ベンチャー起業や新規事業の立ち上げなどの「創造」と、既存組織の再生といった「変革」を率いたビジネスリーダーを、成功が金銭面だけではなく社会価値の向上に資するものであるか、またそのリーダーが高い人間的魅力を備えるかといった点を重視して卒業生の中から、選出し表彰しています。

東京大学大学院航空学専攻博士課程を修了後、科学技術庁航空宇宙技術研究所(現・JAXA)や大手 メーカーでの研究職、新規事業分野に従事。その後、2008年に一転して、大阪大学発のナノテクベンチャー「ナノフォトン」のトップに招聘され、以来、同社の成長戦略策定、遂行を精力的に行い、同社を成長軌道にのせ、初期の事業立ち上げに大きく貢献されました。ナノフォトンは、ラマン分光と呼ばれる被写体の分子構造、結晶構造を特定する原理を応用した「レーザーラマン顕微鏡」ほか、先端の光学機器の開発、製品化により、創薬や先端材料の開発といった分野に地平を切り拓き、耳目を引いている企業です。

東京大学大学院先端学際工学専攻博士課程を修了後、製薬会社で医薬品開発に従事。その後、転進したGEでは、医療分野における知見とMBAで学んだ経営技術の双方を存分に生かして活躍の場を広げて来られました。中でも、リーダーシップや高度のファイナンス手法、シックスシグマによるプロセス管理などで知られるGEですが、ビジネス手法はプロダクトアウト型がまだまだ多く、市場ニーズと技術革新の変化が速い現代経営においてはマーケティングカルチャーの浸透は不可避との課題認識から、年間100名超に対するマーケティングトレーニングを実施。また、ご自身のチームがGE全社のマーケティングプランコンテストで2位に選出されるなど、グループ内マーケティング変革への熱心な取り組み姿勢が評価され、2010年に同社アジアパシフィック社長賞を受賞されています。

建築・緑化関連事業を手がける東邦レオにおいて、2009年、32歳の若さで取締役に異例の昇進をされました。建築資材の営業からスタートした同氏は、新規顧客の開拓で頭角を現し、入社6年目、28歳のときに社の二本柱の一つとなる事業の再建を託されました。この案件において、組織・財務体質の改善や新製品開発により、30億円から25億円にまで落ち込んだ事業規模を40億円にまで再生。この成果をもって二本柱の他方の事業についても成長戦略の策定、実施を任され、そこで立ち上げた「プラスワンリビング事業」が初年度で売り上げ規模10億円、来年は30億円を見込めるまでに拡大しつつあります。プラスワンリビング事業の中核となる商材は、“屋根と同じ価格で手に入る屋上庭園”。従来の1/5の価額で屋根に変わり緑豊かな屋上を作れるコンセプトが当たり、同社事業ポートフォリオの中で大きな存在感を現し始めています。

2005年に24時間365日体制で在宅医療を提供する「三つ葉在宅クリニック」を始動。複数の医師、地域の訪問介護ステーション、ケアマネジャーらが協働する仕組みを築き、過剰労働を避けながら、医療・介護・福祉の垣根を越えた豊かなサービスを提供する、新しい診療所経営の形を提示した医師として多くのメディアの耳目を集めています。

NTT、アリエル・ネットワーク等を経て、2007年2月よりブロガーの一人としてアジャイルメディア・ネットワークの運営に参画。その後取締役就任を経て、2009年2月に代表取締役に就任。ブログやツイッター等のソーシャルメディアを活用した先進的なマーケティング施策を推進するほか、個人でもソーシャルメディアの最新動向に関する執筆・講演活動を精力的に行っています。

2006年のGMBA卒業後に、それまで在籍した三菱重工業神戸造船所製品部門から、企業立病院に事務部長として社内異動。診療報酬制度のマイナス改定など、諸要因による収益悪化から経営の危機にあった同病院を、現行医療制度に見合った体制変更による収益力向上、人員配置の見直しによる人件費率の低減、職務環境改善による医師・看護師の定着率向上といった施策により、経営改善に貢献しました。

1999年に当時、テルモヨーロッパ社のカテーテル部門責任者として着任。欧州の各市場を横串に結ぶ販売部隊の組織化やブランドの知名向上等により、売り上げ・利益ともに急拡大させ、この功績により当時、大きな負債を抱えていたテルモヨーロッパ社を黒字に転換、2006年に同・取締役社長に抜擢されました。現在は、日本に帰国し、テルモ取締役上席執行役員として心臓血管カンパニーを統轄されています。

起業専業企業・株式会社エムアウトにおいて、小学生向けアフタースクール事業「キッズベースキャンプ」の立ち上げに従事し、2009 年、同事業を東急電鉄に売却すると同時に現職に就かれました。

電子認証分野の先駆者として知られ、2003年11 月にはセキュリティ・ベンダーである日本ベリサイン株式会社の代表取締役兼CEO として株式公開を実施、05 年からは提案型開発のシステムハウスとして定評のあるビー・ユー・ジーを、代表取締役社長として率いていらっしゃいます。

ソニー入社後に米スタンフォード大学電気工学科修士課程を修了、ホログラム技術を応用したシースルーメガネ型ディスプレイの開発等を推進し、2008 年には同社においてMVP を、また世界最大のディスプレイ学会にて優秀論文賞を受賞するなど、社内外から高い評価を得ておられます。

1928 年に創業の同社3 代目として、1985 年に代表取締役社長に就任。部門間の垣根を低くした組織文化づくりや、若手の声を積極登用する「社内提案制度」などにより、常に生活者を引き付ける新しい商品を市場投入し、同社を発展させてこられました
[写真提供:フォトチョイス]