぜかものすごく楽しい!!

僕はこれまで、1度たりとも「勉強が楽しい」なんて、思ったことはありません。

ですから、今、生まれて初めて「勉強が楽しい」と感じていることになります。
(きっと「勉強が楽しい」なんて、高校、大学時代の友達に言っても
絶対信じてくれないだろうな~(笑)。)

なんでこんなに楽しいのだろう・・・と考えてみますと

(1)志が高く、アツアツの仲間がたくさんいる。

     グロービスは、苦しいときは支えあい、喜びは分かち合える、
     そんな信頼できる仲間ばかりがなぜか集まる。    
    

(2)学んでいて「これって役にたつの?」という悩みが沸かない。

      なぜなら学んだことはすぐに仕事に活かせることばかり。

  例えば、
 *経営戦略 → これまで作った経営計画のヌケ・モレがわかった。

 *マーケティング → 商品を企画するための議論の質が高まった。

 *組織行動とリーダーシップ → プロジェクトを進めるために意識すべきことがわかった。

 *人材マネジメント → 自社の人事制度が何を意識して作ったのかがわかった。  

 *アカウンティング → 財務分析の質が一気に上がった。

 *ファイナンス → 投資案件を定量的に評価出来るようになった。

      きりがないので、このへんで止めます。
 

(3)グロービスは、教えてもらう場ではない。

      前向きに自ら学習することが必要になる。
      逆に言えば、学びの“質”と “量”は自分次第。       

(4)グロービスは、正解探し、間違い探しの場ではない。

      答えのない問題に悩み、考えることを大切にしている。

(5)講師陣の情熱がすごい。

      あやうく信者になりそうになる(笑)。

多分、こんなところが楽しくて仕方ないんだと思います。

グロービスに通う前の僕は、
「自分はこの程度の器かな~」と、
自分で自分の可能性にフタをしていました。 

でも今は、
「まだ自分には大きな可能性がある」
と思えるようになりました。
これは、自分でも本当にうれしい気持ちの変化です。

そして何より、
一生付き合っていきたい激アツの仲間を得たこと
これがグロービスで得た一番の宝物です

周りの仲間に比べると、スキルもウィルもまだまだ足りませんが
 「自分が社会に対して何が出来るのか」
 「自分の果たすべき使命は何なのか」

を模索していきたいと思います。

このブログを読んでくれた方、
一緒に学ぶ日が来ることを楽しみにしています。

ありがとうございました。

-------------------------
グロービス経営大学院
2009GMBA名古屋 石田卓哉
-------------------------

MBAは農業を変えられるか?~一年の初めに農業を考える~

梶原圭三@2007期生

ガラン ガラン ガラン パン!パン!
寒いと言うより痛いと言った方がぴったりくる今年の元旦。

私は家族を伴って初詣に出かけた。

私達の初詣はいつも福岡の田舎のこじんまりした、
それでいて歴史を感じさせる趣のある神社で行う。

参拝客もそれほど多くなく、その為いつも凛とした空気の中で
厳かに鈴を鳴らしかしわ手を打つ。
毎年変わらない正月の風景である。

いつも通りの初詣が終わると、いつも通りの年賀の挨拶。
「あけまして!おめでとーございます!」
元気な声が響き渡る。

梶原家では必ず正月に家族が全員集合する。
今年も総勢12名。
にぎやかな一年の始まりである。



さてさて、「一年の計は元旦にあり」というが
皆さんは今年どんな計を立てられたであろうか?

私は毎年、計をたてる時自分自身を三つの軸で考えるようにしている。

私人、いわゆる「個人としての自分」
会社の一部門を預かるマネージャー、いわゆる「組織人としての自分」
そして父親もしくは夫、いわゆる「家族人としての自分」という軸である。
※この軸の考え方は堀さんが著された「人生の座標軸」からの受け売りである。 これらの軸でそれぞれに成長目標なり成し遂げたい事なりを決める。

この方法は、それぞれの軸における自分の現状把握ができるので
頭が整理でき大変役に立っている。
みなさんも一度試されることをお勧めする。

この三つの軸の内「個人としての自分」の軸で設定した
今年の計をお恥ずかしながら披露させて頂く。

① 自分で作った野菜でBBQパーティーを開催する。
② TOEICで600点獲得する。
③ フルマラソンを4時間台で完走する。


いやはやなんとも、レベルの低い成長目標で。。。。。。
どうぞ笑ってやってください。

ただ、この目標を子供の前で発表してしまったので親父のメンツとして
是が非でも達成しなければならない。
(若干プレッシャーなーのだ:バカボンのパパ調)(笑)

そんな中、なんといっても今年の目玉は①である。

初めて農業に挑戦するのである。

土日だけであるが都内に農地を借りて野菜作りを手掛ける。
自分で育てた限りなく無農薬の野菜でバーベキュー。
想像しただけでもワクワクして、よだれが出そうだ(笑)!

みなさんは取れたての枝豆って食べた事があるだろうか?
この世のものとは思えないくらいうまい!

目の前の畑から収穫したばかりの野菜を洗って、そのまま調理する。
そんなバーベキューパーティ。
実現させるのでぜひみなさん!ご一緒しましょう!!

さて、随分長い前置きとなってしまったが、
今回はこの「農業」について思う事を書いてみたい。

昨年の9月から3ヶ月間「ふるさと起業塾」という、
農業を起点として起業を考えている人達が集まる塾に通った。

ここで農業業界を取り巻く外部環境、
新聞等で書かれている諸問題の本質、
実際の現場での生々しい現実等を学ぶ事ができた。

また、グロービス並みに熱い志を持つ人達との出会いもとても刺激的であった。

農業の抱える課題は山ほどあるものの
ビジネスとしての可能性も広がっている事を感じた。


ところでみなさんは食料自給率の話題を聞いた事があると思う。
現在わが国の自給率は40%で諸外国に比べ低いといわれている。
この自給率の低さが農業の大きな問題だという人も少なくない。

最初にこの自給率40%について私見を述べさせて頂く。

実はあまり大きな問題だとは思っていない。

なぜならを語る前に、
みなさんは自給率がどのようにして算出されているかご存知であろうか?

こうである。

 

自給率(カロリーベース) = 国民1人1日当たりの国内生産カロリー ÷ 国民1人1日当たりの供給カロリー

 

なお、国民1人1日当たりの供給カロリーとは
国産供給カロリー + 輸入供給カロリー + ロス廃棄カロリーの合計である。

 

賢明なみなさんは、この式を見られてもうお気づきだろう。

分母となる「国民1人1日当たりの供給カロリー」の中には「輸入供給カロリー」が入っている。

つまり国産供給カロリーが増加しなくても輸入供給カロリーが減少すると
自給率は上昇する事になる。

仮に輸入供給カロリーがゼロになると自給率は100%になるが、
現状輸入がストップすれば戦後のような食糧難になる事は間違いない。

そうすると数式の矛盾が顕在化してくる。

さらに、この数式に実際の数値を入れてみると、
国内生産カロリー=1013kcal 供給カロリー=2573kcalである。

よって自給率40%としているが、
実は2573kcalの内 768kcalは食べられずに廃棄されている分である。

この廃棄分を供給カロリーに含まなければ自給率は56%に跳ね上がる。

本当に日本の自給率が低いのか疑問が残る。 つまり、自給率計算の前提に矛盾が多すぎて
自給率40%の議論は意味をなさないというのが私の結論である。


鳩山内閣が数年後に自給率を50%にすると言っているが
数字のトリックで達成は容易にできるということである。

では農業の問題は何なのか? 私はひとえに「担い手不足」につきるのでないかと思う。

日本の農業生産者は約200万人。
その平均年齢は60歳。
産業としては危機的状況である。

なぜ担い手不足なのか?
儲からないからである。
なぜ儲からないのか?

生産者が価格決定権を持っていないからである。 なぜ生産者が価格 決定権を持っていないのか?

農協への依存?
生産者の経営感覚の欠如?
硬直規制化した農政の責任?

はっきりいってよくわからない。

ただ、数少ない私の経験から言えるのは、経営感覚を持って
農業を営んでいる方はほんの一握りだと感じている。


そんな中でも、グロービスのアカウンティング講師である松本泰幸氏
農業経験が無いにも関わらず、数年前に農業生産法人を立ち上げた。

山梨のイズミ農園は天候リスクを、生産地を分散化させる事で最小限にし
安定した供給体制を築き農業を法人化したモデルとして、グロービスの
マーケティング・経営戦略基礎のケースとして取りあげられた。

農業は魅力的ではないのか?
それとも魅力的なのか?

折角ブログを書く機会を頂いたので、次回からは農業を
グロービスで学んだフレームワークを用いて分析していく。

その上で農業参入の是非を考えていきたいと思う。

私も、現時点で明快な解をもっているわけではない。
これから畑を耕し野菜作りをしながら少しずつ考えていきたい。


ようやく、最後にMBAっぽくなってきた(笑)

できれば、このブログをきっかけにみなさんに
もうちょっとだけ農業に関心を持って頂きたい。


そしてご意見、アドバイス、ご批判、お叱り等々頂ければ幸いである。

3月から始まる野菜作りの格闘状況も何らかの形で情報発信していきたい。
どうぞ乞うご期待!!(誰も期待してないか(笑))

ご精読ありがとうございました。

 

エンジニアにとってのMBA~第1回:なぜエンジニアがMBAなのか?~

みなさん、はじめまして。
GMBA2009期名古屋校の小板橋と申します。

これから『エンジニアにとってのMBA』
というテーマでブログを書いていきたいと思います。

つたない文章ではありますが、みなさんの心に響くものを伝えられたら、
と思っています。

第1回目は『なぜエンジニアがMBAなのか?』
というテーマでお届けしたいと思います。

その前にまずは、みなさんの「お前は誰だ?どんな奴だ??」
という疑問に答えるべく、
僕の自己紹介をさせて頂きたいと思います。

僕は大学の工学部を卒業し、オムロン(株)に入社しました。

入社から最初の3年間は技術本部という研究開発部門に所属し、
主にステレオカメラの研究開発を行っていました。

エンジニアの方はご存知かもしれませんが、

ステレオカメラというのは、
2つのカメラを用いて計測対象を撮影し、三角測量の原理で
計測対象の三次元形状や計測対象までの距離を測るものです。

2つのカメラを少し距離を離して置き、
同じ計測対象を写すと、
対象が近くにある場合は、対象が2つのカメラに写る位置が大きくずれ、
遠くにある場合はほとんど同じ位置に写ります。

電車から窓の外を見ると
近くの電柱は大きく動いて見えるのに、
遠くの山はあまり動かないですよね。

あれと同じ原理です。

技術本部の次はオートモーティブテクノロジー研究所
という所に配属になりました。

ここでは同じようにカメラを使うのですが、
今度はカメラ1つを使い
自動車の車外環境を認識するという研究を行いました。

車外環境の認識とは例えば、
白線の認識、先行車両の位置計測、歩行者の検出
といったことを行います。

こういった車外環境の認識が可能になれば、
ドライバーの脇見や不注意などによる見落としをサポートすることができるため、
より安全な自動車を実現することができます。

このような部門を経て、

今はオートモーティブエレクトロニックコンポーネンツカンパニーという所に所属し、
次世代の自動車のための先行技術を開発しています。

さて前置きがずいぶん長くなってしまいましたが、
そろそろみなさんの頭の中には、

なんでそんな技術畑を歩んできた奴がMBAを取ろうと思ったんだ?

という考えが浮かんでいるかもしれません。
そのまま技術を極めれば良いじゃないか、と。

ここで、エンジニアのみなさんに1つ質問をさせてください。

『みなさんは会社の中でどの程度エンジニアリング(技術開発)していますか?』

会社の中で過ごす時間は100%技術開発しているという人も
中にはいるかもしれませんが、

入社から年月を経て、

部下が増えてきた人、
リーダーとしてチームを引っ張っている人、
マネジャーとして運営管理を行っている人、

など「実は技術開発に当てている時間は働く時間のごく一部」
なんて人が意外に多いのではないでしょうか。

技術開発で認められ、
昇進すればするほど技術開発に携わる時間が減っていく、
そういう風に感じているエンジニアの方は多いと僕は思います。

ここでまず1つ目の気づきがありました。

『エンジニアは技術に秀でているだけではダメ』

まぁ、当たり前と言えば至極当たり前なのですが、
それを見聞きするだけでなく、
自分の肌身で実感してから考え方が大きく変わりました。

そうすると次々と疑問が僕の中でわいてきました。

『じゃあ技術以外に何がいるのか?』
『リーダーやマネジャーに求められるものは何か?』
『なぜリーダーのプロフェッショナルやマネジャーのプロフェッショナルはいないのだろう?』

そういった疑問・問題意識が日に日に強くなり、
考えを巡らせているうちに、

「このままではいけない」、
「技術者としてだけでなく、リーダーやマネジャーとしてもプロフェッショナルでありたい」

という思いが強くなっていきました。
そこで、

プロフェッショナルなリーダーやマネジャーになるためには
何が必要だろうと考え、

辿り着いた先が「MBA」でした。

「MBAの取得=リーダーやマネジャーのプロフェッショナル」
ではないと思いますが、

リーダーやマネジャーとして何を考えなければならないのか、
どのような選択肢があるのか、
複数の選択肢の中から今何を実行しなければならないのか、
そういったノウハウをMBAでは体系的に学ぶことができると思います。

当然、MBAを取らなくても経験値を積むことで実体験として学ぶことで
ノウハウを身につけることもできるとは思いますが、

やはり自分の経験以上のことを得るのは難しく
困難に直面した際に、選択肢の幅が狭まってしまうのではないかと思います。

先人たちの経験を体系化して効率良く学びながら、
先人たちが経験したことのない課題に
仮説とロジックを持って果敢に挑戦していく、

これはまさに
『ビジネスにおけるエンジニアリング』
と呼べるのではないでしょうか。

MBAを取得する動機はみなさんそれぞれでしょうが、
僕は以上のような経緯でMBAを取得することを決心しました。

みなさんの今後の選択の一助になればと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

次回は、『エンジニアがMBAを学ぶ上でのメリット・デメリット』
というテーマでお送りしたいと思います。

【MBA生活】 『CHANGE~将来へ』

私は、某予備校で働いています。
グロービスとの出会いは、今からちょうど2年前。

当時、私は自分の偏ったスキルに嫌気がさし、
自分がしたいことを実現するために、
自分の強みである「学ぶ」ことを活かして、
今の状況を打破するべくいろいろなものを模索していた。

あるときは本を乱読し、あるときには資格試験を受けてみたりと
自分で探し、独学し、「うーん」と考え・・・
私がしたいことに近づいているのかもわからず1年ほど過ごした。

そんなとき、グロービスで勉強しているという方の話を聞き
試しにクリティカル・シンキングの体験授業に参加した。

初めてのクラスは、速さについていけず、自分の不甲斐なさを感じた。
その時の講師であった田久保講師と話をした時にこんなことを言われた。

「学ぶときに必要なものは3つある。

1つは、時間

1つは、お金

1つは、やる気

このうち人から借りられるのは、お金だけ。もし、やる気があり、

時間も許されるのであればお金は借りてでも学んだ方がいい。」

と。(確かにグロービスは授業料が高いと感じた。)
悪い見方をすれば営業トークということになるのだろう。

しかし、私も予備校で学生に受験科目を教える立場の人間として、
その言葉にはなんの違和感も感じることなく、逆に田久保講師の
真剣さ、真面目さを感じここで学びたいと強く感じた。

これが私の人生で初めてとなる「経営学」というものに触れ、
将来の可能性を見出す希望を感じた瞬間だった。

それから2年が過ぎ、10科目を受講した。

その結果、何かが変わっただろうか?

この1年、大学院で学んだ結果の変化は3つある。

1つ目は「知識」。2つ目は「仲間」。3つ目は「自分の心」の変化である。

学べば必ず知識は増える。
それは本を読んでも同じであり、その変化は当たり前といえる。

この1年、働きながら勉強をすることをしたが、やはり予習とクラス、
振り返りなどに時間がかかり悩むことも多かった。
くじけそうになることもあったし、実際にくじけることもあった。(笑)

その中での悩みを仲間に話をするとみな同じ状況の中で学んでいた。
そしてお互いに励まし、共に勉強するという経験をすることができた。

また、仲間からの励ましで自分の夢に対する思いも一層強くなり、
私がやりたいことは必ず成功すると感じるようになった。

この数年の私の中の変化は、私の将来へと続く変化の一部である。

今、私の横で寝る1歳4カ月の娘と、職場の教え子たちに
将来キラキラ光る私の後ろ姿を見せれたらと思う。

その為の変化であれば、苦労してでも得るだけの価値がある
と私は思う。

あと残りの科目をまた苦しみながら、楽しみながら
仲間と共に熱い思いで頑張りたい。

あと最後に、
今私を支えてくれている妻に
ありがとう
と言いたい。

2009年入学 笠岡 崇史

グロービス経営大学院 学生ブログ 始めました! ~在校生・卒業生が「グロービスMBA生活」をリアルに語る!~

グロービス経営大学院で今まさにMBAを学ぶ在校生や、
MBA取得後、国内外で活躍する卒業生の“生の声”をお届けします。

・なぜMBAを学ぼうと決めたのか、大学院進学までにどんなことを悩んだのか。

 ・仕事と両立してMBAを学ぶとはどういうことか、学ぶ上でどんな悩みがあり、
  どう克服しているのか。また、人的ネットワークの拡がりや課外活動は
  実際のところ、どのようなものなのか。 

 ・MBAを修了したあと、自分がどう成長したのか、
  現在はどのように活かしているのか。

など、ありのまま、等身大の言葉で綴っていきます。

MBAを検討されている全ての方が気になることや、
悩んでいることに答えるだけでなく、
グロービスMBAの本当の価値をリアルに伝えていきたいと思います。

 

  • LINEで送る

名古屋校学生ブログのページ。実践的なMBA(経営学修士)のグロービス経営大学院。リーダー育成のビジネススクールとして、東京・大阪・名古屋・仙台・福岡・横浜・水戸・オンラインでMBAプログラムを提供しています。