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投稿日:2020年07月14日

投稿日:2020年07月14日

日本のビジネスパーソンは勉強が足りないーコロナ後を見据えて学ぶべき(後編)

出口 治明
立命館アジア太平洋大学 学長/学校法人立命館 副総長・理事

組織、社会の価値観が急速に変容する今、あらゆるビジネスパーソンが向き合うべきなのは「学び」だ。憶測や根拠なき言説に惑わされず、アフターコロナを生き抜くには知の力が不可欠といえる。本質を見極める学力の鍛え方について、立命館アジア太平洋大学(APU)学長、出口治明氏に聞いた。全2回、後編。前編はこちら

経済成長の鈍化は、構造的な低学歴社会

―テレワークの普及でみんながITリテラシーを持つようになれば、働き方改革は一気に進むというお話がありました。その先にどんな変化が起こりますか。

出口:働き方改革の本質は「飯、風呂、寝る」から「人、本、旅」への転換だと考えています。ダラダラ残業、ダラダラ飲み会を続けていたら、日本人はいつまでたっても賢くならない。それより面白い人に会うとか、本を読むとか、面白いお店に行く(つまり、旅に出る)とか、あるいはグロービスに行くなどして(笑)、勉強すべきです。勉強しなければアイデアは出ません。

たとえばパンデミックについて勉強したかったら、14世紀のイタリアの詩人、ボッカッチョが書いた『デカメロン』を読むといいですよ。あれはめちゃおもしろい話ですからね。ペストが流行するフィレンツェから逃げ出した10人の男女が別荘でステイホームをする。そこで、「辛気くさい話をしても元気にならへんわな」と愉快な話をしてみんなで元気になろうとするんです。ルネサンスは『デカメロン』を契機に大きく花開いたといっても決して過言ではありません。

―独学でもいろいろなことが勉強できそうですね。

出口:もちろんですが、独学だけでは難しいことも多いでしょう。たとえば、米国のミネルバ大学のモデルは世界最先端の大学といわれています。ミネルバにはキャンパスがなく、授業はみんなオンラインで行っています。でも、オンラインだからといって独学で勉強しているわけではありません。学生たちは全員寮に入って共同生活を送ります。人間は基本的に怠け者なので、優秀で志の高い仲間と切磋琢磨しなければ勉強できない、というわけです。ひとりでオンライン学習をしていたら、飲み会に誘われたりするとすぐ勉強を放り出して行ってしまうのが人間です。

ミネルバが行っているグループ学習の手法を「ピア・ラーニング」といいますが、これは大昔から行われています。たとえばアレクサンドロス大王の父、ピリッポス2世も息子のため、同じ年頃の子供を20人ぐらい集めて学校をつくったりしています。彼らを教えた教師のひとりが哲学者・アリストテレスだったのは有名な話ですね。

―「飯、風呂、寝る」をやめて学校に行った方がいいということでしょうか。

出口:日本のビジネスパーソンは勉強が足りません。もともと日本は構造的な低学歴社会だから、ということもあります。OECD「Education at a Glance 2012」によれば、留学生を除く大学の進学率はオーストラリアが96%、アメリカが74%、韓国が71%。日本はたったの51%です。2019年には約55%(文部科学省調べ)に伸びているとはいえ、OECD諸国の平均に比べると7ポイントほど低い水準ですよ。大学院への進学者は欧米各国に比べるともっと少ない。「なまじ勉強した奴は使いづらい」などと、日本の大企業が大学院卒を大事にしなかったためでしょう。

―海外各国では高学歴者を積極的に採用することで、競争力を上げているのですね。

出口:データを見れば一目瞭然です。未上場で評価額が10億ドル以上のベンチャー企業、GAFAの予備軍であるいわゆるユニコーンは2019年9月現在、世界に394社あるけれど、日本は2020年1月現在たったの6社。ユニコーンの創業者はほとんどがダブルドクターかダブルマスターですから。勉強しなければ、ユニコーンは生まれないということです。

大学を卒業して社会人になったら、もう学校での勉強は終わりというのは勝手な思い込みです。勉強はいつでも好きなときにすればいい。紀元972年に設立された世界最古の大学のひとつ、エジプトのアズハル大学は、「入学随時」「受講随時」「卒業随時」という「アズハルの3信条」で知られています。つまり、「勉強したかったらいつでもおいで。賢くなったと思ったら出て行ってええで。そして、また勉強したくなったらいつ帰ってきてもいいんやで」という考え方です。アズハルは大学における究極の理想像といえるでしょう。

スマホだって1年経てば新しい機種が出る時代ですから、10年前、20年前に勉強したことがそうそう役立つとは思えません。10年働いたら大学院に行って、卒業したらまた働くというサイクルが社会に生まれないと、新しい産業は興せないと思います。

お手本になるのがフィンランド。1人当たりGDPは日本の1.25倍という国ですが、転職率は高く、就労人口の6割が異分野などに職を替えている。職を変える間の自由な期間を利用して、半数の人が新しい資格や学位を取り、どんどんステップアップしていっているそうです。

勉強は何歳から始めても遅くないということですね。

出口:その通りです。日本は構造的な労働力不足社会で、年齢フリーで考えていかないと持たないと思います。団塊世代200万人が市場から退出しつつありますが、これに対して労働市場に出てくる新社会人は毎年、100万人程度しかいません。

2017年、日本老年学会・日本老年医学会は連名で「高齢者の定義を75歳以上にしよう」と提言していますが、両学会の研究によると、実際に現在の高齢者は若返っているそうです。10〜20年前に比べ、老化現象の出現が5〜10年遅れているとか。今の75歳は昔の65歳と相撲をとっても体力的に負けない、ということですね。体力があるわけですから、学力の面も頑張らないと。今や人生100年時代だから、5回ぐらいグロービスなどの大学/大学院に入学するといいわけですね(笑)。

コロナ後を見据え、アイデアを出すために学ぶ

―とはいえ、コロナでリーマンショック以上の不況に突入すると、学費も捻出しづらい風潮が広がるのでは。

出口:世界銀行は2020年の世界成長率はマイナス5.2%になるとの予測を発表しました。戦後最悪の数字ですよ。でも「それがどうしたの?」といいたい。ステイホームでみんなが仕事をしなかったんだから、落ち込んで当たり前。ワクチンが完成して、経済が再開すればもとに戻りますよ。「谷深ければ山高し」。今年マイナス5%なら、来年プラス5%にすればいいだけでしょう。

せっかく市場・社会のITリテラシーが上がっているんだから、そこに着目した商品、サービスを提供すれば売上は伸びるはず。コロナで一時的に従業員を解雇する企業も多いようですが、中長期的に見れば間違いなくわが国は労働力不足社会になるでしょう。

―経済が回復したときアイデアを出せるよう、勉強しておいたほうがいいということですね。

出口:企業は従業員をどんどん大学に行かせるべきですね。学費を全額、国に税額控除してもらえるよう、みんなで政府に政策提言しませんか。

―そこまで教育の重要性を理解している経営者がどれくらいいるでしょうか。

出口:日本の企業の内部留保は500兆円を超えているんですよ。税額控除したら社長も従業員を大学に派遣する気になるんじゃないでしょうか。「教育が大事ですから」というだけでは、渋い顔をするかもしれませんが、「教育費は100%税額控除になります」と説明すれば、「税金を払うより得だな」と喜ぶと思うのです。

―コロナで萎縮していたのですが、お話を伺って元気になりました。

出口:なんで萎縮するんですか。さっきも述べたように、コロナは単に台風のような自然現象なんですよ。コロナの本質に対する認識が乏しいから、「もう昔には戻れない、世界は変わってしまうんだ」と怯えてしまう。ワイドショーの見過ぎは良くないですよ。

だいたいメディアもレベルが低すぎます。ファクトチェックをしないからです。ワイドショーで「日本はPCR検査数自体が少なすぎる」という人たちがいますが、専門家も不足しているし、キットもないのだから物理的にできないわけです。そのことをきちんとメディアは指摘すべきです。

―勉強していないと、自分の頭で考えたり判断したりできず、他人の言うことを鵜呑みにしてしまう。だから漠然と不安になるのですね。

出口:そうです。自分で意識して勉強しないと、知らないことが増えれば増えるほど、不安に飲み込まれることになりますよ。物事の本質をきちんと理解すれば、根拠のない言説に振り回されることは少なくなります。何事かを考えたり議論したりするときベースになるのはあくまで数字、ファクト、ロジック。エビデンスをしっかり押さえるためには、勉強する以外にはないと思います。冒頭でお話したように、「知識は力なり」ですよ。

出口 治明

立命館アジア太平洋大学 学長/学校法人立命館 副総長・理事

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。主な著書に、『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『仕事に効く 教養としての『世界史』』(祥伝社)、『早く正しく決める技術』(日本実業出版社)、『部下をもったら必ず読む『任せ方』の教科書』(角川書店)、『『思考軸』をつくれ』(英治出版)、『百年たっても後悔しない仕事のやり方』(ダイヤモンド社)など。