活躍する卒業生・在校生

卒業生のキャリアケース:起業

卒業生のキャリアケース:起業

小池 秀美さん

英語×クリエーティブ×戦略立案を強みに独立

共同で会社を設立し東京及び米国支社を立ち上げ、 現地代表として従事。
株式会社電通クリエーティブ局を経て、現在はフリーのコミュニケーション戦略プランナー

小池 秀美さんHidemi Koike

※肩書きはインタビュー当時のもの

今までのキャリアについて

~コピーライターから戦略プランナーとして独立へ~

 キャリアのスタートにおいては、学んだ英語を活かそうと商社や海外部署などで働きました。当時、大企業の女性は「腰かけ仕事」というのが一般的な見方で、適当な寿退社を望まれることから、実力主義の中小企業を選んだのですが、やはり与えられる仕事には限界がありました。女性は出張させないとか、扱い高が増えると男性社員に担当が替わるとか、そんな時代だったんですよね。
納得するまで追求できる仕事、良い結果を出しても誰も嫌な顔をしない仕事、そんなことを考える中で出会ったのが、男も女も、老いも若きもない、作品が全ての実力勝負の世界であるコピーライターという仕事でした。心地の良い自由と責任感、そしてクリエーティブな世界に魅せられ、日々苦闘しながらも楽しんでいました。やがて役割がディレクター、プロデューサーと徐々に上がるうちに、広告の一部を作る制作(クリエーター)よりも、大元の戦略や構想を練るプランナーへと興味が移っていきました。小さいながらも共同で制作会社を設立し、経営者視点で物事を考えるようになった影響もあったと思います。会社は順調に東京、そして米国へと拡大していきましたが、米国在住中に電通クリエーティブ局の国際部からお話しをいただき移籍をしました。
 この制作会社と代理店の両方の経験と、そこで見た日本企業と海外企業の本質的違いを基に、現在はフリーランスという立場で、企業のブランディングやコミュニケーションデザインの企画立案から実施までトータルに携わっています。
急激に変化しつつある現代の情報化社会において、欧米企業ではコミュニケーション戦略を経営の一重要要素として位置付け、積極的にプロを雇用してきました。一方で、日本企業の多くは、良い商品を持ちながらもマーケティング力やコミュニケーション戦略の不足から苦戦を強いられています。「何か変えなければと思うが、何をどうしたらいいかわからない」という声をあちこちで聞きます。もともと人材流動性が低い日本の企業では、こうした重要な業務において、幅広い専門知識や経験を持つプロが社内に存在することは少なく、従来の方法や外注に依存するだけの会社もまだまだあります。
 そういった中、私は社外取締役や顧問弁護士のような「身内」(=外部ブレイン)の立場で、必要に応じて実務までハンズオンで携わるという、この分野では今まであまりなかったスタイルで仕事を始めました。専門性が高い領域だからこそ、提案だけでなく手取り足取り実行まで導いて、きちんと結果に結び付ける。そうして経験値を内部に蓄積し、企業を一つひとつ確実に成長させる。これなら、実行性とは距離のあるコンサルやいろいろと手間のかかる社員化よりも、ずっと効率的に専門力を企業に提供でき、成果につなげられます。そしてこれは、日本企業が海外の企業とまともに情報戦を戦うために、外部の力をいかに弊害なく十分活用できるか、また企業の知的財産としてその経験値を蓄積できるかといった課題に対する一つの新しい方向性の提示でもあると思っています。

キャリア選択のベースとなる価値観について

~フリーランスという選択。そして「女性のキャリアは一つではない」~

 フリーランスという立場は、所属組織の利益のためにクライアントの不利益に目をつぶる必要はない代わりに、何かあっても組織に守られることはありません。自由も責任も大きいのです。フリーランスという保証のない個人をどこまで信頼してくれるかは、相手の度量次第です。将来に関しても、会社が引いたレールや出世のハウツーはなく、後ろをついてくる社員への責任がないぶん経営者よりは気持ちは楽だとしても、自分の将来を自己責任でゼロから描くことには変わりはありません。憧れやイメージでなく、そうした現実を全部受け止め、納得して、自分にとって一番良い、と心から思えてから選択するということが重要です。私自身は様々な立場を経験し、今はこのスタイルが最も仕事がしやすいと思っていますが、今後状況の変化に応じて、働き方を変えることもあるかもしれません。
また、「プロである」ことへのこだわりはかなり強いほうだと思います。ペイに見合う仕事をするという考えでは、期待値は超えられません。やるからには与えられた立場に捉われず、結果をだすために「やれることは全部やる」、そういう気持ちでやっています。ときどき自分でも「なぜそこまでするのか」と思うことも正直、あります。でも自分の専門領域でみすみす相手が失敗するのを傍観できないんですね。ちょうど患者と向き合うドクターのように、プロってそんなものかもしれません。他人の作った価値観や枠組みに自分を押し込まず、自由に自分の力を存分発揮できる場で生きるのが、きっと私には向いているのだと思います。
女性の(男性も、ではありますが)キャリアという点では「道は一つではない」と実感します。今の世の中は、まだまだ女性というだけで就職・昇進・抜擢・再就職などあらゆる面で不遇され、出産とそれ以降のキャリアとを天秤にかけざるを得なかったり、キャリアを積んでも年齢をマイナスと捉えられたり、社会復帰の門戸もまだ決して広くない状況です。でも会社や社会にしがみつかず、少しの柔軟性と勇気を持ってものの見方を変えれば、それまで培ったプロとしての能力や経験の活かし方は必ず見つかると思います。
いつまでも元気でパワフルなのも女性ならではかと(笑)。企業が決めた定年ではなく、例えば平均寿命の86歳を目安にキャリアプランを設計すれば、子育ての10年はほんの中休みで、焦る必要はありません。女性には女性の「人生の時間割」がある。自分なりに、活き活きと前を向いて活躍する女性が増えると嬉しいです。

必要なスキルと能力開発について

~自分のコアスキルを意識する~

 社会で自信を持って生きていくために、早い段階から考えたほうがいいと思うのは、自分自身にとって何がコアスキル(=プロフェッション)になり得るのか、ということだと思います。その上で、必要に応じてその能力を得る努力をすることが大切です。身に付けた英語にこだわらず、縁と嗅覚を信じて私がクリエーターへの転換を図ったのも、まず自分のプロフェッションを確立しようと考えたからでした。でも一見関連のない組み合わせが新境地を開くこともあるんですね。結果として海外ロケなどの仕事が増え、世界各地に仲間ができ、米国に会社を設立して移り住み、最後は業界最大手の電通の国際部から声をかけられるに至るのですから、わからないものです。
 ちなみに私のコアスキルは3つです。
第1は英語のスキルで、これは学生時代に身に付けました。第2がクリエーティブのスキルで、コピーライティングから大元の構想やコミュニケーション戦略を練るまでの幅広いスキルです。コピーは養成講座のようなところにも通いましたが、多くは実務を通して身に付いたような気がします。
そして第3が会社運営のスキル。大阪、東京、米国と文化も考え方も言語も違う地で会社の設立&運営に携わり、設立からオペレーションまであらゆる業務を遂行する中で経験値として増えていきました。米国では例えば盗難・背任事件や数億円の賠償訴訟など、日本ではあまりない状況に直面したことも、今となってはいい経験です。
経営に関しては、帰国後代理店でクライアントといろいろ話すうち、一個人の狭い範囲の経験値に留まらないためにも、包括的なセオリーやスキルを体系立てて学びたいと考え、タイトな仕事の合間を縫ってビジネススクールに通いました。良いコミュニケーション戦略は、事業戦略からコンタクトポイントまでの様々な階段を自在に行き来しながら創ることが大切ですが、そのためには経営の総合的な知識が不可欠だと感じたのです。そのおかげで今は、外部ブレインの立場ながら、コミュニケーション戦略の策定を任されるに至っています。
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マーケター 独立事例 小池氏 のページ。実践的なMBA(経営学修士)のグロービス経営大学院。リーダー育成のビジネススクールとして、東京・大阪・名古屋・仙台・福岡・横浜・水戸・オンラインでMBAプログラムを提供しています。