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投稿日:2020年05月12日

投稿日:2020年05月12日

「大丈夫だよ」と就労困難者に1日でも早く伝える

成澤 俊輔
社会起業家 NPO法人FDA前理事長
難波 美帆
グロービス経営大学院 教員

「大丈夫だよ、働けるよ」−―特定非営利活動法人FDA(Future Dream Achievement)は、障がい者、ひきこもり、ニート、ホームレス、うつ、シニア、ワーキングプア、働きづらさを抱えるすべての人にこのメッセージを発信し続けている。成澤俊輔氏は、FDA の事務局長を務め、わずか半年で黒字化を達成する経営手腕を発揮する。2013年には理事長に就任し、現在約50社のコンサルティングを行っている。ご自身は視覚障がいを持ち、引きこもりやうつ病も経験している。これまでの波乱万丈の人生や仕事に対する想いを聞いた。(聞き手=難波 美帆 グロービス経営大学院 教員)

楽しい仕事があるのではなく、仕事を楽しくできる人がいる

難波:成澤さんご自身のお話を聞かせてください。自称、「世界一明るい視覚障害がい者」。お話していて、本当に明るくてお話し上手。はち切れんばかりのエネルギーを感じます。現在は、働くことに困難を感じている人の人生を輝かせるお仕事をされてますが、ご自身を輝かせることに困難を感じたことはあるのでしょうか。

成澤:僕は幼少期から網膜色素変性症という先天的難病で視覚障害がありました。20代前半でほぼ完全に視力を失い、今は光のみ感じることができる状態です。さらに2013年には髄膜脳炎を発症して症候性てんかんを発症。おまけに大学時代からインターンで働き、新卒入社した経営コンサルティング会社は、リーマンショックで解散しています。

難波:まさに波乱万丈の人生ですね。大学生の時には2年間引きこもり状態だったと伺っています。就職後もうつ症状を経験されたとか。メンタルの危機に負けず、今はこうして明るくいられるのはなぜでしょう。

成澤:「結果を出そう」と思わないように心がけています。結果って、出そうと思うと力むし、結果出ないんですよね。それに、人は結果より姿勢やプロセスについてくるもので、僕はクライアントとの契約書に「売り上げを10%上げる」といった数値目標数は入れないんです。それから、未来のことは考えない。責任をとれるのは「今日、自分ができる努力」と「今日、自分がとれる行動」の2つだけ。「来年、会社をよくするぞ」なんて思ったら大きくバットを振れないですし。

難波:だからいつもエネルギッシュでいられるんですね。FDAの理事長になられたいきさつは?

成澤:独立し、ブランディング、コンサルティングの会社を経営していたとき、FDAの創業者にこの組織の経営をしないかって声をかけられたんです。FDAはアイエスエフネットグループというIT系グループが2010年に設立したNPO法人です。今は完全に独立していますが、入社当時はグループ傘下にあり、ベンチャーとソーシャルの中間みたいなところでした。NPOを経営するというより、4000名ぐらいの規模の大きなIT企業のグループ会社の中で就労支援事業をするという感じでした。その後、僕が理事長になるタイミングで完全に独立しました。

僕は2年目から事務局長として経営に関与するようになったのですが、赤字からスタートし、半年で黒字化を達成し、現在の従業員数は16名です。毎年昇給を基本とし、全員に賞与を年2回払っています。NPOではなく、企業として経営しようと考えています。

難波:NPO法人で定期昇給・賞与も出すのは珍しいのではないですか?

成澤:はい。日本では珍しいですね。極端な話、ボーナスが1円でも、給料が1円でも下がったら社員はテンションが下がるんで、なるべく待遇を厚くするよう頑張っています。また、非金銭的な報酬の設計も大事だと思っています。職場の雰囲気も大事です。

世の中には楽しい仕事なんかなくて、仕事を楽しくできる人がいるだけなんですよ。楽しい人のいるところに仲間が集まってきていろんなことをやり始めるんです。だから自分はできるだけ楽しいことを喋るようにしています。目が見えないとネタがたくさん集まりますからね。

僕はポテトサラダが好きなんですけど、目が見えないので手にとって重量感で買うんです。そうするとポテトサラダと思ったものが、口に入れたらオハギだったなんてことも起こります。まったく心の準備ができていない状態で、ポテトサラダだと思ってオハギが急に口の中に入ってきたらかなり焦りますよ(笑)。でも、こういう話をするとみんなが笑ってくれるんですよね。

だから、僕はパワースポットみたいな存在になれたらな、と思っています。人は正しさより楽しさについてきますからね。

目が見えないと、自然に周囲を社会貢献に巻き込める。このまえも信号機の所で杖ついて待っていると、横の人が道路を渡り始めたんです。青かなと思うじゃないですか。ついていったら、それ赤だったんですよね。その人が慌てて戻ってきました。ブラインドの人死なせたらあかんって。

難波:(笑)どれも楽しいオチですね。

成澤:僕にはこういうどうにもならないことがいっぱいあって、それが僕のイノベーションの原点だなって思います。

一方で、目が見えないことを直接生かす仕事はやらないって自分で決めているんですよ。周りには「もし僕が名刺に点字でSDGsって入れる仕事とか始めたら、止めてください」って言っています。もちろん、目が見えないことは僕の一部なので、視覚障がい者の発想や視点をお伝えすることはできますが。

ダイバーシティ&インクルージョンの視点でビジネスを再デザインする

難波:FDAの運営以外ですと、成澤さんならではどんなお仕事を引き受けていらっしゃるんですか。

成澤:コンサルティングの仕事が多いですね。経団連の顧問として、現在加入企業に障がい者雇用についてのアドバイスをしています。現在50社ぐらいのコンサルティングをしています。ダイバーシティ&インクルージョンをいかに組織開発や新規事業、イノベーションにつなげるかなど。各業界1社しかお受けしていないこともあり、クライアントは未知の業界の会社ばかりです。クリエイティブのことなんて1ミリもわからないのに、クリエイティブの会社の仕事もお引き受けしています。

難波:今、デザイン花盛りの時代ですが、情報をどうマネジメントしたりデザインしたりするかに、成澤さんはすごく頭を使っていらっしゃるように感じます。

成澤:デザインって、ここにどういうロゴを入れるかっていう時代じゃないじゃないですか。どうストーリーや体験を届けるかってなると、もうチラシとかよく見えるようにデザインしてもしょうがないから。クリエイティブの会社が、僕が目が見えないから経営の伴奏をって依頼されたりします。ダイバーシティ&インクルージョンですね。

難波:なるほど。しかし、各業界1社で50社も同時並行にコンサルティングをして大変ではありませんか?

成澤:そのほうが僕には合っているみたいです。1つのことをじっとやる方がつらいですね(笑)それにしても、経営者の方々をコンサルティングしていて感じるのは、トップの孤独です。

僕も昔より周りを頼れるようになったと実感していますが、チームを組み、頼ることで経営はもっと豊かになります。だからこそ、いろいろな業界の異端児たちがうまくチームを組んで、よりよいビジネスモデルを見つけられるようお手伝いしたいです。

就労困難で絶望する人たちを減らす

難波:業種を越え、どんどん世界が広がっているわけですね。成澤さんにとって良い質問かどうかわかりませんが、夢とか達成したいことってありますか?

成澤:ええ、興味ないですね(笑)

難波:そういう風に生きている人じゃないところが成澤さんの特徴かなって思います。

成澤:やりたいことないけどどうしたらいい?ってよく聞かれるんですよ。そのとき僕1番大事なことは、やることを増やすことだと思ってます。

ビジネスって、思いが強ければ強いほど失敗します。1本のレールを走り続けるより、レールからずれたほうがいい。じゃないとしがみついちゃうし、他人と比較しますからね。僕の場合、働きづらさ、福祉、経営、コンサルティングという4つの掛け合わせをもつ人間は世界に自分だけと思っているので、誰とも比べる必要がないんです。

レールがたくさんあるから、やれることがどんどん見えてくる。さきほど目標はないと言いましたが、キャリアコンサルタントの育成や、障がい者を受け入れる会社をもっと増やせるよう支援していきたいですね。

あと、就労支援に助産師も巻き込めたらいいな。障害のある子どもを産んだお母さん、お父さんは子どもの将来について悩むと思うんです。だから、少しでも早い時点で「大丈夫ですよ、今は技術も進んでいるし、ちゃんと仕事に就けますよ」と伝えたい。その最も早い接点を持てるのが助産師さん。ちゃんと働けると知ることで、絶望から亡くなる方が減ります。だから僕は、1日でも早く「大丈夫」だと届けたくて、そのために頑張っているんです。

実は、今月(取材時2020年3月現在)でFDAを辞めます。ソーシャルビジネスの事業は、創業者が頑張りすぎて倒れて潰れるか、人を育てられなくて潰れるか、どちらかが多いのが現実です。そうならないために2年前から辞めることを広言していました。

医学的には、将来僕の目は光を失うと言われています。字が見えなくなったり色が見えなくなったときは悩みました。でも、僕は、目が見えなくなればなるほど移動距離は増え、支えられる人も増え、収入も上がった。だから今は悩むことはあまりないですね。

文=西川敦子 撮影協力=ローランズ

成澤 俊輔

社会起業家 NPO法人FDA前理事長

難波 美帆

グロービス経営大学院 教員

大学卒業後、講談社に入社し若者向けエンターテインメント小説の編集者を務める。その後、フリーランスとなり主に科学や医療の書籍や雑誌の編集・記事執筆を行う。2005年より北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット特任准教授、早稲田大学大学院政治学研究科准教授、北海道大学URAステーション特任准教授、同高等教育推進機構大学院教育部特任准教授を経て、2016年よりグロービス経営大学院。この間、日本医療政策機構、国立開発研究法人科学技術振興機構、サイエンス・メディア・センターなど、大学やNPO、研究機関など非営利セクターの新規事業の立ち上げをやり続けている。科学技術コミュニケーション、対話によるイノベーション創発のデザインを研究・実践している。