活躍する卒業生・在校生

卒業生のキャリアケース:起業

卒業生のキャリアケース:起業

佐藤 和弘さん

なければ自分で創るしかない!
医療現場へ経営教育を広めるために起業

病院勤務で透析医療に従事したのち、医療教育団体MEDIPRO!を起業代表,メディカルアートディレクター

佐藤 和弘さんKazuhiro Sato

※肩書きはインタビュー当時のもの

今までのキャリアについて

~医療技術の限界を感じた現場での10年間~

 高校の成績は学年最下位、医療系専門学校ではロクに学校に行かずに留年、希望の病院への就職も失敗。「医療という響きがカッコイイ!」という理由だけで医療業界を目指す。このような学生時代を経て、臨床工学技士という国家資格を取得。兵庫県の病院で透析医療に携わることから、医療従事者としてのスタートを切りました。

 透析とは、腎臓が悪くなることで身体に溜まった余分な「水」や「毒素」を取り除く治療です。具体的には、献血と同じくらいの太い針を血管に2本刺し、血液を身体から取り出し、それをダイアライザーと呼ばれる透析膜に通して「水」や「毒素」を取り除き身体に返していく治療で、週3回、1回4時間程度行われることが一般的です。患者さんは、(基本的に)生涯を通じて、この透析を受け続けます。つまり、患者さんにとって透析とは、水や空気のように自分の命をつなぐ大切なものと言えます(その証拠に、透析は別名「人工腎臓」と呼ばれます)。そのような治療や病気に向き合い続ける多くの患者さんの姿は、大した目標もなく仕事をしていた私の胸に突き刺さりました。

 「医療従事者になったからには、患者さんの命を守る医療を確実に提供できるように、技術を深く学ぶ責任と義務がある。」そう強く感じた私は、それから「学びの虫」になったのです。透析関連の書籍を読みあさり、研究に没頭し、学会でも数多く発表しました。「マニアックだね」というお褒めの言葉を聞くようになるほどに(笑)。
 しかし、ある時、ふと疑問が頭をよぎりました。「自分がやっていることって、目の前の患者さんに本当に貢献できているんだろうか?」。技術を学び、学会発表を繰り返しても、目の前にいる患者さんは苦しんでいるまま。こうした疑問に苛まれているとき、ある出来事が起こりました。糖尿病によるASO(閉塞性動脈硬化症)を合併し、透析中も血圧の乱高下で苦しい治療を続けていたある患者さんに引き止められたのです。
「佐藤君、助けて・・・」
その患者さんが涙を流し、辛さに耐えかね、藁をもすがる思いで絞り出した一言。しかし、私はどうしてよいのかわからず、結局何もできませんでした。自分に何が足りなかったのか、どうすればよかったのか。自問自答を繰り返しても答えを出せない。一方で、技術を磨きあげた先にその答えがあるとも思えませんでした。
 それから、技術以外に何が必要なのかを何年も探し続けましたが、医療の中にその答えを見つけることはできませんでした。「医療の中に答えがないのであれば、医療の外を見てみるしかない」と考え、ビジネス界にその答えを探し求め、たどり着いたのが経営大学院でした。そして、経営に関するあらゆる学びを通じて気づいたことは、「経営とは価値を生み出し、それを継続的に提供するために、人や組織を自律的に動かしていくこと」だということ。そして、それはビジネスだけでなく、医療でも全く一緒であるということに。

 医療従事者が技術を最大限に活かし患者さんを救うには、経営に関する知識が必要だと確信したのですが、それらを体系的に学べる環境は医療業界にはありませんでした。「ないなら自分で創るしかない」と、医療教育団体を立ち上げたのが2010年10月のことです。ただ、「経営」といった言葉を使うと医療従事者は抵抗を感じるため、テクニカルスキル(医療技術)と対比させて「ノンテクニカルスキル(非医療技術)」という言葉に変え、2011年4月に神戸の貸し会議室でスクールを開講しました。さらに、医療現場での組織学習を提供するために、院内研修や院内教育プログラムなどに事業領域を絞り、現在では、多くの医療機関や医療従事者に教育を提供するに至っています。

キャリア選択のベースとなる価値観について

~「切迫感」が困難を乗り越え、自分を突き動かす原動力に~

 つい先日、セミナーに参加いただいたある医療従事者の方が、私にこんな質問をして下さいました。「私は最近心が折れそうになったことがあったのですが、佐藤さんはそのようなことはありませんか?」私はこう答えました。「ないんですよ。なぜなら、この教育が絶対に医療に必要だという確信があるからです。これが私の軸(心の拠り所)になっているので、絶対に折れないんです」と。これまで10年間にわたり何百人の患者さんの苦しい表情や辛い姿を幾度もなく見てきて、「そうした患者さんたちを1日でも早く救わなければならない」という切迫感。それが、私を突き動かす原動力になっているのです。

 新しいことを始めれば色々な困難に遭遇します。実際、スクールを開講しても参加者が集まらず中止せざるを得なかったこともありましたし、「佐藤が変な宗教団体をつくったらしい」と噂になったこともありました(笑)。しかし、どんな困難も私を止める理由にはなりません。なぜなら、いつも患者さんの顔が目に浮かんでくるからです。「こうやったら医療は良くなる」とか「こんなことをやりたい」というポジティブな動機ではなく、「救わなければならない」という切迫感があるからこそ、どんな困難にも打ち勝てるのです。どんなに苦しいことがあっても、絶対に患者さんの方がもっと苦しいのですから。

 振り返ってみると、こうした行動に至るに3つの転機があったと思います。
1つ目は臨床工学技士という「国家資格を得たこと」です。医療現場で働くためのパスポートとして、あるいは医療教育を提供する説得力として、やはり国家資格があることは必要不可欠な要件でした。
2つ目は「医療現場での患者さんとの出会い」です。実際に患者さんの一番近くで治療に携わらなければ、医療現場の現実に気づくことはありませんでした。
3つ目は「経営大学院での学び」です。医療現場だけでは決して得られることのなかった「視点」「視野」「視座」、そして何よりこのような経営教育が医療にも必要であるという「気づき」がなければ、今の私はありませんでした。

 日々生じる偶然の出来事を人生の転機とするには、こうした出来事を「意図をもって結びつける」ことが必要だと思います。偶然に臨床工学技士という国家資格を得ただけかもしれない。偶然に患者さんと出会っただけかもしれない。偶然に経営大学院で学んだだけかもしれない。しかし、この3つの事柄が「何を意味するのか」、「なぜ大切なのか」、「誰のためになるのか」などを考え、意図をもって結びつけたことが、私の原動力である「切迫感」を生み出しているのだと考えています。

必要なスキルと能力開発について

~自分に必要なスキルを「決めつけない」ことが大切~

 私の場合、医療現場に経営教育を広める活動をしているので、経営教育に関する知識や技術は必要不可欠ですが、更に「3つの力」が必要だと考えています。それは、「翻訳する力」「土俵を創る力」「言い続ける力」です。

 「翻訳する力」とは、経営教育を医療現場向けに翻訳する力です。ビジネスと医療では、取り巻く環境や業務内容が大きく異なるので、経営教育を医療の現状に即した形に訳す必要があります。その際、一番大切なことは「医療従事者が現場で使うイメージをどれだけ具体化できるか」に尽きます。経営のフレームワークを医療現場で実際に使う場合、そのままで良い部分と、表現や解釈を変えなければいけない部分を切り分け、医療従事者がイメージできない部分は医療用語や医療現場のシーンに置き換え具体化するのです。この際、私自身が医療従事者であることが大きな利点となっており、私の中核となるスキルはこの「翻訳する力」だと認識しています。
 「土俵を創る力」とは、従来の土俵自体を変えるのではなく、新たに土俵を創る力です。これまでの医療教育は職種や分野別に細分化されていました。私は、それをテクニカルスキル(医療技術)教育として一つにまとめ、対比する形で新たにノンテクニカル(非医療技術=経営)教育という土俵を創りました。従来の土俵そのものを変えるのではなく、それを尊重しながら新しい土俵を創り、違いを明らかにしていくことによって、従来の土俵を大切にする人達からの理解を得ることができたのです。ノンテクニカルスキルの定義について、いつも次のように説明しています。「ノンテクニカルスキルとは、テクニカルスキルを支えるあらゆるスキルの総称です。」と。

 また、土俵を創るというのは自分の考えを明らかにし、立ち位置を創り出すことでもあります。「自分はどんな存在なのか」「何を成し遂げたいと思っているのか」「相手とどのような関係にあるのか」「相手にどのような影響があるのか」がわからなければ、海のものとも山のものともわからない新しい活動を周りに理解してもらうことはできません。だからこそ、私も実際の院内研修などでは、自分が臨床工学技士として10年間透析に従事してきたこと、この教育を通じて、医療現場で働く人や組織を良くする活動をしていることを始めに伝え、同じ想いを持つことの証として、いつも「私たち」という言葉を使っています。

 「言い続ける力」とは、自分のやるべきことについて、周りにひたすら言い続ける力です。どんなに素晴らしい考えや行動も気づいてもらわなければ「存在しない」のと同じ。これは悲しいですが現実です。だから、自分の存在価値を高め、周りに知ってもらわなければなりません。一般的に、医療業界で自分の存在価値を高める方法はシンプルです。それは、ある分野を徹底的に深め、それを学会などで発表し続けるという方法です。そうすると、「この分野ではあの人はよく発表しているよね」という話が少しずつ広まり、講演や勉強会などに呼ばれるようになり認知が広まっていきます。従って、「医療に経営教育が必要である」ことを、とにかく周囲に言い続けるようにしています。加えて大事なことは、「ブレないこと」「時間をかけること」「焦らないこと」。言っていることがブレていては、人は信用してくれません。時間をかけて伝えなければ、人はすぐには変わりません。物事には「機」があるため、自分が焦ってみたところで空回りするだけです。常にこれらを意識し、これからも言い続けていきたいと考えています。

 一方で、自分に必要なスキルを勝手に決めつけないことも大切だと考えています。私自身、「翻訳する力」「土俵を創る力」「言い続ける力」が自分に必要だと分かったのは、試行錯誤した結果の後づけでしかありません。これから変わるかもしれません。結局、自分自身の行動の結果、さまざまな壁にぶち当たり、それを乗り越えようと痛い思いをしながら、悩み苦しんだ後にしか、自分に必要なスキルは分からないものだと私は思っています。
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医療×経営教育での起業事例 MEDIPRO! 佐藤氏 のページ。実践的なMBA(経営学修士)のグロービス経営大学院。リーダー育成のビジネススクールとして、東京・大阪・名古屋・仙台・福岡・横浜・水戸・オンラインでMBAプログラムを提供しています。