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卒業生のキャリアケース:転職

卒業生のキャリアケース:転職

佐々木 明夫さん

変革の担い手としてあり続けること

シスコシステムズ合同会社を経て、マイクロソフトコーポレーションソリューションアーキテクト ワールドワイド データセンター アンド クラウド センターオブエクセレンス

佐々木 明夫さんAkio Sasaki

※肩書きはインタビュー当時のもの

今までのキャリアについて

「国と国を結ぶ」から「国境無き世界を創る」へ

 将来は漠然と、国と国との架け橋になる仕事に就きたいと考えていました。おそらく父親の海外駐在に伴い、幼い頃から様々な国に住む機会があったことが大きく影響していると思います。
学生時代に国と国を結ぶ新しいインフラとは何かを考えている時に、インターネットと出会いました。何気なく参加した大学の講習会で、衝撃を受けました。かつて自分が住んでいた国々の最新の情報がいつでも手に入り、高額な国際電話料金もかからず、手紙で時間を要することなく、海の向こうにいる友人と瞬時にメールでやり取りができる。中毒と言って良いほど夢中になりました。1994年当時は、世間ではまだWindowsもあまり知られておらず、メールアドレスを持っている人もほとんどいない時代でしたが出会って間もなくインターネットに関わる仕事に就きたいと決心しました。
世界を結ぶ新たなインフラは、インターネットに違いないと確信した私は、就職先として情報・通信業界を目指すことにしました。しかし、当時の通信業界は内需に重点が置かれていたこともあり、希望する国際事業を熱心に展開している企業はほとんどありませんでした。就職活動を開始した当初は全く考えていなかったのですが、商社が積極的にインターネット関連事業に投資し、海外取引をしていることを知りました。1998年4月、運よく希望する企業へ就職することができ、さらに希望するインターネット事業を扱う事業部に配属されました。
インターネット発祥の地は米国ということもあり、社内で飛び交う資料は全て英語、しかも膨大な量でした。幸い英語は長い海外生活で培ったという自負もあり、自ら希望して資料の翻訳という仕事に飛び込みました。しかし、日常生活レベルの英語とビジネス、専門分野の英語は全く違う次元のものでした。結局、先輩方の目に触れないところで必死に勉強することで何とかこなすという状態がしばらく続きました。
翻訳を通じて様々な情報が自分の中で蓄積、咀嚼(そしゃく)され、多くのことを学びとることができました。そのおかげで、海外企業との商談の通訳、次に交渉、そして製品担当などの業務をかなり早い段階で経験できました。この時の経験が自分の英語力を業務で通用するレベルに引き上げてくれたのだと思います。
 入社して約2年半後の2000年に、シスコシステムズ合同会社へ転職しました。シスコシステムズは、インターネットを構成するハードウェア機器を製造する米国のメーカーです。その頃、インターネットは急激に社会に浸透し始め、Eコマースなど様々なイノベーションのトリガー(引き金)となっていました。インターネットを介して国境を越えた商取引が始まり、インターネットオークションが個人輸入にまで波及していました。

 入社した当時、シスコシステムズの日本オフィスはまだ規模が小さいものでした。会社の成長がネット事業の急成長に伴う需要に追い付かず、商社時代の3倍働くことになりました。当時は働くことが楽しく、無我夢中でした。不思議と辛かったという記憶は残っていません。毎日会社に行くと新しいことが待っていました。会社が急速に成長するにつれ、必要とされる職種が次々に増え、セールスエンジニア、コンサルティングエンジニア、プロダクトマネージャ、マーケティングマネージャと様々な職種に就く機会をいただきました。一見脈絡のない流れのようですが、ターゲット市場が拡大することに合わせて、より多くのお客様に対応できる職種へ進んだ結果でした。それが継続してイノベーティブな開発に貢献できる方向でもあると考えていました。
 新しい技術、ソリューションが次々に生まれるのを目の当たりにしていると、イノベーションを展開する側からイノベーションを起こす側に立ちたいという想いが強くなりました。今考えるとそれは自分にとって、大きなターニングポイントでした。「国と国を結ぶ」という自分の想いが、「国境を撤廃」するのとゴールは同じものでありながら、それとは全く異なるアプローチをとる方向に変化したタイミングでもありました。そしてインターネットは世界を文字通りボーダレス化し、情報以上のものを運ぶインフラへ発展していきました。その到達とともに自分に新しいチャレンジが必要だと考えるに至りました。しかし、次の自分のビジョンをなかなか思い描くことができず、そこから2年ほど悩みました。

 2年後の2012年、新しいチャレンジを求めて転職した先は、現職のマイクロソフトでした。シスコシステムズではインターネットというインフラを構築することを目標にして事業に携わってきました。マイクロソフトでは構築されたインフラ上でお客様のビジネス課題を解決し、発展させるためにソリューションを具現化するサービスの提供を目標にしました。この判断をした大きな要因がMBAでの学びでした。技術者としての10年以上の経験をベースに、ビジネスを創り出せる人材に変革することに価値があると考えるようになったのです。
国境なき社会が形成される中、あらゆる組織は、従来の制約を乗り越え、猛スピードで変革しなければ生き残れない経済環境になりました。インターネットというインフラ、クラウドのテクノロジー、そして人の知恵が合わされば、その壁を越えることができると思います。今はこの新しい環境に合わせて変革することを決めたお客様に寄り添い、一緒に新しい価値を創造し、世界に発信する業務にとても魅力を感じています。

キャリア選択のベースとなる価値観について

そこに「世界と自分を変える」チャレンジがあるか

 小学1年生の時にパソコンが世に生み出され、初めて触った時の驚き。インターネットの急速な発展と世界が変容することを目の当たりにしている興奮。その時自分が感じた気持ちを一人でも多くの方に届けたいという想いが仕事への原動力となっています。多くの人と共にその瞬間を創造できれば、社会発展に貢献できると信じています。そして目の前で、テクノロジーによるイノベーションを体験してきたからこそ、IT業界の持つ世界を変える力に大きな価値を感じ続けています。従って、この業界に身を置く者として「変革」の担い手であり続けることは使命だと思っています。これが実践できる職場を今後も求め続けていきたいです。
私は常々自分が一個人として前に進んでいるかということを重視しています。好奇心が強く、新しいものが好きという性格から常に新しいこと、未経験なことに取り組んでいたいという気持ちがあります。現在の職場は、まさにそれが実践できる職場です。今まで経験したことのない壁に次々にぶつかってばかりですが、チャレンジできる環境にとても魅力を感じています。
私が最も怖いのは、停滞感に慣れてしまうことです。前職に勤めていた頃、友人の何気ない一言がきっかけで、転職を考えるに至りました。
「この会社でそれだけ実績があって、その知識があれば、もう安泰だね」
今思えば安泰な職など全く保障されていなかったのですが、もしかすると過去に得た知識と経験だけで仕事をしているのかもしれないという考えが頭をよぎりとてもショックを受けたのを覚えています。自分自身が新しいことを吸収し、変化し続けなければ「変革」の担い手として説得力があまりにもありません。実際に、転職はかなり不安でしたが居心地のいい場所から踏み出してチャレンジしかない職場に来てよかったと思っています。

必要なスキルと能力開発について

「平常心」の上で「次の自分」との差分を埋め続ける

 現状、自分の置かれている就業環境には大きく2つの特徴があります。それは、必要なスキルと直結しています。
1つ目は、案件単位で、業務を行う環境(国、言葉、文化、チーム構成など)が異なることです。案件あたりの対応期間は数日から数か月と幅があるために、複数の案件を並行して行うことがほとんどです。異なる背景を持つメンバーと業務を進め、業務を完遂させるために必要不可欠な基礎スキルは言語や各々が持つ文化の知識とそれへの理解、そしてこうした環境を日常としてとらえることができる平常心だと考えています。環境が変化しても自分のパフォーマンスを安定して提供する必要があるのです。それができなければ、お客様だけでなく自分を信頼してくれる同僚の期待を裏切ることにもなります。失った信頼を取り戻すことはとても大変なので絶対に避けたい事態です。そのために日頃から様々な状況を想定して多様な知識を蓄え、積極的にオープンなコミュニケーションをとることを心がけています。
2つ目は、所属している部門に期待される役割が常に変化することです。本社直属のエキスパート部門として、急速な市場環境の変化に合わせて各部門の戦略転換の先頭に立つことが求められているので、短期間で新しい技術、メソッドを習得し、デリバリーする必要があります。戦略転換を聞いてから動いていては間に合いませんので、常に社内外の変化を敏感に感じとれるように情報収集し、先行して必要になると考えられる能力を開発しています。
 ビジネスパーソンにとって、MBAで学ぶ経営学の基本的な知識はベースとして必要になりますが、それを得ることで満足していては環境変化に柔軟に対応できるようにはなりません。この業界にいる限り、退職まで有効であり続ける特定の知識や能力は多くはないと思います。常に新たな能力を身に付ける必要があります。能力開発を続けていく際に、MBAで身に付けた「論理思考力」や「学習する習慣」がとても役立っています。
「論理思考力」が身に付くと、目の前で発生している事象に対して直感で判断を下すのではなく、自分の持つ知識やその他の要素も加味して、複数の選択肢を洗い出した上で判断ができるようになります。また、多角度から事象を見ることや事象を細分化して状況を把握する癖がつくので、より深く事象の本質をつかむことできるようになります。その結果、起こすべきアクションも具体化されます。「論理思考」はMBA課程の1年次に学ぶのですが、その後の科目で学ぶ様々なケース(企業事例)に取り組む際に繰り返し使い続けるので、在学中に実務で使いこなせるレベルまで到達できたと考えています。今も、開発すべき能力を特定する上で、とても役に立っています。
 「学習する習慣」を鍛えてくれたのは、2年次に学んだ応用科目群でした。これらの科目は、1年次に学ぶ基本科目で得た知識やスキルを取捨選択し、より難易度の高い経営課題に対して結論を導き出すケースに取り組む科目群です。当時の私の力では、全く時間が足りず中途半端な結論のままで授業に臨んでいました。そうした悩みを抱えていた頃、教員の方に、課題に取り組む際にも戦略が必要であることを教えていただいたのです。言い換えれば学習のための「型」を持つことが必要というアドバイスでした。その後、様々な科目で、多くのケースに取り組みトライ&エラーを繰り返す中で、なんとか自分なりの「型」をつかむことができました。こうした過程を通じて、自然と学ぶことが習慣化されていったのです。実はMBAを卒業するときに最も悩んだ課題の一つは、能力開発の方法でした。日常の中で新たな学びを得る「通学」という行為が無くなることへの不安がとても大きかったのです。しかし、身に付けた学習のアプローチは卒業後一人でも継続していけるレベルまで到達していました。

 私は年に数回、「次になりたい自分像」を描き直し、その上で「次に開発が必要な能力は何か」を考えるようにしています。その時のルールとして自分の欠点から考えるのではなく、よりよく業務を進めている自分の姿をイメージすることにしています。その上で、現在の自分とのギャップを具体的にし、それを埋めるために必要な能力、アクションプランを作成します。私は本来なまけもので放っておくとすぐに忘れてしまいます。段取りを決めて、自分の成長に必要なものを明確に把握するように努めています。
これは自分のミッション、志につながるマイルストーンを描くことなのではないかと常々感じています。また、こうした考えを抱くようになったのは、MBAで共に学んだ同期と自分のミッションや志について何度も語り合って来たからだと思います。人と話してみることで、自分の想いがまだまだ抽象的であることに気付きます。それぞれの想いを本音で語り合う経験が、自分のなりたい姿を具体的にする良い訓練になりました。
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転職事例 マイクロソフト 佐々木氏 のページ。実践的なMBA(経営学修士)のグロービス経営大学院。リーダー育成のビジネススクールとして、東京・大阪・名古屋・仙台・福岡・横浜・水戸・オンラインでMBAプログラムを提供しています。