企業変革・新規事業事例 三菱商事松本氏

MBA取得後のキャリアと成果

投資先企業の再生と新規事業立ち上げ。
総合商社における「創造と変革」をいかに実現したのか

松本 有史さん

三菱商事株式会社 いすゞ事業本部 戦略統括室 部長代理
松本有史さん(2008年入学 2010年卒業)
※所属企業、肩書きはインタビュー当時のもの

大学院で宇宙工学を専攻した後、三菱商事に入社。宇宙航空関係の部門に配属され、海外営業を経験した後、長い歴史・事業環境の悪化・政府顧客・複数の大企業株主という複雑な事情に囲まれた合弁会社に出向し、同社を再生。並行して、三菱商事にて部門横断の新規事業開発チームのリーダーに選ばれる。背景の異なるメンバーを率いて、社内コンペを勝ち抜き、同事業を正式組織化。現在は自動車関連の事業部門へ異動し、企画業務を担当されています。

再生への挑戦。

宇宙産業への愛着があったから覚悟が持てた

松本 有史さん

入社して数年間は商社らしく、衛星関連の製品を海外顧客へ販売してまわる業務に従事していました。日本の航空宇宙産業というのは戦後の占領政策で開発を禁じられた時期があり、海外からの輸入が圧倒的に多い分野です。これを何とか国際的に通用するレベルへ復興させたい、というのが個人的な情熱でした。幸運にも海外で通用する日本製品と優れたパートナーにめぐり合い、マーケティングプランを組んでは顧客に提案し、シェアをどんどん上げていくことに夢中になりました。日本が弱いこの分野では非常に稀なことに、世界シェア50%を超える成果も出て、忙しくもとても楽しい仕事でした。

ところが32歳の時、ある衛星サービスの関連会社へ出向するよう辞令を受けました。日本政府を顧客とし、三菱商事が筆頭株主となって80年代半ばに複数のパートナーと合弁で設立した会社だったのですが、私に与えられた役割の文脈はその事業の整理。販売やマーケティングの経験はありましたが、会社を運営したり、ましてや整理するなど全く未経験でした。「どうしよう・・・」と思いながら、実際に出向してみると、既に三菱商事が手を引くという噂が広まっていて、そこへ若造がノコノコやってきたという雰囲気でした。一方で、私を送り出した所属部門の上司達は、会社の整理判断を尊重しつつも、顧客への迷惑や業界での評判悪化を心配しており、「なんとか上手くやって欲しい」とのこと。そんな中で、途方に暮れてしまったのです。グロービスの門を叩いたのも丁度この時期でしたね。

先の通り、私はこの産業にも国益にも強い思い入れがあるので、整理判断を重く受け止めつつも、なぜ整理しなくてはいけないのか?という純粋な疑問がありました。そこで、まず自分の目で状況を確かめようと、顧客をまわり、多くの社員やパートナー企業の方々と飲みに行きました。すると、「出向前に周囲から聞いていた話と違うぞ」という点が見えてきました。確かに、設立後ほどなくして事業設計が環境とも会社の求める基準とも合わなくなり、収益性や発展性に課題のある状態になっていたものの、その役割は顧客に真に必要とされていましたし、多くの社員の方々は大変実直で、苦しい中で熱い気持ちを持っている方々も見えてきたのです。

そんな中、ある考えが頭から離れなくなっていきました。「再生できないだろうか?」と。

最初の一歩を踏み出す覚悟、修羅場で逃げない勇気、そして、あらゆる手を尽くす粘り。

松本 有史さん

それからは大変でした。事業変革を経験された方は皆さん仰いますが、変革って断片的には成立しないんですよね。例えば、提供する商品・サービス内容を少し変えたいと思っただけでも、設計や製造などの技術面は勿論、顧客や市場との対話、資金の確保、法制度や許認可、人事教育、もっと言えば、そこで働く人のモチベーションや、それまでの過去を否定するのか?などの感情面を含めて、セットで対応する必要があります。エンジニアは「売れないのは営業のせい」、営業担当は「技術が良いものを作らないから」、財務担当は「私は事業責任はとれません」、挙句の果ては「全体を統括する経営が悪い」などという考えが蔓延するのが常。折角、個々に良いアイデアがあっても実現しないのは、この自分以外の機能を動かすことに高い壁を感じて萎えてしまうのだと思います。

そんな環境では、細かいところが間違っていても、技術も営業も財務も人事も法務も全てを独りで抱えて実現へ走り始める最初の1人、良い意味での「バカ」が居ると良いですよね。途端にそこへ乗りやすくなって協力も批判も生まれる。ですが、その人は、営業なのに、技術・財務・法務など担当外の機能に手を出し、しかも判ってない!余計なことを!と怒られたりするわけですから、重たい最初の一転がりの為に、頼まれてもいない荷物を何人分も背負う勇気、批判を受容できる度量、痛みを感じない無神経さ(笑)やユーモアが必要です。

私の場合も同じでした。最初は1人です。日中は顧客やパートナーと話をし、飲まない夜は明け方までオフィスに残り、ウンウンと再生案を練っては意見を聞いて作り直す、というサイクルを繰り返していました。ところが、1-2ヶ月経つと、「何してるんですか?」と興味を持ってくれる方々が社内に少数現れ、顧客・パートナーにも「あの話、面白いね。もっとやろうよ」と連絡して下さる方々が出てきました。こうして、この事業に危機感を持っていた人達が少しずつ集まり、非公認のプロジェクトチームになっていきました。

勿論、営業が、しかも出向者にすぎない人間が自分以外の機能も設計するわけですから、案に対する反論以前に、「何も知らないくせに」「わざわざ現状を壊す必要があるのか?」という矢や鉄砲もアチコチから飛んできます。でも、それが良かった。こうした人達は自分なりの意見がある方々で、逃げずに会話を重ねると、私がとても思いつかないアイデアや専門知識をチラ見せしてくれます。いわば変革に必要な重要ピースを持っているのに、何らかの壁を感じて引出しにしまっている状態なので、その壁は乗り越えられると話し、実際に越えてみせると、強力なサポーターに変わってくれます。

こうしたプロセスを経て、関係者の発言が少しずつ「今回もどうせ無理でしょ」から「今回は、そういうことなら上手く行くかも」「いや、実は昔から自分はやろうと思っていた」へと変わっていくのはとても素敵な瞬間です。顧客やパートナー側に産まれたサポーターからも変革の必要性を語って貰い、この事業会社のトップの賛同も得ながら再生プロジェクトを正式化していきました。

とはいえ、そういう美しい話ばかりではなく、怒られたり・ハシゴ外れたり・狙い通りに行かないことも沢山繰り返しながら、長い道が続くのが変革の醍醐味なのですが、それは今日のインタビューでは答えきれません(笑)。ですが、本当に多くの方々が熱心に関わって下さったおかげで、結果的には政府が大型予算事業を立ち上げ、長期契約の障壁となっていた法律改正にも漕ぎつけました。また、創り出したこの新たな事業環境に基づき、長い協議をした結果、私が最も回避したいと願っていた人員整理もなく、この事業を引き受けて下さる新たなオーナーも現れました。本当に感謝です。

大人しくしていれば背負うことも無い業務を抱え込み、受けることもない批判にもさらされるなんて、馬鹿げていると感じる人もいるでしょう。でも、最初に独りで抱え込む苦しさを避け、効率的に役割分担してしまう人は実現に向けた1歩を永遠にリードできない。自分で材料を整え、間違っていても不安でも「右に行く」と決め、重たい最初の半転がりを自分で成功させてみせる、それを見て初めて助けてくれる人達も現れる・・・と独善的に走りがちな自分の悪癖を肯定してみます(笑)。そして、走った以上、巻き込んだ人達を幸せにする責任がある。修羅場が来ても逃げてはいけない。スキル・業界経験・人間関係・思考力・宴会芸、なんでも良いので、あらゆる手を尽くし、法律を変えてでも成し遂げることの大事さを学んだ経験でした。

異部門出身のメンバーをまとめ、ゼロベースで新規事業を立上げ。

松本 有史さん

再生で慌ただしい中、三菱商事側の所属部門にて新規事業開発チームのリーダーに任命されました。宇宙航空以外の分野の方もメンバーとなった組織横断チームでグループの次世代を担う新たな事業を考えて実証し、ある時期に社内他チームとコンペせよという役割でした。

苦労したのは、私が宇宙航空一筋であったように、どのメンバーも同じ会社の隣部門のことは良く知らなかったということ。専門知識も無い分野で文化も異なるメンバーと新規事業を立ち上げるというのは大きな挑戦でした。

会社に入って数年経つと、経験や人間関係など、その分野固有の蓄積で、相応に仕事をするようになりますが、考えてみればこれは慣れでそつなく処理しているわけで、外部環境や自分の担当がガラリと広がったり変わったりした時には通用しません。先ほどの複数企業との合弁事業における変革も、この異部門との事業開発もまさにそのような場面。前者では三菱商事”流”とか、後者では宇宙航空の”常識”というのは通じず、ゼロベースで皆が納得しなければ前には進めない状況でした。

異部門というだけでなくメンバーの年齢も大先輩から入社3年目と幅広く、大人しくもない。色々アイデアは出るのですが、どれを深堀りするかすらなかなか決まらない。コンペの競争相手チームの中には、単一部門メンバーで職制に沿ってビシっと組成され、随分前から事業検討しているところもあるのに、私のチームは結成された時点でコンペまでの残り6か月未満という有様。しかも、このチームは緊急招集された暫定組織で、私を含めた全メンバーは出身部門側に通常業務を兼務で抱えていました。

このようなハチャメチャな状況ではありましたが、とても楽しかったですね。「とにかく、自分達が社会の役に立つと信じることができて、やっていて楽しい事業を」という共通基準だけを立て、これに沿ってある事業機会に絞り込みました。互いに専門知識が無いことは、むしろゼロベースで、「本当?なんで?実はそれ大きな問題じゃないの?」とその業界の常識に囚われずに考えられるメリットであると開き直りました。また、未知の分野ではありましたが、選んだ以上は必死に学び、最初の難所を自分で突破することで、「行ける」というムードをチームに醸成したのは変革の時と似ていますね。自分達が信じられる案を選んだこともあって、メンバーが事業化を進めるパワーは凄まじく、通常1年以上かかりそうな立上げの嵐を2-3ヶ月で完了させ、滑り込んだ社内コンペでなんとか競り勝って合格を貰い、現在では専任メンバーと予算のついた正式組織として承認されています。

グロービスで得たものは、「実践的な経営スキル」<「ゼロベースの思考の筋力」<「情熱の源泉となる本当の自分を知ること」

松本 有史さん

通常、会社の中で扱う仕事は、創造・成長・成熟・衰退時の変革という4つのライフサイクル段階の「成長」と「成熟」であることが多いと思いますが、珍しく私は頭とお尻の2つ、「創造」と「衰退期の変革」を経験させて貰いました。グロービス経営大学院は「創造と変革の志士」の輩出を使命にしていますが、この2つのフェーズは、確かに他の2つに比べて難しい。投入エネルギーは短期リターンに見合わぬほど膨大でセオリー通りに着実にやれば成功するわけでもない。だけど、創造しない限り成長しないし、必ず訪れる成熟や衰退を再生できなければ食い潰してしまうので、必要性は高い。

だから、教えて頂いた「創造や変革」の手法は本当に助かりました。「危機を共有し、小さな成功をテコに巻き込み、ヒト・モノ・カネに関する制度改革を連動させる」と。でも、そうしたセオリーよりも役立ったのは、目の前の問題を無視せず、経験が無くてもウンウンと唸って「なぜ?では、どうする?」とゼロベースで考え抜き、最初の半転がりを自分で起こし、粘り強く周囲を巻き込んでいくような、思考の筋力やタフさです。これも教えて頂いた通りですね。

しかし、更に大事なことがあるように思います。それは「自分は何がどうしようもなく好きで、何が許せない人間なのかを知る」、つまり、「自分はナニモノなのかを知る」ということ。

先の通り、事業の「創造と変革」には途轍もない苦労を要します。成長期の風に乗り、成熟期に効率化するのとは違う。巻き込んでしまう人達も沢山いる。時には会社組織という個人よりも遥かに大きな存在と対峙せねばならない恐怖もある。欧米では、こんな厄介なものは、別格の才能と情熱にあふれた起業家・再生経営者に巨額の報酬でお任せしてしまうということもあるくらいです。だからこそ、特に大人しくしていれば大けがしない企業内の一般ビジネスパーソンが、そうした強い金銭的インセンティブが無い中で、「なぜ自分はわざわざ苦労してまで、創造や変革をしたいのか?」という問いに正直に向かい合っていなければ、あっという間に挫折するように思うのです。

ケースで学ぶと良くわかりますが、ビジネスにおける右・左の判断はどちらにも理がある場合が多いですよね。そこで問われるのは「自分はどうしたい? それはなぜ?」です。私が直面した関連会社にしても、事業環境を変えて再生するなんて無謀な努力をするのではなく、環境に合わなくなったのだから素早く売却・清算することだって正解だったと思います。理論では、効率悪いことは早く止め、儲かりそうなところにリソースを投入するのが合理的です。でも、私はそうはしたくなかったのです。

なぜか? 第一に、私がこの国や国益やその政府顧客を愛していて、他国に誇れる立派な新サービスを創り、使って欲しかったから。第二に、一生懸命働いている大事な仲間達が、株主である自分の会社の都合で整理されたりすることは許せなかったから。もっと言えば、恥ずかしながら、三綱領に代表される自分の会社の理念を本気で“いいね!”と思っていて、国益を損なったり、関連会社の社員を不幸にするような会社ではないと信じ、そんな会社にはしないと誓っているから。それだけです。でも、その「それだけ」=「自分が何を好きで、何を許せないのかを知ること」が、重たい最初の転がりを創る苦労から逃げず、自分よりも大きな組織の意見に対峙する勇気を作ってくれるように思うのです。

授業で扱うケースでも、苦しい局面にいる主人公がよく出てきて、自分だったらと考え、それを仲間と討論します。グロービスの学生は皆さん会社で葛藤を抱えながら一生懸命戦っています。そこがいい。そういう仲間との討論だから、アカデミックな正解よりも、お互いに自分が好きなこと・許せないことが固有の差異として浮き彫りになります。「あぁ、自分はそういう人間なのか」と。卒業後も、在学中からの仲間と話しますが、互援ネットという卒業生同士の相互メンターの仕組みを含めて、とても助かっています。

私にとってグロービスは「自分はナニモノであるか、という情熱の源泉を知る場所」なのです。

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