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投稿日:2019年10月28日

投稿日:2019年10月28日

内省は効果ナシ!?正しく自己認識をする方法を知ろう――『insight(インサイト)』

御代 貴子
グロービス・コーポレート・エデュケーション アセスメントチーム チームリーダー

「あなたはどういう人ですか?」

こう聞かれて、明確に即答できる人は少ないだろう。私もその1人である。と同時に、「あなたは周囲の人にどういう人だと思われていますか?」という問いに対して答えることも難しい。確信をもって答えられる人なんているのだろうか。

本書の定義によるとインサイトとは、“自分に対する気づき”を指す。インサイトによって、自己認識(自分とは何者であり、他人からどう見られ、いかに世界へ適合しているかを理解する能力)を深めることができるとされる。

自己認識は2つの側面から成る。自分自身を認識する「内的自己認識」と、人からどう見られているかを認識する「外的自己認識」だ。内的・外的両方の認識を深めることが重要であり、いずれか片方の認識しかないと、良いことより悪いことのほうが多い。

本書では、この内的・外的両方の自己認識の深め方について述べられている。巻末には「七日間インサイト・チャレンジ」と題したエクササイズや、自分の価値観や長所・短所についてのインサイトを得るための質問があり、理論がわかったうえで実践ができる構成だ。

“内省”は自己認識を深めない

ただ、読んでいて驚いた章がいくつかあった。一般論と真逆とも思われる意見が述べられており、読み進めることを躊躇しそうになったほどだった。

その1つとして、第5章「『考える』=『知る』ではない――内省をめぐる四つの間違った考え」を挙げたい。著者は、自分について“考える”という行為は、自分について“知る”こと(内的自己認識)に何の関係もない、と述べる。つまり“内省”では自己理解は全く深まらないというのだ。

一般論として、「内省によって自己理解が深まる」というフレーズに違和感を覚える人は少ないのではないだろうか。しかし、内省が自己理解の助けにならない理由を著者はこう明快に述べている。

”「なぜ」の質問は自分を追いつめ、「何」の質問は自分の潜在的な可能性に目を向けさせてくれる。「なぜ」の質問はネガティブな感情を湧き起こし、「何」の質問は好奇心を引き出してくれる。「なぜ」の質問は自分を過去に閉じ込め、「何」の質問はよりよい未来を作り出す手助けをしてくれる。”

過去に失敗した出来事を思い出し「なぜ自分はあの時、失敗してしまったのだろうか?」といった「なぜ」を考える内省では、自己認識は深まらない。自分を追いつめ内省すればするほど悲観的な気持ちで覆いつくされてしまうのだ。

そうではなく、「自分はあの時、何を感じたのか?」「今後同じようなことが起きたら、よりよく対応するために何ができる?」と問う。そうすることで、ネガティブな出来事からも新たな自分を発見することにつながる。このように見ると、「なぜ」ではなく「何」を自らに問うことの重要性が理解できるだろう。内省するなら「何」を問う“正しい内省”が効果的なのだ。

ビジネスでは「なぜ」と原因究明することを是としているが、感情を持つ人間という生き物にとっては効果的でない場合もあるようだ。

日本人である我々が苦手な「愛のある批判」

もう1つの自己認識である「外的自己認識」についても触れておきたい。日本で仕事をする日本人にとっては、内的自己認識よりも外的自己認識を得ることのほうが難しそうなのである。

本書では、外的自己認識を深めるには、愛のある批判者(正直でありながら、心底こちらのことを思ってくれる相手)から率直なフィードバックをもらうことが重要である、と述べられている。

日本は世界でも有数のハイコンテクスト文化だ。伝える努力をしなくともお互いに気持ちを察し合うことで、なんとなく通じてしまう。また、それを良しとしてきた風土もある。すなわち、外的自己認識を深めるために必要とされる“愛のあるフィードバック”をもらうことは、原書が執筆されたアメリカよりも相当難しいことが予想される。

だからこそ、日本人は特に愛のある批判者を見つけてフィードバックをもらう機会を自らにつくることが重要だ。

人生を思い返すと、忘れられない”愛のあるフィードバック”がある人も多いのではないだろうか。親や上司、恩師、親友にズバッと言われた一言を鮮明に覚えている人も多いだろう。それほどに、人にとって“愛のあるフィードバック”は希少であり重要なのだ。

本書は、自己理解を「21世紀で最も重要なメタスキル」としている。近年発達しているSNSでは、自分が発信したいことだけを発信し、それだけを見た他人から評価される。生活の中心にSNSがあればあるほど、正しい自己認識をすることは難しさを極め、愛のあるフィードバックを得て外的自己認識を深めることも容易ではなくなりそうだ。

自己認識に悩み迷宮入りする前に、まずは本書を通して自己認識の深め方を知るとともに、その環境を自らの周囲につくりたいものである。

『insight(インサイト)――いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力』
:ターシャ・ユーリック 監修:中竹竜二 翻訳:樋口武志 発行日:2019/6/26 価格:2200円 発行元:英治出版

御代 貴子

グロービス・コーポレート・エデュケーション アセスメントチーム チームリーダー

慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。グロービス経営大学院(MBA)卒業。システムエンジニアとして、大手小売業のシステム開発・保守に従事した後、グロービスに入社。グロービス・オーガニゼーション・ラーニング部門にて法人向け人材育成・組織開発の企画、設計、コンサルティングを経験した後、グロービス経営大学院オンラインMBAのマーケティング、新規学生募集を担当。現在は、グロービス・コーポレート・エデュケーション部門にて、アセスメントチームのリーダーとして事業企画を担う傍ら、人事組織系領域の研究やコンテンツ開発、論理思考領域の講師も担当している。

『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略――テクノロジーを武器にするために必要な変革』共訳(ダイヤモンド社)。