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【卒業後~MBAを終えて~】本質を見抜くために意識していること

2013-06-27

 

【名前】東坂隼人
【勤務先】永伸商事株式会社
【入学年】2011年

 

 

みなさん、こんにちは。2013年3月に卒業しました、東坂隼人です。
単科生も含めて、約3年半の歳月をグロービス経営大学院で過ごしました。

大学院では多くのことを学びましたが、今回はクリティカルシンキングの事について少しお話させて頂きます。

クリティカルシンキングを直訳すると、批判的思考。
ただし、ここで批判の対象となっているのは自分自身の考え。自身が物事を論理的・構造的に考えられているかをチェック(批判)しながら思考を進めていく。
大学院の授業を受けるにあたって初めに受ける方が多い科目です。

グロービスの生活は、クリティカルシンキングに始まり、クリティカルシンキングをいかに使い続けるかが問われている。
卒業してからそんな風に思うことが多々あります。

自社の話ですが、社訓の一説に「臨機応変を旨とせよ、物事の本質を見抜け」とあります。
最近、よくこの言葉が頭の中を駆け巡ります。

表面的な事象をそのまま受け入れず、自分にベクトルを向け、本質を捉えるようにすることが、組織の前進にとって重要だと感じています。

現在、私は、飲料製造業(ミネラルウォーターのボトリング事業)の立ち上げという新規事業に、1年半程前から携わっています。自社のそもそもの中核事業は、アミューズメント事業、飲食事業、ゴルフ場の運営といった、”店舗運営型サービス業”が主であり、製造業というものについては、初めての試みという状況です。

いつも思ってもみないトラブルが起こったり、予定通りにいかないことも度々。
解決方法もよくわからず、手探りで前に進んでいる、そんな風に感じることも多々あります。
アンゾフの成長マトリクスでもあるように、多角化の難しさ、そこには、既存の組織知が効きにくいという現状があります。

組織の過去に積上げられたナレッジが効きにくい時にこそ、本質は何か?をまずは自らに問い、動くことが重要だと実感しています。

組織が新しい事をする中でぶつかる壁や思ってもみないトラブル。それに対する最善解がどこにあるのか?

時として、先の分からない問題の中で、「上司が最善解を持っている」、と思い込むほうが組織として危ないと感じます。(決して上司の能力が低い、と言っているわけではありません。)
そういった時こそ、本質を理解するために、クリティカルな質問を自分に投げる必要があるのではないでしょうか。私はそのように考え行動をしています。

立ち位置(トップ、ミドル、ボトム)は関係なく、役割の違いと意思決定の裁量の違いであって、最善解に近いかは別だと考えています。
重要なのは、どこが最善解を出すことに長けている役割を担っているかを判断することだと思います。

高い位置から俯瞰してみることのできる情報を持った経営層が最善解を出す時もあれば、
経営層、現場が見えるミドルマネジメント層が出す解が最善解である時もある。
また、現場をよく理解したボトム層が出す解が最善解である時もある。

それを最善解に近づけるために、どこから情報を集めるのがよいのか。

だからこそ、クリティカルな質問を投げるようにしています。
「その目的は?」「その狙いは?」「なぜ、それをやるのか?」

サッカーの中でも、ドイツの子供たちは、試合前のミーティングで、コーチの指示に対して必ず説明を求めるそうです。「なぜこのシステムで戦うのか」 「なぜこの戦術をとるのか」。
それに対してコーチは、システムや戦術の意図をきちんと説明します。
そうやって納得させないと、ドイツ(おそらく欧州全般)の子供たちは動かないそうです。

これが本質を理解し、臨機応変に最善解を出すことのできる組織の絵だと思います。

ブログを読んでいる方の中には、
「とにかく、言われた通りにやっといて!」と言われた事がある方も多いのではないでしょうか?もしくは、マネジメントする立場で、それを言ってしまったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
緊急時でならまだしも、いつもこのような言葉が飛び交っていると組織として危険な匂いがします。
組織知の蓄積の放棄であり、本質を理解する風土の放棄。

組織にとって、最善解に近づけるためには、時に、立場を気にせず、本質に突っ込んでも良いのではないかと感じます。特に新しい何かを行っている時には。上司だって迷っているのですから。

3年半のケーススタディを中心とした授業での学びは、課題に対して、自分ならどのように最善解を導き判断するのか、そのために、いかに本質を見極めるかという力を鍛えられたことです。

これからも、常に最善解は何なのか。自分の頭で考え、自分対して少し批判的(クリティカル)に本質に近づけるよう、日々意識していきたいです。

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